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【63】真の忠義
しおりを挟む王宮の正門前の広場には早朝から民衆がつめかけていた。
「インチキ王都新聞め!」
「“英雄”ダンダレイス殿下が、勇者レジナルド殿下を謀殺なんてありえない!」
「魔王を倒されたのはダンダレイス殿下なんだろう! それをレジナルド殿下が亡くなってお気の毒なのはわかるけど、悪徳宰相がダンダレイス殿下を陥れるなんて!」
「そうだ宰相を出せ!」と叫ぶ民衆達を前に門を閉ざしてその内側で青ざめる、第二騎士団の兵士達。普段は王宮の警備ではなく、王都の警備を任せられている彼らだが、今はこの門に守ってもらわねば、武器も持たない民衆にさえ、怯えて青ざめている有様だった。
それは歩兵達を並ばせて自分を守る壁のようにして、後方からそれを見ているゴドフリーもだった。騎士達から「どうしますか? 団長」と幾度も聞かれているが彼はこたえられず、ストルアン宰相の行方を探させ、“ご指示”を仰ごうとしているが一向に捕まらない。
そうして、胸の通信機が鳴ったのに慌てて出る。最近開発された短距離通信用の、魔力がなく念話や伝令蝶が使えない者でも話が出来る優れものだ。
「ゴドフリー団長かね?」
その声は宰相ストルアンであった。ゴドフリーは手の中の卵型の通信機を拝まんばかりに「宰相閣下、大変なのです。市民共が王宮の門に詰めかけて……」と言いかけたのを「状況は把握している」とストルアンが遮る。
「暴徒どもを撃て」
「は?」
にわかに信じられずゴドフリーは聞き返した。
「暴徒を撃てと言っているのだ。聞こえなかったのかね?」
「し、しかし、市民共は武器も持たずに、門に詰めかけているだけで……」
「平民どもが王宮の前で宰相を悪し様に罵倒するなど、叛逆罪とみなされて当然だ。“見せしめ”に何人か死ねば有象無象の輩など大人しくなるはずだ」
ゴドフリーが一瞬黙りこむ。そのためらいを読んだかのようにストルアンの「宰相である私の命令を拒否するのかね?」と冷淡な声が響く。
「そうなれば君もまた“叛逆者”だよ」
「め、命令通りにいたします」
「それでよろしい」と通信が途切れた。ゴドフリーは部下達に「暴徒達を撃て!」と命じた。
その言葉に戸惑いながら「撃てといっているのが聞こえぬか!」というゴドフリーの怒声に、歩兵達はのろのろと門の外側に魔石銃を向けた。その火力は駆け出しの魔法使いが投げる低級のファイヤーボール並だが、それでも武器を持たぬ市民を殺傷するのには十分だ。
震える指で引き金がひかれ発射される炎の弾丸。逃げ惑う市民達。しかし、その弾は彼らに当たる前に、跳ね上がった土の壁に、いくつのも竜巻に、氷の槍に砕かれ、同じファイアーボールによって相殺された。
「第三騎兵団だ!」
市民達の喝采があがる。十数人乗りの巨大馬車を魔石で動く自動車に改造した軍用車から、緑の軍服の獣人達が次々と飛び降りてくる。先頭の者が軽々と王宮の門を越えて、内側の鍵を開ければ大きく開いた門から騎兵隊と、市民達が一緒になって王宮の前庭になだれこむ。
第二騎士団の兵士達とゴドフリーは逃げまどい王宮の建物の中に入ろうとするが、その車寄せで白い軍服に片袖をなびかせた人物が立っていた。
「ロ、ローマン副団長! 民衆と第三騎兵団の者達が叛逆を!」
ゴドフリーは助けを求めたが、ローマンの後ろに立っていた、近衛騎士が二人、そのゴードンの両わきを拘束して捕らえる。
「ゴドフリー団長。あなたを無抵抗の民に武器を向けた罪によって、拘束します」
「我が輩は宰相閣下の命令によって、叛逆者どもを!」
わめくゴドフリーは近衛騎士に引きずられるようにして、連れて行かれる。
「ローマン、正気に戻ったか?」
やってきたツイロにローマンはうなずき「奥へ」という。
「ダンダイレス殿下とアルファード卿は陛下をお助けするために、先に別宮に行かれた」
「では俺達も」
「参ろう」
二人は部下を率いて駆け出した。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
別宮。
「アーネスト!」とアルガーノンが己の執事の名を呼ぶ。
王の居室。昨日、いきなりやってきたストルマン公爵家の私兵にアルガーノンは囲まれて、軟禁状態とされた。そんな中にあっても、この執事は「私は陛下の家具にございます。家具がどうして自ら動けましょう」とそばを離れることなく、王が不自由がないように世話を続けた。。
そして、いきなり居間に乗り込んできた、フード姿の男が振り上げた剣からアーネストをかばい、その肩に傷を受けてぐらりとよろめいたものの、踏みとどまり背筋を伸ばして立つ。後ろに座すアルガーノンの壁になり続ける。
「レスダビアの王を守るのが、執事一人しかいないとは、惨めなものだ」
ククク……と嗤いながら、フードをはねのけて現れた顔は、金色の髪に赤く輝く瞳の。
「そなたレジナルドではないな」
「いいえ、僕はレジナルドですとも」と彼は笑う。その後ろには虚ろな表情のヒマリがいる。
「余を殺したところで、王にはなれんぞ」
「構いませんとも、老王が世継ぎも決めずに死ぬ。これほどの国の混乱はありますか? この僕とあのダンダレス側に人間どもは二つに分かれて、相争うことになる」
「そなたの狙いはそれか」とアルガーノンはつぶやき、目の前に立つ執事に「アーネストもういい」と声をかけるが執事は動かない。
「無駄に命を散らすことはない」
「いいえ、この身がほんの一瞬たりとも陛下を守る盾となれば、無駄ではありません」
「たいした忠義だ。では死ね!」
レジナルドが老執事に向かい、剣をふり下ろす。
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