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【78】待てが出来ない悪い子誰だ? 

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 伸びた大きな手が、フォークをいまだもったままのアルファードの手を、レジナルドの両手から引き剥がす。
 そして、フォークの先にある王女のケーキを一口食べた。

「酒が入っている」
「だから、一個で止めるつもりだった。スコーンのマーマレードも同じだから、今日はベリーにする」

 「それでいい」とうなずき、そして傍らのキラキラ“元”王子様を、“元”モップ王子が露わになった完璧過ぎる顔で冷ややかに見る。

「これはどういうことか、説明してもらおうか? レジナルド」

 背後に……ずももも……と暗雲立ちこめる効果音が聞こえる。

「どういうことって、どういうことかな?」

 レジナルドが赤銅色の眼光の迫力にも負けずに、にっこり微笑む。こちらは勇者スマイル改めて、腹黒(将来)宰相スマイルか? 

「フリィの手を握りしめていた」
「それだけだよ。別にアルファード卿がへるもんじゃない」
「減る、お前が触れればフリィが減る!」
「やだなぁ、レイス。君と僕の仲じゃないか」
「お前にはその呼び名を許してはいないレジナルド。私をレイスと呼んでいいのは、お爺さまとフリィだけだ」

 なんだこの、男児ガキのケンカみたいなのは……とアルファードは遠い目をする。そして、大きな手に握りしめられてない、片手でぺちぺちと軽く精悍な頬を叩いてやる。

「どうどう鎮まれレイス。お前はしばらく黙っていろ」
「うん」

 こくりとうなずく。素直なよい子だ。このよい子が夜にはおじさんの自分にのしかかり……とは、いまは思い出してる場合ではない。

「それで暇じゃない副宰相様はなんのご用件で?」

 訊ねるのはこれで三回目だ。
 ダンダレイスとレジナルドの妻の座を狙う令嬢達がいるのはわかった。なぜかそこに自分が加わっていることも。
 だから、それがなんだ? 

「王宮でね、今度舞踏会が開かれるんだよ。魔王討伐のあとのゴタゴタで、祝祭気分も味わえなかっただろう?」

 「お爺さまは相変わらず欠席なされるけれど」とは老王アルガーノンのことだ。老齢の王は重要な式典以外には公の場には出て来ない。当然、華やかな舞踏会もだ。

「それで“王子”で無くなったとはいえ、僕達が出ろというわけさ。もちろん、魔王討伐の聖人でもあられるアルファード卿にもね」
「断る」

 黙っていろといったのに、ダンダレイスがきっぱりという。まったく“待て”の出来ない悪い子だ。

「その話は先に二度ともきて、二度とも断っているはずだ。私もフリィも夜会には行かない」

 さらに自分への舞踏会の招待も勝手に断っていたようだ。レジナルドは「そうはいうけどね」と苦笑する。

「“英雄”二人が出ないんじゃ“宮中”舞踏会としての格が下がるんだよ」
「お前が出ればいいだろう」
「魔王に“破れて”聖人と聖女の祝福を受けて復活した“可哀想な”勇者様がかい?」

 レジナルドが自虐的な笑みを見せる。しかし、彼は一転して「困るんだよ」と大仰に空をあおぎ。

「僕一人が出たなら、僕だけで令嬢達の相手をしなきゃならないじゃないか」
「すればいいだろう」

 普段はぼんやりとした雰囲気の誰にたいしても大様にみえるダンダレイスだが、なぜかレジナルドだけには厳しい。
 これは幼少時の彼らの話も聞きたいものだが、それは次にするとして。

「つまり、これは宮中舞踏会という名の“お見合いパーティ”か? レイスにサーモラ公爵、あなたとそれから、なぜか私、目当ての見合い相手もいると」

 「だから必要はない」とダンダレイスが不機嫌も露わな声でいう。「私にもあなたにも不要だと断った」と。
 まあ、この生真面目な男としてはアルファードという相手がいる以上は、そんな見合いには出たくないというのはわかる。アルファードの分も断ったのは嫉妬か? と思うのは、なんか、こそばゆい。
 これでレジナルドがわざわざここにきた理由もわかった。不動のダンダレイスを説得するのは無駄と、早々にあきらめて、今度はアルファードを交渉相手に選んだわけだ。
 まあ、その選択はある意味正しい。

「わかった、出よう」

 「フリィ!」とダンダレイスが声をあげる。今度はその胸板をトントンと手の甲で叩いてやりながら。

「いつまでも断り続けるわけにはいかないだろう? 社交は貴族の義務だぞ。まして王族となればな」

 こういう話は逃げ回るほど、相手はしつこくなるものだ。ややこしくなる前にきっぱりと諦めてもらうに限る。
 「ありがとうございます、アルファード卿。やはりあなたは頑固者のダンと違って話がわかる」と上機嫌のレジナルドに「ただし」とアルファードは断りをいれる。

「私とレイスは“好きにやらせて”もらうからな。貴族どもの思惑なんて関係ない」

 そういい、横の青年の精悍な頬をするりとなでて、アルファードは微笑む。
 それにレジナルドは軽く目を見開いて、面白そうにくすりと笑った。

「ええ、もちろん“お好き”にお楽しみください」





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