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【24】うけつぐもの
しおりを挟む「……父と母がヤキニゾゾの門の異変の知らせを受けて、タルテルオの壁のこの要塞に赴いたのは、私が十四の騎士の叙任を受ける前だった」
ダンダレイスの言葉にアルファードは、王都にある彼の公爵家で見た、彼の両親の肖像を思い出す。彼によく似た男性と美しく優しげな夫人。
そして彼らはこのタルテルオの壁で戦って亡くなった。
「騎士の叙任前だったが、父上に私も戦いについていくと懇願した。すでにあの頃の私は、剣や格闘でも大人の騎士にも負けなかったし、上級魔法もすべて使えた。だから、父の助けになり、母を守りたいと」
「……自分の力に奢っていたのだろうな」とダンダレイスは苦い微笑みを、そのモップの前髪の下の端正な口許に浮かべる。
「一人前にもなってない者など戦につれていけるかと父に怒られてな。初めてあんな酷い口論をしたよ。どうしてもついていく、隠れても追いかけると言い放った私を、父は屋敷のホールの太い柱に魔封じの鎖でしばりつけて出て行った。『私になにかあれば、お前がすべて受け継ぐのだ』と言い残してな。
母はそんな私の頬を愛おしげになでて『元気でね』と……それが最期の言葉だ」
鎖で柱に縛り付けるとはずいぶん過激だが、ダンダレイスのそのときの決意と、同時に彼をそれでも残していく父親の固い決意の双方が見えたような気がした。
「柱に縛り付けられて、私は三日間食べ物も飲み物を受け付けなかった。ただ鎖を解けとスティーブンに要求し続けた。
三日目、食事を運んできたスティーブンに頬をはられて、『子供のワガママはいい加減になさりませ!』と怒鳴られたよ」
アルファードもそれから、たき火を囲んでいたツイロと他の三人も驚いているようだった。あの執事の鑑のような穏やかな紳士が、手をあげるなど……だ。
「『旦那様だけでなく、坊ちゃま、あなたがいなくなればどなたが、モーレイ領の領民と藩国の方々を守るのです』と言われた。
だから、父も母も私を残していったのだと。もちろん、そこには騎士の叙任もまだの我が子に生きて欲しいと……その想いもあると言われて、目が覚めた」
ダンダレイスは鎖を解かれて、三日ぶりの食事を食べた。そして、王都の屋敷でただ待つことに耐えたという。
「父の死を受けて、十四の私が当主の座を受け継いだときに、スティーブンに執事を辞するといわれた。私に手をあげた責任をとるつもりだったのだろうが、もちろん許さなかったよ」
「一つ疑問がある」とアルファードは、ダンダレイスの肩から彼の膝へととんと降りて見上げた。
「聞いた話からすると、お前の両親は“命がけ”で国を救った英雄だろう? それで王都の貴族達はその子であるお前になぜ、あんな態度なんだ?」
いくら今の宰相の力が強く、レジナルドの活躍ばかりが強調されて喧伝され、ダンダレイスが“無能”だと人々に思われていようとだ。
勇者でも聖女でもなく、三魔将軍の一人を退け、開きかけた門を閉ざした、その二人の影響がまったくないのがおかしい。
「王都ではなかったことになってるんだよ」とツイロ。「どういうことだ?」とアルファードは訊く。
「あの頃はまだ勇者の神託も、聖女も召喚されていなかった。そのときに魔軍の侵攻があったなど話しが流れれば、王都は大混乱となっただろう」
ダンダレイスが答える。そして彼の父と母の死は、領地視察中の馬車での事故死とされたと。
「お前はそれでよかったのか?」
アルファードは思わず訊ねる。両親の本当の死の意味をなかったことにされて。
それでもダンダレイスは「いい」と答えるのはわかっていた。彼は「お爺さま、いや、陛下の当時の判断は間違っていないと私も思う」と微笑みさえ浮かべていう。
「私は二人の成したことを知っている。だからそれでいい」
そのダンダレイスの言葉に「俺もタイロン様とクリスティーン様のことは知っているぜ」とツイロ。「私もです」とヴィッゴ。
「武人として心から尊敬できる方でした。クリスティーン様の慈愛と勇気も」
「俺もさ、従軍した親父から聞いていますよ。どんな獣人よりも勇敢に戦われたタイロン様と、人間も獣人もわけへだてなく癒されたクリスティーン様のお話を」
「獣人の子供達にも大人気なんだよね。タイロン様のクリスティーン様のお話は。みんな最後には泣いちゃうんだけど」
ロッフェがブリッタを「お前も子供達に混じっていつも泣くもんな~」とからかえば「あんただって鼻の頭赤くしていたことあるでしょ」と言い返し、たき火を囲む者達のあいだで笑いがおこる。
「二人の意思を受け継いだ、私はだから死なない。生きてこの地を守る」
そのダンダレイスの言葉に「おう、勇者と聖女様が来る前に、魔王も片付けてしまいましょうぜ」とロッフェが大口を叩く。ツイロがそりゃいいと笑う。
「先に倒しちまったら、あの勇者様にはお気の毒だが、腹黒宰相の狐と狸の吠え面が見られるとしたら、面白いよな」
「……ところで、その栗は焼かないのか?」
では話は終わったと、アルファードのつぶらな瞳が、置かれた芋の横の栗を見る。
「おい! チンチラおっさん。今けっこういい話なのに、芋から栗かよ!」
「焼こう」
「おい! ダン! お前もお前もつうか、そのチンチラおっさんに甘くねぇか!」
焼かれた栗の皮は、人間のときはむくのは手間がかかったが、チンチラの前歯だと簡単だった。
初めてチンチラになってよかったとおもった。
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