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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~
【47】幸せな迷子
しおりを挟む朝、訪ねてきた人物を迎えて、カルマンは軽く目を見開いた。
「大先生が、森から出られるなど珍しい」
「早朝の人の居ない王都の散歩も楽しいもんじゃぞ」
モースがからからと笑えば、変わり者の老人の趣味はわからないとばかりのいぶかしげな表情で、「はあ、そのようなものですか」とカルマンがうなずく。
「朝食はまだですか?」とごく自然にカルマンが聞くのに、「ああ、いただく」とモースはうなずいた。ノクトとスノゥ共に旅をした、モースや他の四英傑は、大公家一族には家族同然の扱いを受けている。
大家族の朝食は相変わらず賑やかなものだった。九人もの赤毛の狼の息子達の食欲は朝から旺盛で、厚切りのハムに大きなソーセージ、大皿に盛られた巨大チーズオムレツに、カゴに山盛りの茹でた芋がみるみる消えていく。
篦鹿のモースは当然草食だ。こちらは、カルマンの隣にちょこんと座るブリーと同じ朝食だ。新鮮なレタスのサラダにニンジンのポタージュスープ。あとはチーズオムライスを少しいただいた。焼き立てのパンも美味しい。
「サブロウは、今日から王都を離れるか?」
「はい、タロウ兄上、視察は五日ほどの予定です」
「いいな~サブロウ兄は視察でうまいもの食べれて。俺は明日から二日間昼夜ぶっ通しの行軍演習で缶詰ばっかだ」
ぼやいたクロウにカルマンが「こら、クロウ!」と雷のような声でいう。クロウが「あちゃ」と首をすくめる。
「行軍も粗食に耐えるのも大事な鍛錬だ。お前は武人としての覚悟はまだまだ、足りんようだな。よし、特別にあと一日、単独での踏破訓練をくわえてやる」
「え~親父! そんなのないよ!」
と叫ぶクロウに「まったく、いつもでも『末っ子気分』が抜けない奴め」とブリーを含めたみんなが笑う。
昨日、大騒ぎでモースの隠居所に父親まで血相変えて駆けつけた。その『大切な子』をみんな忘れたかのように、笑いあっていた。
朝食のあと、モースは小さく隠形の呪文を唱えた。屋敷の使用人達とすれ違っても、誰もモースが上階の家族の部屋に行くこと、いぶかしがる者はいない。
モースが部屋の扉を開く。そこには天体と魔術の本が積み重ねられた机に、丸っこい文字で数式が書かれた紙が散らばっていた。モースはそれを手にとって目を細める。
そして、部屋の中央に置かれた、おとぎ話の中に出てくるような星空の寝台を見てつぶやく。
「やはり、長い旅になってしまったようだな。だが、必ず戻ってくるのだぞ」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ぱちりとモモが目を覚ますと、小さな天幕の中、温かな腕に包まれていた。それに幸せに微笑めば、気配に聡い彼……アルパも目を覚ます。
「おはよう、モモ」
「おはよう、アルパ」
モモが朝の身だしなみ……くしくしと垂れたお耳をしてから、今度は膝立ちになって尻尾の毛並みを整えて、完璧! と思うが。
「モモ、おいで」
「はい……」
手招きをされて、すとんとアルパのあぐらをかいたお膝に座る。やっぱり垂れたお耳からぴょこんと跳ねた毛がひと房あったらしい。
アルパの手に持つツゲの櫛で、優しく整えられていく。「出来たよ」とひたいに一つ口づけられる。それににっこりと微笑む。
天幕の外へと出る。それは柔らかな木漏れ日が差し込む森の中だった。
ここはアルパの時代より百年後、変わらず守られた森。
そう、二人で抱き合って跳んだ時代は百年後。そのことに驚きながらも、サンドリゥム王国という国名にモモは安心した。建国は無事に成されたのだ。
そして、建国の勇者アルパと神子であり国母ケレスの名も、伝説として伝わっていた。
そのことに聡い二人はすぐに理解した。おそらくナハトがアルパに成り代わったこと。だから、勇者アルパの姿は後ろ姿ばかりで、顔は描かれていない。緑のローブの賢者の姿も。
そして、新しい国の森が守られ、そのことによって人々はより豊かになった大地より日々の恵みを得られている。農業大国となりつつある、国の姿にアルパは満足そうにうなずいたのだった。
だが、同時に父である族長の名と、なにより弟ナハトの存在さえ消えていることに「生真面目な兄上らしい……」とつぶやいたのだった。
モモの時を渡る能力はもとより、自在に操れるものではなかった。
それをアルパを連れて行ったせいなのか。百年後の世界でしばらく暮らした二人は、ある日、ふいに今度は三百年後の世界に飛ばされていた。
それでも、サンドリゥムの森の緑はますます豊かに、そして人々の暮らしもまた豊かで穏やかだった。他国との争いがなかった訳ではなかったが、それでも大きな戦に巻き込まれることがなかったのは、自国が豊かであり、他国を侵略する必要がなかったからだ。これも、建国の勇者アルパと星の賢者の教えがあればこそ、と感謝する人々にモモは照れくさい気分になった。それに。
「国を作ったのはナハトさんだ。それにケレスさんも。今のこの国は二人のおかげだよね」
「ああ、そうだな。あの二人こそ、この国を創り上げたんだ」
三百年後に跳んだ二人は、さらにあちこちの時代に跳ぶことになる。数年穏やかな村に滞在したこともあれば、三日で別の時代に……ということがあった。
それでも、二人ともそれを不幸せなんて思わなかった。
「だって、アルパと一緒だもの」
「私もだ。モモとならどこでも」
それは幸せな時の迷子だった。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
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