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【10】両親の肖像
しおりを挟む「レジナルド王子の両親のことはわかったが、ダンダレイスのご両親はどうなされた?」
この屋敷に来てから姿を見ていない。公爵家と言うから領地の屋敷にいることも考えたが、そうではない予感がアルファードにあった。
「私の両親はすでに他界している」
やはりと思う。「すまない」といえば「もう、昔のことだ」とダンダレイスがこたえる。
「なぜ、亡くなったか、訊いて良いか?」
「ああ、それならば両親の肖像画があるギャラリーまで、歩きながら話そう」
アルファードを手にのせたまま、ダンダレイスが歩き出す。それにアルファードはぴょんとはねて、彼の肩の上にちょこんと立つ。
「別に手で支えてもらえなくてもこれでいいぞ」
「身軽なのだな」
「チンチラというのは、そういう動物なんだ」
「へえ、ずんぐりむっくりのネズミのわりに、素早いんだな」というツイロの声に、ダンダレイスの肩越しギロリとにらみつける。今度はあれの頭上に局地的な雨を降らせてやろうと思ったが、やめたのは床の高価そうな絨緞が目に入ったからだ。スティーブンを嘆かせたくはない。
「父は私が十五で騎士の叙任を受ける一年前に戦死した。まだ勇者候補の神託も降りていない時期に、魔軍の侵攻があったのだ。
父が率いた第三騎兵団は勝利したが、一騎打ちをして討ち取った三魔将軍の一人ザルモナロンドに受けた傷が元で亡くなった」
この世界の医療技術は致命傷を負っても、優秀な治癒師、もしくは高価なポーションがあれば助かる。しかし魔将軍ともいわれる強力な魔族から受けた瘴気の傷は、聖女の浄化がなければ治らない。
魔法剣士ユキノジョウの知識と経験を受け継いだアルファードには説明されなくともわかった。
「勇者も聖女もいないのに、魔軍を退けたのはすごいな」
「ああ、魔王ではないとはいえ、魔王に名乗りあげた一人だったザルモナロンドを父は退けた。私にとっては勇者に並ぶ英雄だ」
微笑むダンダレイスはどこか誇らしげで、同時に寂しげでもあった。
そして、昨日歩いた回廊へと入り、一つの肖像画の前で足を止める。
「父と母だ」
そこにはダンダレイスと同じ赤褐色の毛を短く刈り上げた端正な顔立ちの男性と、微笑む美しい貴婦人がいた。
「父のタイロンと、母のクリスティーンだ」
「綺麗な人だな」
「ああ、母もまた父とともに亡くなっている。魔族との戦いで……」
「公爵夫人が戦場に出たのか?」
この優しげで美しい夫人が剣を持って戦う姿はなど想像出来ない。
「いや、母は聖女の身代わりとして“門”を封印した。その命を代償にして」
魔界から魔族が湧き出す“門”は勇者が魔王を倒したあと聖女でなければ封印出来ないという。
王家には勇者と結ばれた聖女の血が流れている。ダンダレイスの母は聖女ではないが、先祖返りといわれるほどの癒し手であったと。
だが聖女ではない。だから、かすかに開きかけた門を閉ざす代償に己の命を差し出したのだと。
「母もまた、歴代の聖女に及ばないが、それでもこの国の民を守るために尽くした人だった」
父のことを語るときは誇らしげでもあったダンダリスだが、母のことを語るとき、その声は痛みを堪えるように沈んだ。
そんな彼を本当はしばらくそっとしておくべきなのだろうが、アルファードはあえてずっと気になっていたことをきくことにする。
「それで、ダンダレイス、どうしてお前が王子なんだ? あのレジナルド王子も王孫の公爵夫人の子と聞いているが」
いくら王家の血を引いていても、外孫の姫の息子達が“王子”と呼ばれているのはおかしい。それにダンダレイスが「疑問は最もだ」とうなずく。
「現王アルガーノン陛下には直系の男子がいない。皇太子だったハイウェル殿下が落馬の事故で不幸にも儚くなられ、正妃とのあいだに嫡男のヒメーシュ殿下がいらしたが、生来の病弱で立太子の式を前に亡くなられてしまった」
そして現王アルガーノンの子はハイウェル以外には姫が二人。その姫の子も同じくそれぞれたった一人の姫しかおらず、それがダンダレイスとレジナルドの母親達だという。
「つまり王家の血を引く男子は、お前とあのレジナルド王子の二人だけというわけか」
だから、公爵家の嫡男でありながら、二人とも王子の称号を与えられている。つまりは次期王となるのは二人のうちどちらかということだ。
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