ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
上 下
200 / 213
末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【50】今と昔の勇者

しおりを挟む

 

 カルマンの怒声に思わず垂れたお耳を押さえたモモだった。のしのしとお星様のベッドに突進しながらも、腕の中のブリーをびくとも揺らさないのは流石だった。
 そして、その怒声にまったく動じることなく、アルパが腕の中のモモを素早く敷布で包みこむ。白い肩がちょこんと出ていただけだが、それでも『妻』の肌を、父親や兄弟といえど晒したくない。雄狼の独占欲である。
 さらにギラギラとそれだけで射殺しそうな赤銅色の瞳を、落ち着いた金色の瞳で見返したのは、こちらも流石というべきか。
 さらに動いた者がもう一人、いや、もう二人。
 今にもベッドに乗り込み、男に掴み掛かろうとしたカルマンの前に立ちふさがったのは、ノクトだ。反射的に同じ男に飛びかかろうとした、九人の赤狼の兄達の足に絡まり止めたのは、シュンと伸びた白い鞭。スノゥがその細腰に常に巻き付けているものだ。

「父上! なぜ止めるのです! んっ!? んっ!? なぁあああっ!?」

 叫んだカルマンだったが、目の前のノクトとモモを大切に抱きしめている男の顔を見比べて叫び声をあげる。

「なんで止めるんです! お婆様! ええええっ!?」

 なんてクロウも父親同様の声をあげていた。九人の兄弟のなかで、勢いが付きすぎて唯一、スッ転んで顔面を床にたたきつけて起き上がり、叫んでから、父を止める祖父とベッドに弟といるにっくき? 男との顔を幾度も見比べたあとの叫びだ。
 他の兄達が言葉もないのは、逆に驚きのあまりだ。
 なにしろ、父の前に立つ祖父と、桃色の弟を抱っこしている男の顔がそっくりだったからだ。その黒く長い髪も、黒い耳も尻尾も、金色の瞳も。神々がつくりたもうた最高傑作の一つだろう、美しく男らしい顔立ちまで寸分違わず。

「……驚いたなあ」

 という言葉とは裏腹にのんびりした様子で口を開いたのはスノゥだ。

「ノクトにそっくりだ。いや、ノクトのほうが多少歳を食っちゃいるが」

 その言葉にぴくりと頭の上の耳が動いた夫に「お前のほうが渋いって意味だよ」とその横を通り過ぎるときに、ささやくのは忘れない良い妻? だ。ノクトの尻尾がブンと横に揺れる。
「んで、モモ。彼を紹介してくれないか?」
 スノゥに問われて「はい」とモモはうなずく。そして言った。

「彼はアルパ。みんな知っている、建国の勇者、その人です」

 モモの言葉に、スノゥとノクトにモース以外の者達が、さらに大きな驚愕の声をあげたのはいうまでもない。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 驚いたことに、モモの存在をモース以外のみんなはすっかり忘れていたらしい。
 そのあいだ十年以上の月日がたっていて、九人の兄達は相変わらず独身だけど、何時までも独り身だった、シルヴァ大伯父様が結婚していたのは驚いた。
 それも、とっても可愛くておしとやかな蒼兎の子と。プルプァというその子と、モモはすぐに仲良くなった。

「でも、逆にみんな、僕のこと忘れていてよかった」
「よく、ありません。あなたのことを忘れていたなんて」

 モモ言葉に、猫足の長椅子の真ん中に座ってブリーがぐしぐしと泣くのに、アーテルがよしよしと涙をぬぐってやり、ザリーがそのお口に星形のギモーヴをほおりこんでやっている。
 大公邸の薔薇色卵型のサロンは、カール御隠居の贈り物だ。スノゥのための。「ごてごてしてるが居心地はいいな」とスノゥも気に入っているし、ここは他の兎達もお気に入りの場所だ。

「だって、みんながモモがいないことを悲しんでいたら悲しいし……でも、忘れていたなら……」
「お前は優しいな、モモ。でも忘れていたほうは、なんで可愛い子のことを忘れていたんだろうと、それはそれで悲しいんことは悲しいんだぞ。だいたい、みんなに忘れられてよかった……なんて無理して、お前だって悲しかっただろう?」

 スノゥの言葉にモモは「うん、少し」と答えて、オレンジの輪切りを浮かべたお茶を一口飲む。「でも……」と続ける。

「アルパがずっと一緒だったから、寂しくありませんでした」

 「うわ~最高のノロケ!」とアーテルがからかうようにいい、モモが赤くなる。それに白いショコラの一口ムースケーキを食べ、すみれの砂糖漬けを浮かべたラベンダーティーを一口飲んだプルプァが「わたくしも」という。

「シルヴァと一緒にいる時が一番幸せだからわかります」

 「うわ~プルプァは相変わらず、かわいい妖精さん」とザリア。それにアーテルが「ザリアも歌わなきゃ、妖精さんなんだけどね」という。

「歌っても妖精さんって言われているよ、兄様」
「それは妖精じゃなくて、地獄に引き摺りこむ天の御使いって意味じゃないかな?」

 「ひど~い。なら、今からザリアのお歌を聴いて……」「わあっ~やめてぇ」なんて賑やかな二人に挟まれて、ようやく泣き止んだブリーが「このギモーヴおいしいです」とつぶやくのに、アーテルが追加の三日月の形をしたギモーヴをお口に押し込んでやっている。再びもきゅもきゅし出す、ブリー。
 そんなかしましい、息子と嫁? と孫息子達の様子を、スノゥが出窓に腰掛けて、微笑みながら眺める。
 外を見れば、中庭では木刀を叩きつけ合う二人。どちらも黒髪の黒い狼。多少の年齢差はあるが兄弟というより、双子というほうが納得のそっくりぶりだ。もちろん、スノゥもモモも、どちらが愛しい相手なのかひと目で見分けがつくが。
 その二人はスノゥの目でしかわからないような、素早い攻防を続けていた。しばらく実戦から離れていたとは信じられないノクトの動きだ。それを言うならさすが建国の勇者アルパの負けていない。
 ノクトのほうも、この孫息子の孫婿? をすっかり気に入ったようだった。自分にそっくりだからというより、その勇者らしい公明正大なすっきりした性格を。
 スノゥとしても気に入っている。ノクトそっくりなのに、無表情なあれが穏やかな紳士? の微笑を浮かべるとこうなるのか? と。どこかの堅物さんとちがって、冗談も理解して快活に笑う、気持ちのよい男だ。

「さて、問題は末っ子と弟可愛い、十人の赤狼共だけどなあ」

 スノゥはやれやれと息をはいた。




しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

子を成せ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。 「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」 リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。