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【38】チンチラ通信
しおりを挟む魔王がついにやってくる。
それに勇者と聖女が戦うのは当たり前と思える。
が。
「俺達が連戦連勝して魔王まで倒しそうな勢いなので、いよいよ王都から勇者と聖女がやってくるということか?」
アルファードの言葉に「そう、聖女の訓練が十分に出来ていないだなんだともったいつけていたが、北の地での俺達の激戦の様子を聞いて“心痛めた”勇者と聖女様が“予定を早めて”来てくださるとよ」とツイロが返す。「あくまで格好つけたいらしいぜ」と。
あの狸宰相としては、ストルアンの思惑では第三騎兵団を捨て駒として魔族の軍にぶつけあちらの戦力を大方けずりとる。さらに、ダンダレイスが名誉の戦死したところで、いよいよ勇者と聖女を送り出すつもりだったのだろう。
そして、その思惑が大いに外れた。
が、疑問は残る。
「それでも前回の勇者アルツオ率いる勇者軍と魔王軍との戦いは三日間続いたと聞いているぞ」
レスダビア軍ではなく勇者軍と呼ばれるのには理由がある。アルツオが率いたのは正規軍ではなく、彼の仲間達の義勇軍と、解放された獣人達からなっていたからだ。
アルツオは王家の血は引いているが、傍系の伯爵家の生まれで、王家の直系男子が勇者に選ばれなかったことは、王族や高位貴族の中ではかなりの不満があったという。
さらにはそのときの王権が弱まっていたことも災いした。裏に人界に潜り込んだ魔族の暗躍があったという話もあるが定かではない。
ともかく有力貴族の私兵軍の助力どころか、王都を守るためと国軍の兵さえ形ばかりの数しかアルツオには与えられなかったという。そこでアルツオは心ある仲間達ともに民衆から義勇兵を募り、さらに解放した獣人達もそれに加わり、三日間の激闘の末にこれを撃破した。
その後に続く獣人藩国の成立と、それに反発した王族と高位貴族達による王となったアルツオの謀殺。そして暴かれた陰謀によって、荷担した王族、貴族達の殆どが毒杯を煽ることになった。
これによりレスダビアの貴族の勢力図は大きく塗り替えられることになった。初代勇者イエンスから続く旧勢力と呼ばれるレスダビア族の貴族の家の勢力は削がれ、アルツオの義勇軍に加わった者達が新たに爵位や領土を得た。
その代表がダンダレイスのモーレイ公爵家。勇者アルツオの弟であるマクネアが興した家だ。
さらにいうなら、勇者レジナルドの家、現在宰相ストルアンが当主であるメイス公爵家は、レスダビア族の名家で王家とともに千年続く家柄。つまりは旧レスダビア貴族の勢力の代表だ。
いまさらというよりいまだに三百年前の新旧勢力の因縁が、ここにくすぶっているわけだ。
そして、三百年前の恨みをここで晴らす訳でもないが……。
「第三騎兵団がいくら勝利を重ねたとはいえ、あの腹黒宰相なら戦況の報告なんて、いくらだってゆがめることは出来るだろう?」
さすがに老王アルガーノンには正確な戦況は報告されているだろうが、彼は別宮に閉じこもっている。王都新聞は宰相の子飼いのようなものだ。
「だから、魔王軍とも俺達を散々戦わせておいて、最後の最後に勇者と聖女が出てきて、すべてはあのキラキラ勇者王子と聖女の功績ってことに、しかねないと思ったのだがな」
さらにいうなら、その戦の混乱の中でダンダレイスの命を……ぐらいは陰謀家と呼ばれる宰相ならやりかねないだろう。
「なに、横からいいとこ取り?」と唇を尖らせるブリッタに「今回はそうは出来ないから、勇者と聖女がやってくるんだ」とダンダレイスが答える。「それがどうしてだ?」とアルファードが訊ねると、そこにモーレイの公爵家付きの秘書官がなにやら紙の束を抱えて食堂にはいってきた。
秘書官が抱えてきたそれを各テーブルに配る。それは王都で配られていたのと同じものだ。隊員達はそれぞれに盛り上がる。「団長の活躍が載ってるぞ!」「アルファード卿もだ!」「この片隅に俺が写ってる」などなど。
「お前こんなもの作っていたのかよ! なんで知らせてくれなかった?」とツイロ。「言うのを忘れていた」というダンダレイスにアルファードはこのモップらしいと思い、ツイロが「お前はそういう奴だよな」とぼやく。
秘書官が「王都では今や、貴族やブルジョアさえ、朝に届く王都新聞より、使いの者がもってくるこちらの広報へ先に目を通すそうです」と報告する。
「なるほど、これがお前の考えていた“策”か」とアルファードは感心するが「ん?」と積み重なっている勇ましい魔族との戦いの写真が載った紙をかき分けて、一枚をぺろんとちんまい手で取り出す。
「これはなんだ!」
そこにはダンダレイスのお膝に抱かれて、干しイチジク入りのブラウニーをかじる自分の姿が。それだけでない。子供達に抱きつかれて戸惑う姿やら、もみくちゃにされて、あわてて小さなチンチラになって彼らの頭の上を跳び回り逃げる姿やら。
ダンダレイスの大きな手の平の上で、大の字ですぴすぴ昼寝するプライベートショット? も写っていた。
「いや、戦の合間の報告に、あなたの愛らしい姿が大人気で、ついに最近チンチラ通信という特別な広報が……」
「な、なにがチンチラ通信だ!」
怒ったけれど、魔力が戻ってないのでファイヤーボールを飛ばすのは控えた。
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