ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【34】あなたが世界にいるだけで

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 モースと話をした翌日。目覚めるとあの石の城館のなかの、自分の部屋の寝台にいた。過去であるこちらの世界では、モモがケレスの話を聞いて寝台に入ってから、一晩しかたっていなかった。
 モモの部屋はアルパの部屋の隣だ。もそもそと固くなったパンを温かなお茶に浸しての、簡素だけど味わいのある朝食を一緒にしたあと。

「デザートは外で食べよう」

 リンゴを二つ片手に持ったアルパに誘われた。長身の広い背中を見つめながらあとをついて、あの中庭へと。

「どうした? 元気がないね?」

 石のベンチに並んで座り、しゅるしゅるとナイフでリンゴの皮をむく、アルパの手元を見つめる。モモは「そんなことないです」と答える。声がちょっと固くなっちゃったかな? と思う。

「ケレスから、予言の話を聞いたのかい?」
「彼女があなたに言ったの?」

 モモははじかれたように顔をあげた。彼女はアルパの幼なじみなのだ。話していてもおかしくはない。けれど、モモの胸はじくり……と痛んだ。
 「いいや」とアルパは静かに首を振る。

「聞いていなくてもね、君の今朝の態度を見ればなんとなくわかるよ」
「そんなにわかりやすかった?」

 モモは、木の皿に盛り付けられた白く向かれたリンゴを一つとってかじる。少し酸っぱくて甘い。今の今まで食べる気なんて起きなかったのに、現金なものだ。「いや」とアルパが返す。

「君は勇者である俺とともに戦う賢者だ。ケレスならば話すだろうと思ったんだ」
「『王にはなれない』って……あなたはその予言をどう思ったんですか?」

 我ながら意地悪な言い方になっちゃったな……と思う。『ケレスならば……』と聞いたとたんにこうだ。そんな自分が嫌になる。

「神子の予言は絶対だ。それが運命ならば……」
「嫌です!」
「モモ?」

 こんなときでも微笑んですべてを受け入れようとする。そんなアルパの笑顔が嫌だった。モモは反射的に叫んでいた。胸がムカムカではなく、本気で彼に怒っていた。上目づかいににらみつける、自分の目元が熱くなるのがわかった。

「運命だから? だからあなたは、自分が死ぬのは仕方ないと思っているの?」
「モモ、俺は王になれないというだけだ。死ぬとは限らない」
「そう、あなたが王様になれないなんて、僕はどうでもいいんだ。あなたが無事であれば」

 それがモモの素直な気持ちだ。モモだって貴族の子弟だ。嫡男が家を継げない。まして、勇者が王になれないなど、どれほど重大なことかわかっている。
 でも、それでも。

「あなたには生きていて欲しい。それだけでいい」
「モモ……」

 泣かないと我慢していたのに、熱くなった目がついに決壊して、涙がこぼれる。それでも、潤む視界のなか、モモは一心にアルパを見つめる。

「生きて……運命だからなんて受け入れないで」
「予言を受けたときに、父上は……族長は嘆いたよ。なぜ勇者であり長子である俺が、自分のあとを継げないのか? とね」

 モモの白い頬を伝う涙をアルパの指が優しくぬぐう。彼は続けて「思えば父上の気鬱の病は、あの頃からだったな」とつぶやき。

「弟のナハトもまた、俺が王にならないわけがない! と混乱していた。ケレスは悲しげに目を伏せるだけだった。神子である彼女にはそれが覆せないものだとわかっていたのだろう」
「あなたはどう思ったのですか?」
「災厄を倒す。それが勇者の役割だ。王になれないという予言に私は絶望を感じることはなかった」
「…………」

 『私』という一人称にアルパの言い方が変わっていた。彼がそういう時は、彼個人ではなく、勇者としての立場からだ。
 自分のことなのに、外から見ている。
 それは達観ではなく、どこか諦めているようにモモには思えた。
 勇者という役割を演じる為に自分は生まれてきたというような。

「勇者だから、災厄を倒すのが役割だから、予言は運命だから、あなたは死んでも構わないというの?」

 モモはアルパの厚い胸を拳でぽかりと叩く。こんなの彼には痛くもなんともないだろう。自分だって力が入っていないのがわかる。アルパの手が背中に回されて、ぽかぽかと己の胸を叩くモモを柔らかく抱きしめてくれる。

「そうではないよ、予言は私は王になれないというものだった。必ず死ぬとは限らない」
「そう、王様にならなくたっていい! あなたは生きて!」
「そうだな。王にならなくとも生きていける。なのに君が言ってくれるまで気付かなかった俺は、愚かだな」
「アルパ?」

 モモは彼の胸を叩く手を止めて、アルパを見上げる。彼は相変わらず優しく微笑んでいた。けれど、それは今までのどこか寂しげな笑みではなかった。その目には希望の光が宿っているように見える。

「誰もが俺が王にならないことを嘆いた。俺さえもそれが運命さだめならば……と思いこんでいた。王にならずとも生きることが出来ると気付かせてくれたのは、君だ、モモ」
「生きて……僕と……」
「ああ、モモ。俺は必ず君と一緒に生き残って見せる」

 額にアルパの唇が触れてモモは目を閉じた。それから目元の涙をぬぐうように、たどられて、そして唇で唇に触れられた。
 モモはそのまま長い間アルパに抱きしめられていた。
 早朝の中庭で寄り添う二人を、二階の回廊からじっと見おろす人物の視線に気付かずに。





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