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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~
【18】神々の予言
しおりを挟む「ふう……」
気の重い宴から解放されて、モモは石の城館の廊下を歩いていた。
もう、緑葉のローブ姿のモモを見ても、見とがめる者はいない。逆に兵士や侍女達は脇へと退いて目を伏せ、モモに道をゆずる。
狭い窓の石造りの建物はどこか息苦しくて、自然に足は外へと、回廊へと向かった。二階にある通路のそこから、石の壁に囲まれた中庭が見える。
今は夜で暗いけれど、中庭の中心にかがり火が揺れて、そこに背の高い人物と、小柄でほっそりとした姿が見えた。
モモは思わず息を止めて見る。
長い黒髪の背の姿は見間違えるはずもない。その向こうにいる金髪を揺らした、白い狼の耳の女性も。
アルパにケレスだ。
二人は何事か話し合っているようだった。こちらに背を向けているアルパの表情は見えないけれど、ケレスの表情からそれが深刻な話の内容であることはわかる。
ケレスが瞳を潤ませて、アルパの胸へと飛びこんだ。アルパが彼女を受けとめるのに、モモはきびすを返して回廊から建物の中へと戻った。
中庭のアルパは頭の上の黒い耳を動かして、駆けるその軽い足音を聞いていた。それだけで、彼はそれが誰かわかった。
しかし、胸に飛びこんできたケレスを突き放すことも出来ず、彼は確認するように口を開く。
「神々の神託は絶対だ。ケレス、君の予言も違えることはない。そうだね?」
「ええ、そうです。あなたは予言の勇者として、災厄を倒す。しかし、けしてその後の王国の王となることはない」
神殿での神託を聞いたのは、ケレスを含めて四人。アルパに族長である父、そして弟のナハトだ。
アルパはそれを静かに受けとめ、父は驚愕の顔をし、そしてナハトは予言に間違いはないのか? ケレスに詰め寄りかけて、アルパに止められた。
アルパは勇者として災厄を倒す。しかし、王にはけしてならない。
その予言の意味するところはあまりにも不吉だ。
「私が願うのは災厄を倒し、一族とこの大地に安寧をもたらすことだ。けして王となることが目的ではない。それに父上も災厄が倒れれば気鬱の病も晴れ、すべての一族をまとめる王として相応しいお方となるだろう。ナハトも生真面目すぎるところもあるが、よき弟だ」
「いいえ、いいえ、アルパ様。けしてお諦めになってはなりません! 神々の予言は違えることはない……たしかにそうです。が、災厄を退ける力を持つ勇者ならば、その運命を覆すことも出来ると……わたくしは信じて、お祈りしています」
「ありがとう、ケレス。私だって、諦めるつもりは毛頭ない。それに星の賢者も共にいる」
小さくて元気で目の離せない子。賢者と呼ばれるのに相応しい大きな魔法を使うのを見てなお、アルパのモモへの印象は変わらない。
「正直、災厄を倒して、皆を助けられるならば、私の命など贄として捧げても構わないと思っていた」
「アルパ様!」
「だけど、今は生きたいと思っている」
約束をした。自分を犠牲にする道など選ばないと、あの小さくて健気な子と。
「……アルパ様、神々の予言は絶対。神託の神子としてそれはわかっております。それでも、わたくしは、わたくしは……あなた様を……」
「ケレス、すまない」
涙を流し自分を見上げる女性を残して去るなど、騎士とはいえないな……と思いながら、アルパはそれ以上は言わせずに、彼女から離れきびすを返した。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
中庭で抱き合う二人から離れたくて、モモは無茶苦茶に走った。
「ここ……どこだろう?」
モモが知る、サンドリゥムの王宮の大きさからは比べものにならないが、この城館もそれなりに大きい。……その幼い頃から通っている王宮でだって、ときどき迷子になりかけるのは内緒の話だ。
王宮が広すぎるのであってモモが悪いわけでない。ちゃんと王宮にある大きな図書室までの行き方は覚えているし。
それはともかく、城館のかなり奥へと入って来てしまったようだ。さっきから一人の侍女も兵士ともすれ違うことはない。
「う……」
うめき声が聞こえて、モモはその部屋に入った。石造りの部屋の壁には絵物語のタペストリーが飾られ、貴人の部屋だとわかる。
そして、床の中央に敷かれた毛皮のラグの上に、うずくまる長衣の姿があった。
「あの……大丈夫ですか?」
モモが近づき声をかけると、がしりとマントの裾を掴まれた。
「……やはりお前は怪しい」
うずくまっていた男が顔をあげた。それは族長だった。しかし、先ほどの宴の朗らかさはどこかに行ったかのように、その顔つきは元の険しさに戻っていた。
いや、違う。もっとおかしい。額には脂汗が浮かび、いかにも苦しそうに息をしているし、目は血走り、モモのマントを掴む手は震えていた。
「ご気分が悪いならば、回復魔法を……」
「いらぬ!」
モモが手を差し出そうとすると、その手を振り払われた。だけでなく、緑葉のマントも引っぱられて、はぎ取られてしまう。ターバンで耳は隠しているが、マントで隠していた姿が現れになると、族長はなぜか、フハハ! と笑い出した。
「こんな子供が賢者だと!? あり得るはずもない。神子もアルパもワシを騙しておったな!」
笑いから今度は憎悪と一転する表情。その狂気さえ感じるように、モモは恐ろしさを感じて身体がこわばる。
「あげく耳まで隠しておるとは! 見せてみろ! どうせ、最下層の弱小種族に違いない!」
「あ!」
マントだけでなく、不躾に伸びた手に頭のターバンも引き剥がされる。とたん、垂れたモモの耳が露わになるが、これには族長が声をあげた。
「兎族だと! 長耳の昼の光にも当たることを許されぬ穢れた種族が、この世界の王となるワシをたばかったか!」
怒りのままに族長の手がモモの白い首に伸びて、締め上げようとする。そのとたん、扉が開いて叫び声がモモの耳に届く。
「父上! なにを成されているのですか!」
アルパの声だ。そう思った瞬間、モモの視界は揺らぎ、また意識も途切れた。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
【同一作者の作品】
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