ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【54】やっぱりバレてた

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 いったん屋敷に戻ったスノゥだったが、なぜか王宮の敷地内にある騎士団の鍛錬場に来ていた。

「だって、心配なんだもん」

 そういう、モモについてだ。狼共は駆けて行ったが、こちらはこの孫息子の魔法の転送で一瞬で、王宮内へと。逆に彼らより先についてしまった。

「建国の勇者様に心配もなにもないと思うがな」
「そりゃ、アルパは強いよ。わかっているけど、怒りまくってる父様や兄様達がなにするか、わからないじゃない」
「なにされても死にそうにもないがなぁ。なにしろ、毎日、あの体力馬鹿のノクトと手合わせしてるんだぞ」
「それ言うなら、アルパだって体力馬鹿の上に、魔力無尽蔵馬鹿だけど」
「ああ、たしかにあれも両方無尽蔵馬鹿だったな」

 と、誰かが聞いたらそれはまったく悪く言ってない、ノロケですか? という会話を二人で交わしあう。
 といっても、モモの姿隠しの魔法で、訓練場の高い壁際に立つ二人の姿どころか、声も誰にも見えないし聞こえないのだが。
 そして両開きの大きな扉が開いて、入ってきた集団に、訓練していた騎士達が一斉に注目する。胸に手を当てて最敬礼をとったのは、先頭の黒髪の勇者に対してだ。
 次に彼らが唖然とした顔になったのは仕方ない。その伝説の勇者にしてこの国の宰相閣下の後ろに、それを少し若くしたそっくりの顔があったからだ。

「皆、励んでいるようだな」

 しかし、宰相閣下……ノクトはまったく彼らの動揺を意に介さずに、口を開く。そのまま『いつものごとく』稽古をつけようとしたが。

「宰相殿」

 声をあげたのはカルマンだ。身内の内々では「父上」と呼びかけるが、公の場ではけじめをつけてしっかりと役職で呼ぶ。それにノクトも「なにか? 副騎士団長殿」と呼ぶ。
 現在の騎士団はシルヴァが騎士団長で、カルマンが副騎士団長だ。そのシルヴァは現在、あの星の湖ヴォラクテに先入りしていた。普段ならばこれは副団長のカルマンの役目であるが、「王都にいる可愛い末っ子のことが気になって、あの頑固親父殿も兄弟達も上の空では仕事にならないでしょう」とシルヴァが苦笑しながら自ら引き受けたのだ。
 本来ならばこの国難に私情は許されない。ましてや大公家一族の内々の事ではある。しかし、末っ子溺愛のカルマン一家の事情はよくよくわかってるノクトもまた、無言でうなずいたのだった。

「そちらの方と、我が息子達との手合わせを先に、皆に見せたいのですが。宰相殿、いや伝説の勇者殿がその腕を認めて、この鍛錬場に特別に招いた方。ぜひ、皆にその腕をご披露願いたい」

 カルマンの言葉に、鍛錬場内がざわつく。元からノクトにそっくりなこの青年を「誰だ?」と皆がささやきあっていたのだ。その生きる伝説の勇者が腕前を認めた……とは? 
 その言葉にノクトは横に並ぶ青年を見て訊ねた。

「よろしいか?」
「はい、義兄上あにうえ達とはぜひ一度手合わせを願いたいと、私も思っていました」

 そのやりとりに、鍛錬場内はさらにざわめいた。そこにクロウが「あんた……じゃねぇ。アルパ殿にあ、兄上と呼ばれる筋合いはねぇ、いや、ご、ございませんな!」と、これまた乱暴な言葉になりそうなのを、妙に丁寧な言葉で叫んだからだ。
 これに鍛錬場内はざわめきどころか、蜂の巣を突いたような騒ぎになった。なにしろノクトにそっくりな青年が、カルマンの息子達を『あにうえ』と呼んだのだ。アルパはモモの兄達は、自分の義兄という意味で呼んだわけだが、そんな事情など彼らが知るよしもない。

「兄上達って!?」
「宰相殿下にそっくりなのはまさか……カルマン副団長の!?」
「いやいや、あの年上の幼妻……じゃない、ブリー殿一筋のカルマン副団長が」
「たしかにご子息達は全員そっくりの赤毛」
「いやだからこその別腹で、隔世遺伝でお爺さまそっくりということも……」

 「しっ! こちらを睨んでおられますぞ!」と仲間の騎士の言葉で、他の騎士達はカメの様に首をすくめて黙りこむ。
 実際、カルマン以下の赤い狼達が、その視線だけで燃え殺しそうな目で、彼らを見ていた。
 そして。
 では立ち合いを……ということになって、闘技場の中央に向かうアルパは、姿が見えないはずのモモ達へと顔を向けた。そして『見ていて』とぱかり、ぱっちりと片目をつぶったのだった。

「アルパ気付いているみたい……」
「だな。黒狼の鼻は特別製なのかね」

 声も遮音していて聞こえないのに、モモが隣で腕を組むスノゥに話しかける。スノゥもうなずく。
 スノゥもまた、こちらをじつと見る自分の番と視線をしっかり合わせていた。





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