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SSS小話置き場
白の女王?の戴冠式(発売記念&初10位以内お礼SSS)
しおりを挟む「戴冠式をしなければならぬ」
『産屋を作らねばならぬ』と同じ口調と表情で、カール王は言った。
サンドリゥムの王城。王の個人的なサロンにて。
スノゥはやっかいなことになったと、遠い目になった。
お転婆次男?の黒兎アーテルがルース国の若き大王、エドゥアルドに輿入れした。
慶事である。すでにアーテルの腹に仔がいるということで、その腹が目立つ前に結婚式という、母親のスノゥにならうような慌ただしさとなった。
が、とにかくめでたいことはめでたい。
その後、アーテルは双子の虎と兎の仔を無事に産んでおめでたが三重に重なった。
いや、それだけでなく。
スノゥの母国であるノアツンが、ルースから再びの独立を果たして、ノアツン大公国が復活した。
そしてその大公位は当然、王家の生き残りであるスノゥが受けることとなった。
それで、アーテルのルースへの輿入れやら、おめでたやらで、ごたごたしていたのが、ようやく落ち着いた頃に、カール王が言い出したのだ。
スノゥのノアツン大公としての戴冠式をしなければならないと。
「必要ありませんよ。そんな大仰なもの」
スノゥはあっさりと断った。そもそもの性分として、長年の流浪の旅のせいで、染みついたケチ……もとい倹約家なのだ。
「だいたい、ノアツンは国といったって、小さな森とその周辺が領土の小国です。戴冠式なんて」
そのノアツンが大国ルースに長年呑み込まれなかったのは、雪豹族の王族に伝わる歌と踊りの結界によるものだ。そして、その歌と踊りの力はスノゥに、そしてアーテルへと受け継がれた。
森の恵みである動物たちの上質な毛皮が名産である、狩猟と採集の素朴な暮らしの民の国なのだ。大公というが、族長に毛が生えたようなもんだと、スノゥは思っている。
しかし、カール王は「なにをいう」とわかっておらんとばかりの口調だった。
「いまや、ノアツンは大陸中の注目を集める国なのだぞ。何しろ、その大公は、我がサンドリゥムの伝説の勇者であるグロースター大公ノクトの妻であり、さらにはスノゥお前さん自身が、その勇者と共に災厄を倒した四英傑の一人なのだぞ」
「そのうえにスノゥ、お前さんはノアツン公家の血だけでない。ルース王家の血も引いておる」と言われてスノゥは押し黙るしかなかった。
最弱の兎族だが、それを覆したのがスノゥという存在だ。最強の剣士であり、歌と踊りの魔法にも優れる。勇者とともに災厄を倒した英傑というだけで、平民でも貴族の仲間入りを出来る名誉だ。
さらにはその上にノアツンだけでなく、北の大国ルースの王家の濃い血を引く上に、本来はいないとされていた兎族の純血種。
よく考えなくても、本人にその自覚がなかろうと、貴種である。
「それにな、ノアツンはサンドリゥムとルースとの架け橋でもある」
架け橋、たしかに架け橋だ。ノアツンの者達の大勢が、ノクトが治めるグロースター公爵領の北の領地に移民として受け入れられていた。これはノアツンの後ろにはサンドリゥムがあるという証でもある。またルースから独立したノアツンではあるが、そのルースにスノゥの息子であるアーテルが嫁いでいるのだから、両国の関係は悪くなるどころか、とてもよい。
それを正式に大陸の内外に大いに知らせる機会だと、カール王は言いたいのだろう。
スノゥの大公としての戴冠式が……だ。
「たんに三国の友好関係を示すだけなら、ルース大王と各国の要人を招いての夜会だけでいいじゃないですか?」
夜会でまたぴらぴらのドレスじゃない……盛装を着なきゃならないのは、気がのらない。しかし、戴冠式なんて大仰なものより、金は掛からんだろうと考えるのがスノゥだ。
「当たり前だ。当然夜会はそのあとに開く。しかし、スノゥ。お前がノアツン大公として即位したことを、内外に知らせるが重要なのだ」
「いや、だからもう既にノアツン大公は名乗ってますし、今さら戴冠式なんて、色々装束とか物入りでしょうに」
スノゥは自分の隣に座るノクトに救いを求めた。さっきからむっつりと黙っている彼をだ。まあ、これが無口なのは、今に始まったことではない。
