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【39】勇者・聖女、勇者・魔法剣士にして聖人

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 王宮にある別宮。老王はここ数年はここに籠もりきりで、重要な国儀以外では人前に姿を現すこともなくなっていた。この別宮で王に会うことを許されている者も、宰相に大臣、二人の曾孫の王子のみだ。

「戦の報告など“多少”誇張してこちらの勝利を喧伝することなど珍しくもあるまい。魔族相手に戦況が厳しいなどと、民の不安をあおるだけだ」

 書斎の椅子に深く座り老王アルガーノンは告げた。赤みをおびた茶の光沢を放つ、大きな書斎机のうえには二つの紙がある。どちらも同じ内容のモーレイ公爵広報だ。

「しかし、いささか“度”すぎているかと……」

 老王の前、机を挟んで立つストルアンが報告する。広報の一枚はストルアンが王へと報告のために持参したもの。しかし、もう一枚は「これのことか?」と老王が出したものだ。

 王宮の奥にいようとも、この老王の目と耳は王都に届いていると、暗にこの宰相に示したのだ。

 さらに隣に立つ息子であるレジナルドが「モーレイ公爵家広報ならば、私も毎朝楽しみにしております」と白の軍服のポケットから折りたたんだそれを取り出したのだから、とんだ茶番だ。
 老王が広報を出したときには、その背に冷や汗をかいたが、息子がポケットから出したのには一瞬呆然としたストルアンだった。が、そこは長年腹黒宰相はやっていない。一瞬にして気分を立て直し、口を開く。

「アルファードなるものが、聖女召喚にまきこまれて、あのような哀れな姿になったのは、まこと気の毒。それをダンダレイス殿下が慈悲のお心で保護されたと思いきや、まさか、このようなことに利用されるなど。
 かの人物が魔法剣士ユキノジョウの後継で、さらには大それたことに聖人などと名乗るなど。真っ赤ないつわりなのはあきらか。すぐにこの広報の発行を差し止めて、ただちにダンダレイス殿下を……」
「あれを王都に召喚するのか? 第三騎兵団の団員どもはあれにしか従わぬぞ。もともとあれはモーレイ公爵家の私軍同然だ。
 幾度もの魔族との戦いで死線をくぐり抜け、ほぼ無傷の司令官と第三騎兵団を欠いて、確実に魔王を仕留められる自信があるのか?」

 アルガーノンが訊ねたのは、父の宰相ではなく息子の勇者にたいしてだ。「いえ、ありません」とレジナルドは、なぜか胸を張りきっぱりと答える。

「勇者に選ばれた限りはこのレスダビアの民を守るため、魔王と差し違えても勝利を得る覚悟はありますが、私一人ですべてを成せるなどとこのレジナルド、奢ってはおりません。
 まして、ダンダレイスは今年の建国祭のコロシアムでの優勝者。剣技に関しては彼のほうが私より上です。もし、彼が私と同じ勇者候補でなければ一の剣士をお願いしたでしょう。
 いままでの第三騎兵隊団長としての辺境にての魔物狩りに、今回の戦いでさらに実戦の経験を積んでいる、彼と彼の部下の協力はぜひとも必要です」

 まこと公明正大な正しき勇者である自分の息子に言葉に、ストルアンは「しかし、勇者レジナルドよ」と呼びかけ。

「ダンダレイス殿下がお強いのはわかりますが、それこそが彼のおごりとは思いませぬか? あろうことか、あのような哀れな姿になった者を魔法剣士ユキノジョウ卿の力を受け継いだ聖人と騙るなど……神が選びし聖女に対して、最大の侮辱です。その聖女が選んだ勇者に対しても……」
「いえ、アルファード卿は魔法剣士にして聖人ですよ」
 ニコッと微笑んだ我が子の顔を、ストルアンはぽかんと見る。「な、なにをおっしゃる」とたずねる。
「余がこの別宮で三魔将軍ネメオベルに襲われた」

 口を開いたのはアルガーノンだった。このことを公にすれば人心の動揺を誘うということで、老王が襲われたことを知るのは宰相や大臣に勇者であるレジナルド、そしてその場にいたダンダレイスだけだ。
 これが極秘にされたことを利用して、アルガーノンは自分の息子である勇者レジナルドの活躍を強調し、ダンダレイスには魔物を見て臆病風に吹かれて逃げたという不名誉を王都新聞を使い、印象付けたのだが。

「あのとき余は一度死んだ」
「な、なにを恐ろしいことをおっしゃるのです、陛下」
「なかなか不思議な感覚だったぞ。天井に浮かんでダンダレイスや獣人達とあの小さな剣士が勇ましく戦う様子がよく見えた。
 そして、死体となった余の胸に乗ったチンチラ卿であったかな? あの小さな姿が輝いて、余の魂は身体に引き寄せられて、目が覚めた」
「ゆ、夢でも見られたのでは?」
「そうかもしれぬ。夢は夢として、北の地では幾たびもダンダレイスに率いられた第三騎兵隊が、魔軍を退けたのは事実だ。強力な魔族になればなるほど、ただの力ではなく、勇者と聖女……いや、この場合聖人か? その聖なる力は必要だ。魔法剣士の一の剣士としての助力もな。
 三魔将軍の最後の一人、不遜のグメリトを退けた。この事実一つだけで、この日報とやらが報じていることが、偽りと断じることは出来ん」

 たしかに北の地での戦歴に偽りはない。第三騎兵隊の実力もダンダレイスの指揮官としての能力も知っているからこそ、彼らを魔軍の勢力を大きく削る“捨て駒”として宰相ストルアンは向かわせたのだから。





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