ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
上 下
207 / 213
末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【57】勇者対勇者の巨大怪獣!?決戦!!

しおりを挟む



「次は私だな」

 ひっくり返ったカルマンも騎士達に運ばれていき、ノクトがアルパに歩み寄る。

「連戦だがいけるか?」
「もちろん、良いお相手で身体もほぐれました」

 真顔で訊ねるノクトに、アルパがにこやかに答える。それでは、赤狼達との戦いが、ただの準備運動のように聞こえるが、本人に悪気はない。
 そう、勇者達にとっては。

「では、今回は互いの剣は無しの、素手で行くか」
「はい、それで行きましょう」

 そのやりとりに壁際で見ていたスノゥがぼやく。

「だから、聖剣は持ち出すなとあれほど禁止しただろう」
「それは壊れるものがないところでやれと、お婆様が怒ったから、二人とも守っています。偉いです」

 モモがお爺さまとアルパはえらい! とにっこりするのに、スノゥが「守ってくれなきゃ、この鍛錬場どころか、王宮が壊れるだろうが」とぼやく。
 あの二人、初めの鍛錬で熱くなりすぎて、お互いの聖剣を取り出したのだ。

「馬鹿野郎! この家壊すつもりかぁあああ!!」

 二人の中庭での戦いの様子を卵サロンの三階で見ていたスノゥが飛び降りて、二人の間に決死の勢いで飛びこんだ。両人ののど元に双剣を突きつけて怒鳴った。

「それは、いけません。お爺様とお婆様とモモの思い出もたくさん詰まったお家が無くなるなんて!」

 瞬時に転移してきたモモも、スノゥの怒鳴り声に涙目になり、黒狼達の尻尾はしゅん……と垂れ下がった、経緯がある。

「……とはいえ、素手でもこの鍛錬場がヤバいな」

 「修理代が……」と放浪の赤貧時代の思い出から、ケチ……ごほごほ節約家が身に付いている、スノゥがぶつぶつとつぶやく。

「モモ、この闘技場全体を結界で覆えるか?」
「出来ますけど、さすがに勇者二人の戦いに耐えられる結界となると、隠形おんぎょうの術は解かないといけません」
「かまわない。どうせ、あいつらにはバレバレだ」
「はい! いきます!」

 モモはその手に星のロッドを出現させると、隠形の術を解く。いきなり壁際に出現した、二人の姿に騎士達が目をむく。
 が、モモの美しい旋律のような呪文の詠唱に、うっとりと聴き入る表情とみながなる。隣にいるスノゥも、その旋律と同時に浮かび上がる魔法陣の輝きに目を細める。
 そして、対峙する勇者達を中心に美しい球体の結界が張られる。

「さあ、そこなら思う存分戦っていいぞ」

 スノゥの言葉にお互い視線を交わし、二人の勇者はうなずきあう。そして。
 互いの拳を叩きつけ合った。
 その瞬間、結界内でとんでもない爆風が巻き起こり、中が閃光でまっ白に。たちまち見えなくなる。

「爆発!」
「忍びこんだ他国の間者の仕業か!」
「馬鹿者。慌てるな!」
「副団長!」

 そのとき息を吹き返していたカルマンが、慌てる騎士達を一喝する。

「モモの結界内に誰かが忍び込めるものか。あれは強力な拳を叩きつけあったことによる、衝撃波が爆発に見えたのだ」

 己の腹を撫でながらカルマンが説明すれば。

「たしかに、モモ殿は大賢者の弟子と呼ばれていましたな」
「しかし、拳を叩きつけ合うだけで、あのような爆風が?」
「流石、伝説の勇者である宰相殿」
「それを言うならば、拳を叩きつけ合って同じく爆発した、あの宰相殿そっくりな青年は?」
「これはますます、副隊長殿の隠し子説が……」

 「しっ!」と言い、ごまかすように咳払いする年かさの騎士と若い騎士達の会話に、カルマンは先ほどのような怒りの表情ではなく、苦笑するしかない。

「これはまだ、ずいぶんと手加減……いや、撫でられたようなものか」

 まだ痛む腹を撫でながらぼそりとつぶやく。

 そして、父と同じく息を吹き返していた九人の赤狼の息子達も、うなだれて……る場合ではなった。
 みんな、末っ子の作ったまん丸球体の結界内を、目をカッと見開いて、瞬きもせずに見つめている。クロウなど、そうしながら、両目から涙を流し男泣きするという、器用なことをしている。

「俺は、俺は……なんて馬鹿だったんだ! 自分の実力もわからず、ノクト爺様と対等に戦える相手を優男の格好つけと舐めていたなんて……は、恥ずかしい」

 そのときクロウの肩を温かな手がポンと叩いた。

「私もだよ」
「タロウ兄」
「正直、あの方の実力を舐めていた。今と昔では違うのだと。お爺様のことは認めていても、あの方は、意地を張り認められなかった」

 「私達は可愛い末っ子可愛さに、目が曇っていたようだ」というタロウの言葉に、兄弟達全員がうなずくしかなかった。

「あの……」

 そんな肩をたたき合う兄弟達に、恐る恐る一人の騎士が声をかける。

「皆様方には、あの結界の中の戦いが見えるのですか?」

 それに「あれが見えねぇのか!」とクロウが叫ぶ。

「くそっ! あんなスゲえの、素手なのに真空派とか気を飛ばし合うとかなんだよ! 時々見失うし、動き速すぎてついていけねぇ……」

 「また修行しなおしだ……」とうなだれるクロウや頷く赤狼の兄弟達に、他の騎士達は内心で。

「いえ、私達にはまったくさっぱり見えないのですが、素振りからはじめないといけませんか?」

 という顔だ。

「……結界張ってなきゃ、初手の一撃でこの鍛錬場吹っ飛んでいたな」

 スノゥが腕組みしてつぶやく。モモを見て「保つか?」と聞く。

「一応、三日でも余裕で保たせられますけど」
「さすが大賢者様だな。勇者同士の戦いだっていうのに」
「照れちゃうからお婆様まで言わないでください。アーテル伯父様もからかうし……」

 とモモは唇をとがらせ。

「でも、三日となると眠くなっちゃいます」
「まあな。一日だって腹がへる。このままだと百日たっても決着がつかねぇしなあ」
「百日はさすがに無理です」
「俺も付き合いきれねぇよ。そろそろ引き離すか」
「なら、僕が壁を落とします」
「ああ、モースの爺さんの得意技、お前も引き継いでいたか」

 スノゥの言葉と同時にモモは円形の結界を解いた瞬間。
 駆け寄り互いに拳を叩きつけようとする、勇者達二人の間に、ドスンと天井から大きな壁が落ちた。
 物質ではなく、結界があまりに強力で実体化したように見える『壁』だ。
 その壁のアルパ側には、桃色の戯画化された垂れ耳兎が「ケンカはイケません!」と叫んでいる顔が描かれ。
 そしてノクト側には、これも戯画化された白色兎が腕を組んで、ギロリとにらみつけて「いい加減しろ!」とぷぅ! と怒っている姿が描かれていた。

「……なあ、爺さんの結界の壁はあんなだったか?」
「僕がただの壁だと楽しくないからって、お花とか描いてみたら、大先生がそれはいいって、喜んでくれたんです!」
「そうか。まあ酔狂な爺さんは喜ぶよな」

 スノゥが脱力する。そして、この可愛い? 壁にすっかり戦意喪失したアルパは苦笑して、モモを見て、ノクトはいつものむっつり顔でスノゥを見ていた。





しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

子を成せ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。 「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」 リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。