ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
上 下
187 / 213
末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【37】運命の時

しおりを挟む



「父上……なにを、いやそれよりあの者を止めなければ!」

 ナハトが小部屋を横切り、奴隷男の出て行った扉に向かおうとする。が、椅子に座る族長がその足で彼の足下を払った。倒れたナハトに族長がのしかかる。

「止めてどうする?あの忌々しい耳長を始末するだけの話だ」
「そうはなりません!兄上は必ず、あの星の賢者を庇うでしょう。そうなればあの矢は、兄上の胸を貫く!英雄殺しの矢が!」

 なんの変哲もない白鳥の羽の矢は、一族に代々伝わる秘宝だった。昔、天空にあったという翼の種族の城が、崩壊するときに落ちてきたとされてもの。
 どんな強力な結界も貫くという、まさしく英雄殺しの一撃。
 それがアルパの胸を貫いたとしたら。

「父上は、兄上が死んでもいいとおっしゃられるか!」
「これは勇者であり将来王となる者への、父であるワシからの試練だぞ。穢らわしい恋情を捨てて栄光へのきざはしを昇るか、あの耳長とともに心中するか……な」
「そのような試練は試練などとはいいません!父上、兄上は!」
「兄上、兄とお前は律儀に呼ぶか?その胸にくすぶるものを抱えてなぁ。欲も我慢強いものよ、ナハト。たしかにお前より一刻遅れて勇者が誕生したとき、あれを兄と決めたのはワシだがな、ナハト」
「…………」

 口許をゆがめる族長にナハトは無言になる。彼の母は正妻であり、アルパの母は美しい元は女奴隷の側室だった。しかし、その側室から生まれた少し後に生まれた『弟』こそが勇者であると、そのときの神子が予言した。

「神託を受けたのはケレスの祖母だったか。まったく、お前も可愛そうよな、ナハト。あれが勇者と予言されなければ、このワシのあとを継ぐ玉座も、愛するケレスもすべてお前のものとなっただろうに」
「父上!」
「そう、お前は『黙ってなにもしないでいい』だけなのだよ、ナハト。あれが王たる試練に耐えられず、私情に走り死ぬのは神々の定めた運命。そうなれば、お前は王冠も愛するケレスも王妃に迎えられる」

 族長がナハトの耳元に毒を吹き込むようにささやく。ケレスの名聞いてナハトの身体からがくりと力が抜ける。それに族長は勝利を確信したように高笑いをする。。

「安心するかいい、ナハト。お前の勇者あには愚かな選択などしない。我らはいつものようにただ静かに、その帰りを待つだけでいいのだ。なあ?」

 その声は薄暗い小部屋に低く不気味に響いた。

   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇

 邪竜が出たという場所は、今はただ黒の大森とよばれるニグレド大森林帯の奥。
 地図もなく、道もない魔獣が行き交う大森林を前に「ここから先は……」と支援の兵士達とも別れた。その最初の野営で、アルパが指さした方向。

「この場所は……」

 うっそうとした森の木々に遮られてなお、モモは星の動きを感じることが出来る。アルパが指さす方向から感じる、強い邪気。そこから導き出した頭の中にある現代のモモが知る地図を重ね合わせて、そのパパラチアの瞳を大きく見開く。

「なにか?」
「いえ、当たり前ですが今まで以上に強い気を感じます。十分に気をつけたほうがいいでしよう」
「確かに、これが聖剣が完成する相手だ。まして、相手は邪竜とはいえ、竜は竜。油断はしないさ」

 微笑むアルパに上手くごまかすことが出来たと、モモも後ろめたさとともに、ホッと息を内心で吐く。
 モモが頭の中に思い描いた地図は、ニグレド森林の最奥、今は果ての荒野と呼ばれる場所だ。
 そう、祖父であるノクトが祖母スノゥを含む四英傑とともに、災厄を倒した地。災厄がまき散らす邪気によって、緑の森はぽっかりと不毛の荒野が広がる地となった。
 偶然なのだろうか?とモモは思う。
 現代の勇者が災厄を倒し、過去の勇者が聖剣を完成させた地。
 なのに、モモの時代にそれは伝わっていない。勇者の聖剣は一代限り。その勇者が亡くなれば、消滅するとはいえ、聖剣が完成した地がなぜ歴史書に刻まれていないのか?

 そこでモモがハッと気付く。
 そもそも、建国の勇者アルパは、どこで災厄を倒したのか?

 それさえも記されていないのだ。
 ただ、勇者が災厄を倒した瞬間、空に垂れ込めていた暗黒の雲が消え去り、このサンドリゥムの大地に光が満ちあふれたと……。
 人々はこの地に光をもたらした勇者こそ、王に相応しいと望み、彼は玉座に座った……とある。
 結局自分は過去を知っているようで、なにも知らない。
 モモの胸には得たいの知れない不安か広がっていた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 「気をつけて」というモモの言葉に、アルパはうるさがることもなく「ああ」と何度も頷き「十分に気をつけよう」とも応えてくれた。
 邪竜との対決の地は、モモが計算したとおりノクト達が災厄と対決した、あの荒野。モモは今は禁足地となっているその地を見たことがないが、たぶん祖父ノクトと祖母スノゥ達が見ただろう、不毛の荒野が広大な黒い森を跡形亡く消して広がっていた。
 そして、邪竜は確かに油断出来ぬ相手だった。
 三つ首の一つを切り落とし、二つ目の首を切り落としたそのときに、また最初の首が生えるのだ。
 それも、一つの切り口から二つ。
 これでは切れば切るほど、頭が増えて戦うのが不利となるばかりだ。

「モモ!聖なる炎の力を!」
「はい!」

 最初に切った二つの首から生えた二つの首と、切らないで残っていた一つの首と、合計五つの首の攻撃を華麗にかわしながら、アルパが叫ぶ。それだけでモモは理解してうなずいた。
 空高く舞うような旋律の呪文が響き、円球の魔法陣がモモの周りから、アルパの聖剣に向かい飛んで、その形を剣から、幾つもの長首と戦いやすい、柄の長い矛の形を取る。斧に槍を組みあわせたような形の東方渡りの武器だ。
 あれからアルパに頼まれて、モモは聖剣を錬金術で様々な形に変えていた。アルパは東方のこの矛も気に入って、最初から軽々と扱った。「槍と戦斧の良いところを両方持っているね」と彼は評した。

 そして矛は輝く光の力を帯びていた。アルパの勇者としての光の魔力をそのまま投影したものだ。
 アルパは稲妻ように矛を振るい、五つの竜の首を刈り取っていく。切り取られたところは地も吹き出ることなく、勇者の光の炎に焼き尽くされる。そこから首が生えてくることはない。
 すべての首が刈り取られてなお、邪竜はしぶとかった。最後にその長い尾の先から、元の三つ首を生やして、同時にアルパの背に襲い掛かったのだ。
 モモはアルパと叫ぶことなく、信じて彼を見つめていた。勇者は振り返り様、無造作に矛を振るった。
 それだけで、三つの首は飛んだ。ついで跳躍したアルパは頭と尻尾も刈り取られて胴だけとなった邪竜を真っ二つにする。輝く閃光が走り、邪竜の身体は消滅した。

「アルパ!」

 無事に邪竜を倒した、そのことに安堵したモモが、アルパに駆け寄ろうとしたとき。

「モモ、危ない!」
「え?」

 モモの前に立ったアルパの胸を白鳥の羽の弓矢が貫いた。




しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

子を成せ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。 「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」 リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。