チンチラおじさん転生~ゲージと回し車は持参してきた!~

志麻友紀

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【81】貴族達の爛れた私生活など関係ないけれど……

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 しかし、やりすぎはよくない。

 一曲目、二曲目と念押ししたところで、三曲目にはアルファードはダンダレイスと離れた。これはレジナルドとローマンも同様に。
 そうして、三曲目はようやくダンダレイスもレジナルドも、他の貴婦人にダンスを申し込んだ。とはいえ、それはどちらも既婚者の侯爵夫人ときたもんだ。まったくどちらも徹底している。
 こうなると壁の花であることは恥とばかりに、他の令嬢達も、それぞれの相手を見繕って踊りはじめた。

 アルファードはさりげなく、食事と飲み物がおいてある別室へと移動した。途中で「一曲お相手願いませんか?」と可愛らしい令嬢に声をかけられたが「こんなおじさんより、そちらの将来有望な若者にしなさい」と要塞で顔見知りとなった、若い近衛騎士に押しつけた。たしか男爵位も持っていたはずだし失礼にはならないだろう。

 ダンダレイスとの約束は最初と最後のダンスだけではないのだ。
 私以外と踊らないでくれ……ときた。まったく可愛らしい。

 まあ、その代わりにダンダレイスには、他のご婦人方と踊れと言いつけたのだが。アルファードの立場ならば誰とも踊らなくともよいが、モーレイ公ともなれば、礼儀として他のご婦人方と踊らねば角が立つというものだ。
 さて、たどりついた広間に繋がる部屋に並べられた料理を摘まむ。人間の姿になったのだから、やっとなんでも食べられる……と思ったら、好みはすっかりチンチラモードになっていた。肉や魚……は食べられないことはないが、目が行くのはどうもそっちだ。
 白アスパラのゼリー寄せに、マッシュルームのクリームスープ。香り高いキノコのシチューを詰めた一口パイに、ティータイムの定番、キューカンバのサンドイッチ。

「こちら、お食事にあいますわよ」
「ああ、どうも」

 差し出されたロゼのシャンパンを受け取る。軽く鑑定魔法で視たが、何もはいってはいない。
 とはいえ、酒は一杯で止めるように……と言われている。今のあなたの身体大きさならば、チョコレートボンボン三つぐらいは大丈夫だろうが、それ以上はダメだ……そうだ。チョコレードボンボンが基準なのはいかがなものか。
 シャンパン一杯はだいたい、ボンボン三つ分ぐらいかな? とけんとうをつける。一口飲めば、たしかにあっさりした料理にあう。

「初めましてアルファード卿。わたくし、クラウディア・エリザベス・ムーア。ムーア伯爵家を預かっているものですの」

 「これはご丁寧にムーア夫人」とアルファードは社交辞令の微笑みを返す。“預かっている”とは、つまり彼女は伯爵家の未亡人ということだ。歳の頃は二十代後半ぎりぎりから三十代手前といったところか。
 よくある、親子ほどに歳の離れた老伯爵に嫁いで、その伯爵がぽっくり……というやつか。そして、さっそくアルファードに、コナをかけにきたというわけだ。

「あら、あちらお似合いですわね」

 そういわれアルファードは夫人の視線の先、扉のひらいた向こうを見れば、ダンダレイスが二十代頭ぐらいの娘と踊っていた。
 たしかによく似合っている。軍服をまとった青年将校と可憐な娘と。
 どう考えてもおじさんよりはお似合いだ……と、ツキンと胸の奥が痛むのを、アルファードは無視した。
 ただ踊る二人を見つめる彼の持つグラスに、ムーア夫人が薔薇の紋章が刻まれた指輪の蓋をあけて、白い粉をさらりと流し入れたのにも、気付かず。

「ウォード男爵夫人はずいぶんと大胆でらっしゃいますわね。たしか新婚でらっしゃるのに、旦那様はずいぶんとお歳を召した」

 なるほど、あの若い夫人もまた、隣にいる未亡人と同じような立場かと思う。旦那はまだ生きているようだが。

「まあ今どき、夫だけでなく妻も外に愛人を持つなんて当たり前ですけど。まして、若い妻をもらった旦那様は大きな心でなければ」

 そうなのか? と思う。夫婦でともに公然と愛人とは、やはりお貴族様の社会だと思えば。

「それにいくら愛し合ってらっしゃっても紳士方同士となれば、お子は望めませんもの。そこは外の愛人に子を産ませて認知なさればよろしいのですわ。
 既婚者ならば、あなたの“事実上の本妻”の立場を揺るがすことはありませんもの」

 たしかに既婚者の愛人ならば、本妻の座を揺るがすことはないと考えるのは、本当に貴族らしいあざとい考え方だな。
 まあ、たしかにアルファードだって気になるところではあるのだ。

 ダンダレイスはモーレイの盾だ。

 自分とこのまま関係をずるずる続けていれば、彼の子は望めない。
 次のモーレイの盾は一体誰がなるのだろう? と。
 じり……と喉が渇いたような気がして、アルファードは一気にシャンパンを飲み干した。それを見てムーア夫人が妖しく微笑んだのには気付かない。「お代わりは?」と聞かれて「いや、お茶にしておくよ」と断り、壁際にいた王宮の召使いに「茶を」と所望する。

「悪酔いしやすいのでね、酒は一杯と決めているんだ」
「あら、伝説のユキノジョウ卿と同じく、ずいぶんと真面目でらっしゃるのね。そういうところも、大変好ましくらっしゃるわ」

 さて、この夫人ともずいぶん話しこんでしまったし、そろそろそばを離れたほうがいいようだと、思ったときに、くらりと目眩がして、じりっと身体が熱くなる。

────なんだ? 

 そこに「ねぇ」とムーア夫人の染めた爪の白い手が腕に絡みつく、彼女はわざとらしくコルセットが押し上げた、豊満な胸をドレス越しに押しつけるようにする。
 とっさにアルファードが押しのけられなかったのは、目眩と熱がますますひどくなってきたからだ。シャンパン一杯でなんたる失態だと思いつつ、ぐるぐるする視界で、遠くに女の甘ったるい声を聞く。

「あちらはあちらで楽しんでらっしるのですから、こちらはこちらで“お楽しみ”になられない? 

 わたくし、あなた達のお邪魔にはけしてなりませんわ」
 そうして、足下がかすかにふらつく、アルファードを支えるように夫人が、広間に続きにの部屋の向こうのバルコニーへと腕をひっぱり誘おうとする。
 バルコニーからは直接階段で下の庭園へと降りられるようになっている。その薔薇の生け垣の迷路のあちこちは、秘密の逢瀬の格好の場所となっている。

「きゃあ!」

 夫人の声が突然響いたのは、アルファードが手に持っていたティーカップが落ちて、その中身の茶が彼女のドレスに掛かったからだ。
 しかも、アルファードの姿は彼女の前から忽然と消えていた。

「ア、アルファード卿?」

 こんな、振られ方? をしたことのない夫人は呆然とその名を呼んだ。





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