ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【49】その男は何だぁああ!?

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「どうしてあの子の事を忘れていたんでしょう?」

 ブリーの泣きくぐもった声とともに、カルマンの赤銅色の目が大きく見開かれる。赤狼のみっしりと筋肉のついた身体がブルブルと震える。

「そうだ、そうだ、あの子だ。あの子を忘れていた。どうして? どうしてだ!?」

 それにただ会議に参加しているだけのヨファン王と大臣達は目を丸くしている。しかし、ノクトとスノゥもまた、顔を見合わせてうなずき、立ち上がる。それにナーニャもだ。「あたしも……どうして?」とつぶやく。

「カルマン、とりあえずはお前の家へ。あの子の部屋を確かめなければ」
「はい! 父上!」

 カルマンがこくりとうなずき、いまだ涙を流して椅子に座ったままのブリーをひょいと横抱きにした。駆け出すカルマンのあとにノクトとスノゥも続く。王宮で駆けるなど危急のときにしか許されない行為だが、今はその危急の時である。



「父上!」
「母上!」
「お爺様!」
「お婆様!」

 口々に言いながら、そこに合流したのは、赤毛の九人の狼の兄弟達。本日は全員、王宮は騎士団の詰め所にいたのだ。みんなブリーを抱えるカルマンと同じく目を血走らせている。

「ちょっと待ちなさいよ!」

 そこに会議室から転移してきたナーニャが、ぶわんと現れる。「まったくどいつもこいつも脳筋で足が速いんだから! 頭脳派の魔法使いのことも考えて……」そこまで言いかけて「キャア!」と声をあげたのは、クロウに担ぎ上げられたからだ。

「じゃあ、ナーニャ先生も一緒に行こう!」
「こらっ、レディを荷物みたいに肩に担がないでよ! カルマンを見習いなさい!」

 カルマンの場合、ブリーのみなのだが、それにクロウは「うん」とうなずいて、くるりとナーニャを横抱きにして駆け出した。

「ちょっともう少し揺らさないで走りなさいよ!」
「ナーニャ先生、黙ってないと舌噛むよ!」

 そんな声を響かせながら、賑やかな一行を駆けて行った。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 馬も使わず、王宮から王都郊外のカルマン邸にまたたくまについたのは、さすが純血種の群というべきか。本気になれば馬より遥かに早いのだから、馬の意味って……の話である。

「早かったな」
「モース……」

 邸宅の玄関にあがる石の階段。そこに腰掛けていた大賢者に、ノクトが金色の瞳を軽く見開く。

「皆、桃色の末っ子のことを思いだしたのだろう?」
「モースお爺様、どうして?」

 クロウにお姫様抱っこから降ろしてもらったナーニャが訊ねる。どうして? とはみんなが忘れていた“あの子”のことを、この老人が覚えていたことだ。大魔法使いといまや呼ばれるナーニャでさえ、忘れていたというのに。

「“約束”したからな。必ず帰ってくるように……とな」

 モースは先にたって屋敷の中に入る。みんな老人のあとに続き、三階にある『壁』の前にたどりつく。
 廊下の最奥にあるその場所は、そこに部屋がある構造のはずなのに、いかにも不自然だった。だが、それに誰も気付くことなく、使用人も家族達さえ通り過ぎてきた。
 そこを見てカルマンに横抱きにされたままのブリーが、はらはらと新たな涙を流す。

「モモ、モモ、忘れていてごめんね……」

 『モモ』とその名前に、一同が目を見開く。「そうだ、モモだ!」「モモ! どうして俺は忘れていたんだ!」と口々に言い合う赤狼の兄達の中でひときわ声を張り上げたのは、クロウだ。
 モースが「今、封印を解く」と呪文を唱えると、壁に扉が現れた。カルマンがノクトを見れば、ノクトがうなずき扉を見る。お前がブリーを連れて先に入れという意味だ。
 ブリーを抱いているために両手が塞がっているカルマンのために、タロウが扉を空ける。カルマンが足を踏み入れ、他の者達もぞろぞろと中に入る。
 そこはモースが部屋を封印したときのまま、時が止まっていた。机にはモモが研究していた天体と魔法の本、そしてなぜか国史の本が積み上がっていた。ブリー以外にはわからない難しい計算式が書かれた紙も散らばっている。
 そして、兎さん大好き、カール御隠居からの贈り物、お星様のベッド。紺色の天蓋のカーテンには銀の星々が散らばる、あの子もお気に入りのベッドだった。

「うーん……」

 そこから小さな声が聞こえて、一同ぎょっとした。やはりブリーを抱いたまま、カルマンがそっとそこに近づく。今度は次郞が、閉ざされていたカーテンを開いた。
 カルマンは薄く開かれた中を覗きこんで、くわっとその赤銅色の目を見開く。ブリーは腕の中で「まぁ……」と真っ赤になる。
 桃色の可愛い子が、黒髪の男に抱きしめられて寝ていた。それも二人とも裸で。

「ん……朝、アルパ?」
「ああ、おはよう。モモ」

 二人とも覗いている赤狼の父と兄弟達、遠巻きに見ている黒狼に、白兎、山猫の魔法使いの存在など全く気付いていないようで、見つめ合い微笑み、そして口づけ合う。

「そ、その男は何だぁああああああああああああ!」

 カルマンの雷のような怒声が響いた。




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