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【69】初恋にもならなかった、憧れの終わり

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「この世界に呼ばれて聖女だっていわれて、わたしの選んだ勇者が本当に王子様で、レジナルドもみんな優しくて、夢みたいだって思ったんです。
 綺麗なドレスに宝石に、世話してくれるメイドさん達や、お姫様が暮らすような部屋で本当にわたしもお姫様になったんだって。
 ずっと夢かもしれないって思っていました。夢なら覚めないで欲しいって。このままこの夢の中にいたいって」

 たしかに召喚されてからヒマリのいた世界は、少女の夢見る世界そのものだったのだろう。それこそ、あの夢の国の主人公プリンセスとなったひととき。
 だが……。

「魔王との戦いをすることになって、戦場は怖いところなんだって……知りました。それでも、頑張らなきゃって……わたし思っていたんです。みんなに呼ばれた聖女だからって、でも……レジナルド様があんなことになってからは……夢は夢でも、悪夢の中にいるみたいになって……」

 ヒマリがそこで、ぽろぽろと涙をこぼす。

「わたし……帰りたいです。元の世界に。パパとママとお兄ちゃんに会いたい。もう、こんな夢はイヤです……夢なら、早く目が覚めて欲しい……」

 「ヒマリ……」とレジナルドがつぶやく。それでも彼は泣く彼女を慰めるために、抱き寄せることも出来ずにかたわらに立っていた。そして、アルガーノンが口を開く。

「聖女ヒマリよ、そなたを元の世界に帰す方法はない」

 「え?」とヒマリは泣いていた顔をあげた。泣き濡れた瞳でアルガーノンを凝視し「ないんで…すか?」と繰り返し訊ねる。

「聖女を召喚する方法は王家に代々伝えられておる。呼ばれた聖女達は勇者とともに魔王を倒し、このレスダビアの王となった勇者の妻……この国の王妃となった。
 元の世界に帰ったものは……ただの一人もおらんのだ」

 王子様とお姫様は幸せになりました……とある意味でおとぎ話の定番だ。
 ただし、三代の勇者の物語の裏を知る者からすれば、とてもそうとは言えないが。
 「そんな……わたし、帰れない」と床にへたり込むヒマリを見て、アルファードは気の毒に思いながら歴代の聖女達のその後をふと思う。いずれも王となった勇者の妻、王妃となった彼女達のその後は伝えられていないのだ。
 幸せだったのか? それとも、元の世界に帰りたいと涙したことはあったのか? 
 「お爺さま」とレジナルドが口を開く。床に崩れるヒマリに手を貸したくとも、その手はやはり躊躇ちゅうぢょするように宙で止まり、握りしめられた。

「ヒマリの後見人には僕がなります。この世界で暮らしていく彼女を不安にはさせません」

 本来はこの先の心配はいらない。僕が君の面倒を一生みるよと少女を安心させるべきだろう。それさえもヒマリに直接告げられないのが、今のレジナルドの現状だ。
 かつては運命の恋人同士のような雰囲気さえ、かもしだしていた二人だというのに。

「元の世界には戻れる」

 そのときダンダレイスが唐突に口を開いた。

「魔王を倒した私の恩寵を使えば」

 その手があったかと思った。
 「いいんですか!」とヒマリがとたん歓びをその顔に浮かべて泣き笑いの表情で見る。レジナルドは複雑な表情で「ダン」と呼びかける。

「ヒマリを元の世界に戻すのに恩寵を使うという、君の気持ちには感謝する。だが、恩寵はたった一度しか使えない。神がなんでも願いを叶えてくれる強力なものだ」

 それを君は自分を勇者に選ばなかった少女につかうのかい? と……レジナルドは言外に伝える。。
 ヒマリも聖女であるから恩寵の意味は、この世界の召喚された瞬間から頭にはいってる。それはアルファードも同じだが、彼女も自分の願いが叶うことがいかにムシの良いことかわかったのだろう。その表情がとたん曇る。
 しかし「かまわない」とダンダレイスはいった。

「恩寵を使わずとも私はすでに得がたいものを得た」

 そういいながら、いまだ繋いだままの手をきゅつと握りしめられた。アルファードはふさがれていないほうの片手でダンディな髭をいじった。
 得がたいもの? それは念願の“モーレイの盾”になれたことか? 
 たしかに魔王を倒した勇者という称号を得て、ダンダレイスのモーレイ公爵としての地位は揺るぎないものになっただろう。この威光によって、当分はハイエナみたいな貴族共が、北の領地や保護している獣人の藩国の利権寄こせなどと仕掛けてくることはないだろうが……。
 アルファードが見当違いのことを考えているとレジナルドが口を開く。

「そうか、君こそが魔王討伐で、本当に大切なものを得たんだね。うらやましいよ」

 そして、ヒマリを見る。

「ヒマリ、お別れだね」
「はい、レジナルド様にはお世話になりました」
「残念だな。僕が勇者として魔王を倒した暁には、君に求婚するつもりだったんだよ。王となる僕の妃になってくれってね」

 勇者は王となり聖女は王妃となる。それがこの世界のいままでのすばらしい魔王退治のエンディングだった。
 ヒマリが「はい、きっとレジナルド様は理想の旦那様になったでしょうね」と微笑み。

「わたしもレジナルド様に憬れていました。理想の王子様みたいだって。でも、それは“本当の好き”じゃないって気付きました」

 そして、アルファードにとなりのダンダレイスを見る。「お二人ともずっと一緒に仲良くしてくださいね」と言われて「あ、ああ」とアルファードは戸惑いながらこたえ、ダンダレイスは「もちろんだ」とうなずく。
 「まいったな。僕は完全に振られたらしい」とレジナルドはそれなのに屈託なく笑う。それは、正しい勇者としてのはりつけたものではない、本当に快活な笑い声だった。
 ダンダレイスが「恩寵を行使する」と宣言する。

「聖女ヒマリを元の世界へ」

 こうして、異世界から召喚された少女はこの世界から去ったのだった。





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