しかし、無駄な金を使うことだけは、反対してくれるはずだ。
……と信じていた。
「そうじゃ、戴冠式の装束じゃ!」
とカール王が叫ぶ。
「大公らしい威厳と、うちのうさぎさんの美しさを際立たせるような、まっ白な装束がいいな。純白の女王様、いや、大公殿下じゃ」
王様、今女王様って言いましたね。とスノゥはツッコめなかった。そのまえに、横の夫の銀月の瞳がぎらりと輝いたのに『しまった!』と思う。
「父上、是非とも、その戴冠式。成功させましょう」
「おお、ノクトよ。同意してくれるか!」
スノゥ自ら“装束”と口にしてしまったのが運の尽き。愛する白兎妻の純白戴冠服に釣られて、この夫の黒狼はあっさりうらぎりやがった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
そして、サンドリゥムの大神殿で行われた、ノアツン大公の戴冠式は、大陸中の語りぐさとなった。
ノアツンの森の恵みである白貂の縁取りに銀狐のマントをまとったノアツン大公の神々しさといったら。そこにサンドリゥムの特産であるコッコの羽毛を利用した白薔薇の花びらのようなレースの繊細さよ。
それがまた儚げな美貌の白兎の大公には、似合っていた。まるで天から降りてきた女神様のようで、思わず手を合わせて知らず拝んでしまいましたわ……ととある夫人の言葉も残っているとか。
その左耳に輝くのはいくつもの白百合が花咲く、白真珠のピアス。もちろん、今日の戴冠式のためにノクトが贈ったものだ。
そして、神々の祭壇の前に片膝をつくスノゥの頭に大神官グルムが、輝くダイヤモンドのティアラ……いや、王冠を授ける。
そのダイヤモンドは、この戴冠式に列席しているルースの若き大王からのものだ。その横にはスノゥの息子である王妃アーテルの姿もある。
こうして、ノアツン、サンドリゥム、ルースの三国の結束を現す、戴冠式は荘厳なうちに終わり……。
「疲れた……」
王宮のバルコニー近くの控え室、スノゥは戴冠式の衣装まま、ぐったりと寝椅子に身を預けていた。そばにいるノクトがクスリと笑う。
「おつかれだったな」
「まったく、王様の道楽に乗ったお前に言われたくねぇけどな」
ギロリとスノゥは年下の夫をにらみつける。が、すぐにふっ……と微笑む。
「まあ、まったく無駄じゃなかったさ。たしかにサンドリゥムとルースが近づきすぎることに、気を回すやからもいるだろうしな」
サンドリゥムは勇者を有する豊かな大国。ルースはいままで半ば鎖国状態にありながらも、閉ざされた北の大国として怖れられていた国であった。その二つが婚姻によって固く結ばれたのだ。
そこに亀裂を入れるのに、小国ノアツンが利用される可能性はなくもないと……あの老獪なカール王はけして、うちの兎さんを飾りたい……という趣味……が、いや殆どだろうと思いたくもなるが。
「美しいな」
「その言葉、今日で何度目だ?だいたい、それで重くてぴらぴらした衣装をまとわなきゃいけなくなった俺の機嫌が治るとでも?」
「だが、お前は美しい。いつも美しいが、着飾ればなおのことな。まして白はよく似合う」
「…………」
まったく普段は無口のクセしてこんなときにだけ、舌がよく回るとスノゥは目元をかすかに赤くして、視線を逸らす。すると端正な顔が近づいてきて、ひたいに口づけられた。
「さあ、民の歓呼の声が呼んでいる。行くぞ」
「ああ」
ノクトに手を取られて、スノゥは王宮の前庭から聞こえる声に答えるため、お披露目のバルコニーに向かった。
民の歓呼の声が最高潮となったころ、ぐっと美しい純白の大公殿下を引き寄せた、黒の盛装姿のグロースター大公が、その花のような唇に口づけて、さらにその声は大きくなったとか。
民衆の前ということで、そこは夫の首に手を回し、目を閉じたノアツン大公殿下が、バルコニーから退出したとたんに「ぷぅ!」と黒狼の旦那に怒ったのはいうまでもない。
────────
本の発売記念&初めてデイリーで10位以内を取れた記念の、女王様?戴冠SSでした。
本日はトップに載せていますが、明日以降はSSS小話のほうに移動したいと思います。
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