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【20】勇者という名の馬鹿
しおりを挟むそのときアルファードの頭に浮かんだのは“チンチラ星人”もとい“チンチラ聖人”だった。
どちらにしても、響きがなんか格好良くない。
「聖人ってのはヤダ」
「聖女がいいのか?」
「いや、それも嫌だ」
ボケてる王子様とボケてる会話をしている場合ではない。
「だが、すでに聖女はあちらにいるぞ」
聖女ヒマリはすでに、勇者レジナルドを選んでいる。
「そこにもう一人“聖人”がいましたなんて、それもこんなチンチラのなりだ。“奴ら”にとっては、俺は邪魔だろう?」
奴らというのは、レジナルドやヒマリではない。二人が“善良”であったとしても、その周りが問題だ。主に、レジナルドの父母であるメイス公爵夫妻が……あの狐と狸だ。
「それにあなたは魔法剣士ユキノジョウの能力も受け継いでいる。さらに聖人であることは隠すべきだ」
「そうだな」
「……だが、レジナルドは聖女ヒマリに選ばれた勇者だ」
ダンダレイスの言葉には葛藤があった。“正しい”勇者がいるというのに、もう一人の聖女もとい聖人を隠していいのか? と考えているのだろう。
「馬鹿!」
アルファードは両手で、ダンダレイスのモップ頭からのぞく高い鼻を挟んだ。このちんまりした指では、つまめないから勢いをつけて、ばしっと。
「たしかにあの場で聖女ヒマリは、レジナルド王子を選んだ。そして、俺はお前を選んだんだ、もう一人の勇者候補、ダンダレイスよ」
確信があった。もし、自分があの場で召喚された者として、どちらがを選べと言われたら、このモップ頭を選んだだろうことはだ。
「だが、あのときは私、自らがお爺さまに……陛下に申し出たのだ。あなたのお世話は私がすると」
「だからだ“レイス”。損得勘定抜きに、いや、損しかないのに、異世界から落っこちてきた“ねずみもどき”の面倒を見ると言いだすなんて“馬鹿”を“勇者”と言うんだ」
だいたい、いきなり勇者ですと神託を受けたからって、命がけで世界を救うのだ。底なしのお人好しで馬鹿でないと勤まらないだろう。
「“レイス”って呼んだ」
「呼んだぞ。悪いか?」
「悪くない。私もあなたに選んでもらえて嬉しいぞ“フリィ”」
「うわっぷ!」と叫んだのは、両手にのっけたアルファードをダンダレイスが引き寄せて頬ずりしたからだ。モップ頭の中に突入することになった、アルファードはすりすりされながら、目の前にあった鼻の頭が、自分がばっちんと勢いよくはさんだせいで、赤くなっているのに手を伸ばして、ちょいちょいと撫でて治した。
「その“フリィ”というのはなんだ?」
「きっとあなたと親しくなった者は“アル”と呼ぶだろう? 私も“ダン”と呼ばれている。“レイス”と呼ぶのはお爺さまと、あとは父上と母上だけだった」
たしかにツイロも王の寝室で三魔将軍と戦っているときに“ダン”と叫んでいた。
「だから“フリィ”だ」
なるほどアルファードのフルネームは、アルファード・フリィデリック・サーペント三世だ。だから“フリィ”か。
「私だけのあなたの呼び名だ」
「…………」
なんだか妙に照れくさい気もするが、ダンダレイスが嬉しそうに笑うのでよしとしよう。
「それで、俺がアルガーノン王を蘇生したことは、どう“ごまかした”んだ?」
「お爺さまは、三魔将軍のネメオベルが寝室に現れたことは覚えてらっしゃったからな。命を奪われる直前で、私と仲間が駆けつけて助けたことにした」
「ま、それが妥当だろうな」
「闘神の間に三魔将軍が現れたことも大事件だが、さらに強力な結界に守られた王の別宮の寝室に現れて、暗殺未遂など、民の不安をさらに煽ることになる。だから、多数の目撃者がいる夜会での出来事はともかく、この事は伏せられることになった」
アルガーノン王の別宮での襲撃は、当事者であるダンダレイス達と、それに宰相に大臣達と各騎士団長のみが知る極秘事項とされたという。
各騎士団長というのは、第三騎兵団のダンダレイスは当然として、第二騎士団長と第一騎士団。つまりは近衛隊長レジナルドにも知らされたということだ。
まあ、“もう一人”の勇者も知っていて当然。いや、知るべきだとは思うが。
「……とはいえ、あの闘神の間での勇者の“活躍”は誰もが見ているからな」
これは一波乱起きそうだ……とアルファードは小さな手をもふりとした顎にあてたのだった。
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