ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【43】災厄の真実

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 時は数日前に遡る。

「これは英雄殺しの矢だ」

 黒の大森、天幕の中、差し出された白羽の矢に、モモの心臓はトクンとひとつ鳴った。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 アルパが結界を張ってくれたとはいえ、木漏れ日が差し込む。『お外』で抱き合ってくれたことに、モモが真っ赤になったのは、アルパにたくさん『抱っこ』されて、魔力が回復して身体も心もすっかりぽかぽかになったあとだった。
 真っ赤になったモモに「熱でも出たのか?」とアルパにおでここっつんこされる。お互い生まれたままの姿で、触れあう肌と肌に、今さら抱き合ったんだと感じられた。
 モモはぐいっとアルパの胸を押して少し離れて、銀のロッドを取り出す。いつもなら魔法なんて使わないけど、緊急事態? だと魔法鞄マギバックから、それを呼び出す。
 ばさりと頭上に布が広がると同時に、二人の身体がふわりと浮いて、絨毯が敷かれて一瞬にして心地よい天幕が完成した。

「お、お外で裸はよくありません」
「うん、そうだね」

 モモの言葉に、アルパが優しく微笑みうなずいたのだった。



 それで、あの瞬間なにがあったのか? という話になった。モモに向かい矢が放たれ、アルパがかばったあの時だ。

「……そうか、時を止めたのか」
「はい。それでアルパの胸に矢が刺さる前に……」
「なんてことをするんだ!」

 いきなりのアルパの大きな声に、モモは肩をすくませる。その肩をアルパの大きな手に、がっちりと掴まれる。

「そのためにまた死にかけるなんて!」

 また……とは火山に星を堕としたことを言ってるのだろう。モモはむうっと唇を尖らせる。

「あのときは死にかけてなんていません! アルパが助けてくれたし……今度も……」

 あれ、よく考えると、これアルパがいたから、また助かった? とモモが上目づかいに見ると、彼が頭をくしゃりと撫でる。垂れた耳の毛並みを整えるようにしてくれる、その大きな手の感触にモモは、うっとりと目を細めた。が、唐突に、カッ! とパパラチアの瞳を大きく見開く。

「だけど、アルパだってまた僕をかばおうとしたでしょ! あの矢は僕を狙っていたのに!」
「あれは身体が自然に動いて……」
「もう、いい。許します」
「許してくれるのかい?」

 今度はアルパの金色の目が泳ぐ番だった。が、モモの言葉により「へ?」という声さえあげる。そのちょっと間抜けな顔に、モモはプッと吹き出して。

「だって、純血種の雄なら仕方ないことらしいです。とくに『馬鹿狼に目をつけられたら諦めろ』ってお婆様が言ってました」
「馬鹿……」

 呆然としているアルパには、祖母のスノゥの『まあ逃げるんなら、その相手をぶっ殺すしかねぇな』との物騒な言葉は告げないことにする。
 それにモモはスノゥの言葉に目を丸くして訊いたのだ。

「勇者であるお爺様を殺せるの?」
「まあ普通なら無理だが、あいつは俺を殺せねぇから、捨て身でギリってところか?」

 「ただし、俺もあいつを殺せねえから、おあいこだな」とスノゥが苦笑した。その後ろから静かに近づいたノクトに抱きしめられて「熱烈な愛の告白だな」とささやかれた。スノゥが「忘れろぉおお!」の叫び声をあげたのを、モモはその背で聞いた。お爺様とお婆様が“仲良くしだしたら”すぐに二人きりにしてあげるのが、子供達と孫の決まりだからだ。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「英雄殺し……」

 モモの『馬鹿狼』発言に呆然としていたアルパだが、彼は気持ちを持ち直すように咳払いをして、そして、自分を貫こうとした白羽の矢を差し出して、告げたのだ。
 『英雄殺しの矢だ』と。

「これは族長に代々伝わる宝物だ。あらゆる守護に結界を無効とすることから、英雄殺しの矢と呼ばれる」
「でも、この矢はアルパではなく、僕を狙っていた」

 自分がそんなに憎まれていたのか? とモモの胸は痛む。あの族長のことはよくは思っていない。だけど誰かに殺したいほど思われるなんて……と。
 だけど思い当たることはありすぎた。自分は兎族で、この時代では最弱の種族として、差別と蔑視の対象であったのだから。
 モモが俯きかけるとアルパが「違う」と両手でその頬をそっとはさんで上を向かせる。

「族長が狙ったのは俺だ。君を狙えば、俺が必ず庇うとわかっていたはずだ」
「そんな……どうしてアルパを?」

 気鬱の病のせいで感情の起伏が激しいにしても、父親が息子を……なんて。それに。

「勇者がいなくなれば、困るのは一族なのに」

 災厄が滅ぼすのは一国のみとされている。この場合はまだ国なるまえの、部族の住む土地となる。いくら、あの族長が偏屈とはいえ、勇者を害そうなんてどうしてそんな愚かな選択を? 

「だからだ。勇者を殺し一族を滅ぼすのが敵の目的だ」
「そんな! 族長がどうして自分の一族を……」

 いいかけて、モモは気付く。さきほどからアルパは族長とは呼びはすれ『父上』とは言わなくなっていた。
 そして、今、『敵』といった。

「邪竜は倒し聖剣は完成した」

 アルパが傍らに置いてある聖剣を差し出す。その柄には三色の魔石がぴったりとはまっていた。

「……だけど聖剣が祓うべき“災厄”はまだ倒されていない」

 モモはアルパのあとに続けて口を開く。
 族長はこれが最後の戦いだといっていた。なぜか神託の神子であるケレスもそれを否定することがなく、最後に見た彼女がどこかおかしかったことをモモは思い出す。
 まさか神子まで……と思う。

「見極めなければならない。真に倒すべき災厄はなんなのか」

 アルパの言葉にモモはうなずいた。



 そして二人はひそかに石の城館をとりまく市街へとはいった。上空には暗雲が立ちこめ、人々は勇者の死を嘆き、この先の不安に噂していた。
 この土地を捨てて戦える者達すべてをもって、侵略すると族長は宣言した。神々の定めた凪の時を破り、他の部族まで巻き込んで、この大陸に戦乱という災厄をまき散らすような愚かな選択。
 アルパとモモは兵を率いる族長の前に立ちふさがった。
 そして、神殿の最奥の祭壇の間にて、真の災厄は姿を現した。





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