ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
上 下
198 / 213
末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【48】それは突然に……

しおりを挟む
   


 今朝のモモはご機嫌だった。
 良い夢を視たからだと、アルパにもわかっているのだろう。その口許には笑みが浮かんでいる。

「父様と母様に会えました」
「私もモモの父上にお会い出来たよ。とても強そうな方だった」
「本当に強いですよ。勇者ノクトお爺様の息子ですもの」
「それはひとつお手合わせ願いたいものだ」

 モモはクスクスと笑う。

「お父様だけでなく、九人の兄様達もアルパと戦いたいと言い出しますよ」

 あの過保護な父と兄達ならば間違いない。
 そして、あれは夢だけど夢ではなかった。

「あれはモモが生まれる前の父様です」
「モモが生まれる前?」
「はい。モモと一つ上のクロウ兄様とは十歳年が離れていますから」
「それはずいぶんと離れているね」
「はい、それには長いお話があるのです」

 あの父カルマンが溺愛している母のブリーの初めての叛乱? の家出とか色々。

「モモは家族にとても愛されていたのだな」
「はい、母様はともかく、父様と兄様達はちょっと過保護すぎるぐらい」

 モモは家族の名を出して、ちくりとかすかに胸が痛んだ。
 自分が消えたことに家族達は気付いただろうか? いや、元の世界に戻るにしても、自分達には数十年の放浪にしても、家族達からすれば瞬き一つの間のことかもしれないけど。
 それの証明でもないけれど、アルパにしてもモモにしても、三百年の寿命を持つ純血種とはいえ、数十年の時放浪を経ても、まったく歳をとる気配がないのだ。髪の毛や爪などは伸びるというのに。
「モース大先生は時空の迷子になれば、存在そのものがないことになる。人々に忘れ去られるかもしれないと言っていました」
 だったら、逆に家族のみんなは自分のことを忘れてくれていたらいい……と思う。そのほうが、みんなが悲しまなくてすむから。
 モモのことをみんなが忘れている……と思うと、それも少し悲しいけれど。

「そんな顔をするな」
「アルパ」

 慰めるように、ひたいに一つ、両頬に二つ口づけられる。モモはその優しい感触に目を細める。ふわふわの綿菓子のような桃色の髪を撫でてくれる大きな手の温かさ。

「モモと一緒にあの夢を見たからではないが、きっとすぐにみんなに会える。そんな予感がするんだ」
「はい、モモもそんな気がします」

 モモは笑顔になり、こくりとうなずいた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「それは真のことなのか?」

 現代、サンドリゥムの王城。その円卓の会議室。

「はい、私の計算に間違いがなければ」

 宰相であるノクトの問いに、ブリーがこくりとうなずいた。その隣には守護するようにカルマンが座っている。
 当代の王であるヨファンの顔がしずかに青ざめ、大臣達もざわめく。ノクトの隣には参議であるスノゥも座っているが、さすが動じることはない。そして、魔法研究所の所長であるナーニャの隣に立つ研究員が淡々と報告書を読み上げる。

「……先頃、星の湖ヴィオ・ラクテで、頻発している地鳴りの周期の間隔は徐々に狭まっており、特別研究長ブリーの計算によれば、近日中にも、湖底に眠る休火山が爆発すると……」

 その爆発によって、湖は溶岩で埋め尽くされ蒸発し、さらには火山灰によって、周辺の豊かな葡萄畑も壊滅的な被害を受けるということだった。

「なんということだ。それではサンドリゥム特産の葡萄酒が……」
「建国の王アルパと星の賢者様、由来の地が壊滅するなど……」

 大臣達がざわめくなか、ノクトが静かに告げる。

「まず周辺住民達の避難を始めなければならない。彼らの生命が一番だ。その財産と今後の暮らしの保障もな」

 ノクトの言葉に特産の葡萄のことに気を取られていた大臣達がハッと、目を見開き恥じ入るように俯いた。たしかにまずそこに暮らしている者達の生命を助けること。それにその後の生活の保障が一番だった。

「すぐに一時避難先は定めるとして」

 ノクトがちらりと隣のスノゥをみれば、彼はこくりとなうなずく。「グロースター大公領には、彼らを受け入れる開拓地は十分にある」と返す。宰相であるノクトに変わって、スノゥが現在北の広大な大公領を取り仕切っている。
 会議室の全員に配られた、湖周辺の住人達の人数や、その葡萄畑の大きさ。もたらす収益が書かれた書類を眺めて、かけている銀縁の眼鏡の鎖をちゃり……と鳴らし。

「とはいえ、温暖な南の気候になれた彼らが、北の厳しい冬に耐えられるのか。開拓当初は当然十分な収入も得られず、数年は生活の援助の必要もある」

 問題はそれだけではない。これまでの葡萄栽培から、北の地では慣れぬボアやコッコの飼育という酪農への転向となるのだ。当然、脱落する者も出てくるだろう。
 スノゥの言わんとしていることは、ノクトにもそして大臣達にもさすがにわかったのだろう。大臣の一人が「なんとかならないのですか?」と話しかけたのはナーニャだ。
 つまりは魔法や魔道具で火山の噴火を止めろということだ。それにナーニャが静かに首を振る。

「大自然を操ることは魔法でも無理です。それこそ、ここに星の賢者がいたならば、その“奇跡”も可能でしょうけれど」

 星の賢者……それは魔法使いにとっては至高の名だ。今、サンドリゥムの大地に残る数々の伝説に奇跡。勇者アルパをあらゆる魔獣のブレスや攻撃から守ったという、漆黒のマント。一瞬で大樹となったという、小麦が特産の村々に残る小さな森。それは森を守らなければならないという、建国の勇者アルパの偉業とともに、伝わっている。
 なによりの最大の奇跡は、氷の星を堕とし火山を鎮め、湖を作り出したということだ。その湖こそが、星の湖ヴィオ・ラクテと呼ばれる問題の火山が眠る。

「どうしたブリー!?」

 カルマンのその声に、みんながブリーを見る。
 ブリーは茶水晶の瞳からぽろぽろと涙を流し、つぶやいた。

「どうして……どうして私はあの子のことを忘れていたんでしょう」






しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

子を成せ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。 「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」 リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。