ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【39】静止した時のなかで

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「どうしても、部屋から出て行ってくれないの?」
「モモ、いくらお前の頼みでも、それは聞くことは出来ない」

 長兄のタロウが苦笑しながらいう。モモはお星様の寝台に横たわりふくれっ面になる。
 クロウが大騒ぎで父や兄達に報告したせいで、モモが眠りにつくときは、兄達が交替で不寝の番につくことになってしまった。
 それでもモモは眠ってしまえば向こうにいけると思ったのだが、人がそばにいるせいなのか、この十日間、まったくあちらに行くことが出来なかった。
 一刻も早くアルパを助けたいのに……。
 モモはこうなったら『いつも』の強行手段に出ることにした。

「タロウ兄様、約束破って、ごめんなさい」
「モモ!」

 けして、転移して家を飛び出さないとと、兄達の不寝の番以外に、モモは父のカルマンに、心配する母のブリー、兄達に約束させられていた。実際、モモがその気になってしまったら、抜け出すなんてたやすいことなのだ。
 家族みんなの心配そうな顔に、そのときのモモは無言だった。約束なんて出来ない。だって、それでもアルパを絶対に助けなきゃ!



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「それでワシの寝所に寝間着で飛びこんで来た訳か?」
「……ごめんなさい」

 天蓋もない木造の大きな寝台にて、同じく寝間着の大賢者と対峙して、モモは肩をすくめた。
 そう、モモの跳んだ先は当然モースの隠居所だった。それも読みかけの本を脇の卓に置いて、今にも眠ろうとしていた、彼の寝台に現れたのだ。

「絶対にアルパを助けます!」
「お前さんの話では、勇者の胸を矢が貫いたというな。勇者に与えられた神々の守護と賢者の強力な結界を破った。それはおそらく英雄殺しの矢だ」
「…………」

 サンドリゥムに伝わっていたという消えた秘宝。その名をモースだけでなく、モモも思いだしていた。

「お前さんの目はたしかに勇者の胸を矢が貫いたのを見たのだな?死者を蘇らせることは神々にしか出来ん」

 たしかに死を覆すことは、現代おいてもどの魔法使いもなし得ていない。「でも!」とモモは決意を持って、口を開く。

「大先生。僕はアルパを生き返らせることは出来ません。だけど……」
「時を巻き戻し、運命を覆すか?お前さんには確かに出来よう。しかし、それには膨大な魔力がいる。ヘタをすればお前さんの命と引き替えになるぞ」
「かまいません!」
「安っぽい正義感で安易に己の命をかけるではない!」

 それはモモが初めて聞く、モースの厳しい口調であった。普段ならば、いつだって「モモよ」と諭すように言ってくれた。

「いいえ、違います!」

 それでもモモはひるむことはなかった。大賢者の生きた歳月を物語るように皺の刻まれた、その奥にある慧眼を、パパラチアの澄んだ瞳でじっと見る。

「僕は死ぬつもりなんかありません。アルパと一緒に生きて笑いあいたいんです」

 大好きな人だから生きて欲しい。だから自分が身代わりなんて……モモは思わない。自分だって生きて、笑いあって、じゃないと彼が悲しむ。

「……運命をねじ曲げ、共に生きて笑うとは、ずいぶんと欲張りさんだな」
「そうです。僕は欲張りなんです!」
「行っておいで、ワシの一番弟子にして、最後の愛しい我が儘っ子よ」
「大先生……」
「そして、約束しておくれ。必ず戻ってくるとな」
「はい!」

 モモはモースの寝台に横たわった。モースが低く眠りの呪文を唱えたとたん、そのパパラチアの大きな瞳は閉じられて、そして、ふわりとその姿が消えた。

「……長い旅になりそうじゃな」

 愛しい弟子が消えた寝台を見つめて、モースがぽつりとつぶやいた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 時間を跳ぶのはいつだって、無意識だった。それはアルパという道標に向かって跳んでいたのだ。
 モモは初めて意識的に、その彼の時間軸のある一点に向かい集中して、時を遡る。彼の運命が途切れようとしている、その直前に。
 そして初めて、時の流れを見た。無数の星々が光速でながれる空間。浮かんでは消えていく、いくつもの悲喜こもごもの人々の営み。それが積み重なって、歴史は作られていくのだろう。その多数は伝えられることもなく、ただ消え去るのみ。でも、たしかに彼らはそこにいて、今という時のいしずえとなってきたのだ。

 その歴史を変えていいのだろうか?アルパの運命は……。

 モモの額にじわりと汗が浮かぶ。魔力の消費が激しい。無意識ではない時間跳躍は初めてなのだ。それも針の穴のような一点を目指して。
 己の命をかけてもか?とモースは問うた。「かまいません」とモモは答えた。けれど、己の正義に酔うな!と一喝された。
 それで生きると思った。アルパも助ける。自分も一緒に。希望は捨てない。絶対に。どちらか一方を選ぶなんてことはしない。
 たしかに欲張りさんだ……とモモはくすりと笑った。
 そして、光の出口が見えた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 そこは時の止まった空間。
 自分をかばうアルパの広い背中。翻るマント、そのしわさえくっきりと見える。まるで彫像のように彼は固まっていた。
 そして、彼の胸にいましも突き刺さろうとしている矢も。

「…………」

 モモはその矢を握りしめて引き抜いた。そして、蒼白い顔のまま、天に昇る旋律のような呪文を唱える。アルパ共々、その姿は光に包まれて転移しした。




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