ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【19】消された名

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 戻ってきてしまった。
 寝台から飛び起きたとき、汗をびっしょりとかいていた。モモは「はあ……」と息をついてつぶやく。

「アルパ、心配してるかな?」

 いきなり自分が消えてしまったのだ。それに様子がおかしかった族長があのあとどうなったのか気になる。
 窓の外を見るとまだ夜明け前だ。びっしょりかいた汗が気持ち悪くて、モモは部屋と繋がっている浴室へと入った。シャワーを浴びて、猫足の白に金のバスに、薔薇のシャボンを落として入る。
 アルパの時代には蛇口をひねればすぐにお湯が出るなんて、便利な魔道具の装置はなかったな……と思う。それでも浄化の魔法があるから、何日もお風呂に入らなくても平気と言えるけど、これは生活魔法でもちょっと魔力が高くないと出来ないものだから、一般の兵士や庶民はおして知るべしだろう。
 汗を流して身体が温まってきたら、あの悪夢の残滓も消え去ったようだった。夢ではなくて、本当のことだけど。

 お風呂から出たら、チュンチュンと小鳥の鳴き声がして、朝の明るい光が差していた。ずいぶんと長いあいだお湯に浸かっていたみたいだ。
 着替えて、自然に垂れた耳に手が行く。耳の手入れをするのは、毎朝の習慣だ。垂れたお耳を丁寧にくしくしとやる。
 これを教えてくれたのは、母のブリーではなく、祖母のスノゥだった。小さい頃はごく当たり前に受けとめたけど、しばらくしてなんで母じゃなくて祖母じゃなかったか、その理由は判明したのだけど。
 毛並みの手入れは純血種じゃなくてもみんなやる。当然母のブリーだって毎朝やる。
 そして、手入れのはずなのに、母はなぜかぽわんと爆発するのだ。それを父のカルマンが毎日ブラッシングしてやってるらしい。
 子供じゃあるまいし……とは言わない。だってあの母だし、母を溺愛してる父だもの。
 そして、モモ……だけど。

「おはようございます。今日はお早いのですね」

 世話係の中年の犬族のメイドが顔をのぞかせる。世話係といっても、カルマン家の子供達は幼い頃から自分のことは自分で出来る様に躾けられているから、主に部屋の掃除や寝台や着替えの仕度を用意してくれるのだけど。
 ただし、彼女にはモモの朝の仕度の重要な仕事がある。

「さあ、モモ様、お座りくださいませ」

 机の前の椅子に腰掛ける様に言われて、モモは毎朝のことながら、ちょっぴり憂鬱になる。

「また、はねてる?」

 それは垂れた耳の左の片方のひと房のことだ。いくら丁寧にくしくししても、ここだけなぜかぴよんと跳ねてしまう。

「おクセなのですから仕方ありません。それにここだけはねているのも、お可愛らしいですよ」
「なら、そのままだっていいのに」

 可愛らしい……ってのひっかかるけど、モモがそういえば、世話係のメイドは慣れた手つきでブラシを動かしながら。

「伯爵家のご子息なのですから、身だしなみはしっかりなさいませんと」
「うん、そうだね」

 答えながら、だったらすぐ上の兄のクロウの赤毛は、短くしてのに、さらにあちこち自由気ままに跳ねているのはなんだろう? とは思ったけれど。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 朝食を食べて、モモはすぐに大先生、モースの森の隠居所へと向かった。

「ふむ、それでヴォラクテはお前さんが作ったと?」
「はい、そう見たいです」

 モモは肩をすぼめて身を小さくした。
 モースには時渡りから戻る度に、起こったことを報告している。
 今の所、モモが時渡りをしていると知っているのは、モモ自身とモースの二人だけだ。大切な家族にも話していない。
 一歩間違えれば歴史を変えてしまうかもしれない秘密だ。だから、それを知るものは少ないほうがいいと、モースもモモままた判断したのだ。

「僕、歴史を変えてしまったのでしょうか?」

 まさか自分が今も残るあんな大きな湖を作ったなんて……だ。しかし、モースは「いやいや、それの心配はいらん」と白い髭をしごいて首を振る。

「ヴォラクテは星の賢者が巨大な氷を落として作ったと、歴史書に記されている。それが炎の怪鳥を倒し、火山の噴火を止めるために勇者とともに力を合わせたとな」

 「これは歴史の事実じゃよ」とモースは続け。

「それに巨大な氷とは、遥か天空に浮かぶ氷の星を呼び寄せられる、お前さんの魔力としたら納得できる」
「けして、星よ堕ちろなどと願ってならないという、大先生との約束を破ってしまいました」

 ごめんなさいとうなだれるモモにモースは「良きことをした」と思いがけない言葉をかけてきた。モモははじかれるように顔をあげる。

「決まり事や法、時にそれを乗り越えて最善の方法をお前さんはとったんじゃ。それは賢者として立派な判断じゃよ。星の賢者殿」
「モース大先生」

 星の賢者……と呼ばれた。それはくすぐったいけれど、この尊敬する大賢者が自分を一人前と認めてくれた証と思っていいのだろうか。

「しかしな。ワシが気になるのは、勇者アルパの父である、長だな」
「はい、明らかに様子がおかしかったです。気鬱の病だけとは思えません」
「それもあるがな。初めからお前さんにアルパとそしてその父の話を聞いて、ずつと気になっていたのじゃ。なぜ勇者の父でありながら、その名は後世に伝わっていない?」

 それはモモも最初から感じていたことだ。そしてモースに言われて、ある事実に気付いて小さく息を呑んだ。

「……それはわざと後世に名を伝えなかったということですか?」
「そうじゃ。勇者とて人間。父母がいて当然。まして族長という立場であり、そのサンドリゥムの基礎を築いたというならばな」

 では、なぜ族長の名は伝わらなかった。
 その答えはひとつ。彼の存在そのものを消そうという意図があったからだ。




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