ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【20】僕だって怒ります!

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 現代のモモの時間にして、その翌日。
 あの後どうなったのか気になってはいたけど。
 まさか星のベッドで眠りについてすぐ。
 また過去の時にして昨夜? のあの時間の直後に戻るとは思わなかった。
 大きな恐ろしい手に首を締められた。その感覚は一瞬で、すぐに温かな大きな腕にすくい上げられていた。

「父上! モモに一体なにをなされるのです!」

 アルパがモモを抱きしめたまま、口を開く。その声は静かだったが、抑えきれない怒りがあった。
 その証拠に、二人きりの時にしか呼ばないと約束した、モモの名を口にしてしまっている。モモとしてもこんな場面で、それを咎めるつもりはないけれど。
「そいつを庇うというか! アルパ!」
 転がった床から身を起こしながら、族長がうめくような声でいった。モモを助けるときに、アルパに突き飛ばされたのだ。

「この族長たる父に逆らうか!」
「モモは俺の大切な仲間です。父上はそれを害されようとしていた」

 族長の怒声に「なにごとでございますか?」と侍女のうかがうような声がした。それにアルパは「入って来るな!」と厳しい声で命じた。
 モモの耳をここで見られる訳にはいかないという判断だ。「……かしこまりました」と侍女は引き下がった。

 しかし、「父上、兄上、失礼します」と代わりにはいってきたのは、族長と同じ褐色の髪色の狼族の青年。しかし、武骨な族長や勇者たるアルパに比べると、やや線が細い印象だ。
 そして、その後ろには金髪の白い毛並みの狼族の娘。神子のケレスだ。
 二人とも、族長はともかくいつも穏やかなアルパが、彼と良いあらそっていることで異変を感じたのだろう。アルパは青年の顔を見ると「ナハトか」といった。
 ナハトとは、アルパの弟だ。先の宴のおりにも玉座のそばにその顔はあった。皆が笑い騒ぐ宴でも、静かに杯を傾けていた。物静かな青年だという印象をモモはもった。
 モモを見て、二人は同時に息を呑んだ。兎族がこの城にいること自体が信じられないという顔だ。

「彼が星の賢者だ」

 短くアルパが言えば、さらに彼らは驚いた顔となった。マントのフードで常に顔を隠していた賢者だが、まさか、それが最弱の兎族であるなど信じられないのだろう。同時に「たばかりだ!」と族長が声をあげる。

「卑賤な長耳が賢者なわけなどないだろう! アルパよ! まさか、男に色香を売るしか能がないそれに、勇者たるお前がたぶらかされたというのか?」
「父上! 私の旅の仲間をこれ以上侮辱なされぬよう! 彼が私の剣に力を授けたのを見られたでしょう? まして、氷の星を堕として火山の噴火を防ぎ、たくさんの民を救った事実はどう見ます?」
「剣のことは怪しげな幻術でも使ったに違いない。火山の噴火とて、偶然、空から氷が堕ちてきたのを自分の手柄だと吹聴したのだろう!」

 「なんの力をもたぬ長耳がありえるわけがない!」と族長は続けた。

「だいたい、兎族など男に身体を売るしか能がない、どこの生まれともわからない素性のわからぬ穢れた種族なのだ。その者の母親とて、誰ともわからぬ男の子を身籠もり、その者を生んだに違いない!」
「これ以上、父様と母様を侮辱することは許しません」

 自分だけでなく愛する家族のことまで言われて、モモはアルパに抱きしめられた腕の中で、声をあげた。銀のロッドが瞬時にその手に現れる。

「僕の父の名は紅蓮のカルマン、母の名は星見のブリー。二人とも、尊敬する父母です。その名誉にかけて、あなたにはその言葉を撤回していただきます!」
「なにを長耳が偉そうに。大仰な肩書きなど並べたてて、よくもまあ出んなでたらめを……うわっ!」

 モモが歌う様に詠唱すると、くるくると球体の魔法陣が浮かび、それがすっぽりと族長を囲んで、ふわりと浮かんだ。

「な、な! だ、出せ!」

 ドンドンと族長はその拳で透明な結界を叩くが、強固なそれが破れる訳もない。モモは銀のロッドを構えたままいう。

「先ほどの父と母を侮辱したお言葉。それにアルパへの言葉も撤回してください。彼は僕の力を認めて、共に戦う仲間としてくれたのです」
「だ、誰が長耳になど謝るか! うわっ!」

 とたん、空中に浮かんだ球はゴロゴロと回転し始めた。当然族長の身体も振りまわされる。
 攻撃魔法はからっきしのモモだけど、その結界の力は強力で、それぐらいは出来るのだ。クロウ兄様のからかいがあんまり酷いときは、彼をこの球に閉じこめてコロコロしたことは、一度や二度ではない。
 クロウ曰く、へたに攻撃されるよりあのタマ転がしのほうが、目は回るし二日酔いのひどいのみたくなるし、最悪……だそうだ。

「うお、目が回る。出せ! 出せ!」

 そんな族長の叫びに、アルパはモモを後ろから抱きしめたまま、冷ややかに見るのみ。ナハトが「父上」とあわてて、玉に駆け寄りその回転を止めようとする。が、モモはロッドをふりあげて、ナハトの手が届かない天井近くまで、族長ごと浮かべてしまった。

「賢者殿お怒りは分かります。父に代わりお詫びいたしますゆえ、どうかお許しねがいませんか?」

 おろおろと天井を見上げたナハトが、モモに言う。

「ご本人のお口から言っていただけなければ意味はありません」

 モモは答える。

「族長、予言の神子とし申し上げます。この方が星の賢者様であることは間違いありません。今、あなた様も、そのお力を感じておられるはず」

 ケレスが浮かぶ球の中の族長を見上げて呼びかける。族長は玉の中で身体を丸めた姿勢で額に脂汗をかきながら、「ぐぬぬ」とうなり。

「お前の力は十分にわかった星の賢者よ。そなたの父と母もさぞ名のあるものに違いない」

 そう言う。それにモモは無言で、自分を後ろから抱きしめたままの、アルパを見上げた。

「こ、これからも勇者アルパの力となってくれ。さすが我が息子が認めた、盟友だ」

 それでようやく玉はふわりと床へと降りて、結界も解かれて、族長は毛皮のラグの上にへたり込んだ。その父親のそばに片膝をつき、ナハトがこちらを見ながら「この場のことはすべて内密に」と口を開く。

「賢者様のお力は我々は十分に認めております。ですが、そのお姿をすぐに受け入れられるものは、いまだ少ないのです」
「それはわかっています。僕が兎族であることは誰にも明かすつもりはありません」

 星の賢者の種族は歴史書に記されていないのだ。それはやはり後世に伝えるにはあまりにも、不都合があったからだろう。
 今は内密に……と提案したナハトの言葉にモモはうなずいた。同時に、彼はなかなかに思慮深い人物だとも思った。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 床に落ちていたマントをアルパが肩にかけてくれた。ターバンはともかくフードを目深にかぶって、外に出た。
 そして、アルパの部屋へと戻って、モモはマントをとりながら思わず。

「ぷぅ」

 と鳴いた。そう、父様と母様だけでなく、アルパまで侮辱したあの族長への怒りはいまだ治まっていなかったのだ。
 それにアルパが目を見開いて固まる。

「今のはなんだい?」
「鳴き声です。ちょっと腹が立っちゃって……」
「怒ると出るのかい?」
「甘えるときも出ます」
「そうか、どちらかというと、俺はそっちのほうで聞きたいな」

 そう言われて、モモは頬を染めた。
 




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