ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【17】気鬱の長

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 アルパの許しが出て、翌日、ようやくモモは寝台から出られた。垂れ耳をターバンでしっかりと隠して、アルパの用意してくれた、緑葉色のマントのフードを深く被って、部屋の外へと出た。

「父は……族長は、時々気鬱の病にかかられる」

 石の廊下を並んで歩きながら、アルパが唐突に口を開いた。

「気鬱の?」
「ああ、最近ではそれが特に激しい。君が父と初めて出会ったときがそうだ。……その苛立ちも厳しい言葉も、本当に一族のためを思ってのことなのだと思って欲しい」

 そのアルパの言葉が理解出来ず、モモは首をかしげた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「おお、星の賢者殿! よくきてくだされた!」

 アルパのあとに続いて、緊張の面持ちで広間に入ったモモは、その声に面食らった。
 背もたれの高い立派な木の椅子に腰掛けた族長は、いつも見ていた険しい表情から一転して、満面の笑みでこちらを手招きしている。
 これが同じ人物だろうか? と思ったほどだ。その金糸を使った長い衣と、黒に近い茶の毛に覆われた髭の顔でなければ。

「我が息子でも勇者アルパより、そなたがようやく目覚めたと聞いて、すぐにその顔を見たかったが、一日は大事を取るべきだと、この頑固者めが訊かなくてなあ」

 カラカラと声をあげて笑いさえする姿は、本当に同一人物か? と思うほどだ。
 面食らっているモモの背にアルパが、そっと背に手を当ててくれる。『大丈夫だよ』と無言のそれにうながされるように、モモは族長の座る椅子に近寄る。
 これが先にアルパが話していた。気鬱の病のせいなのだろうか? だとしたら、こちらの朗らかな彼が本来の姿……と思っても、モモは初めの出会いからして最悪だったために、どうしても身体がこわばってしまう。

「そなたのために用意した祝宴だ。ささ、賢者殿、そば近くに」

 だから、族長の横に椅子が設けられたとき、正直尻込みした。その隣にアルパが並んでくれたから、ほっとして腰をかけたけれど。
 兵士達が大きな卓を担いできて、族長達の前に置いた。卓には山盛りのごちそうがあった。昔の洗練されてない食事ではあるが、山盛りの肉が客人をもてなすためのものであると、モモにはわかる。
 といっても、モモにはお肉はごちそうではないのだけど。

 この時代、白アスパラはあったかな? と、好物のことを思う。
 モモは耳をターバンで隠した上に、フードを目深にかぶっているから、その種族はアルパ以外の周りに知られていない。上機嫌の族長も、今日はモモにマントを脱げなどという態度ではない。むしろ正反対に、気持ち悪いほど上機嫌だ。
 これが気鬱の病の気分の乱高下と言われてもだ。

「山が火を噴くのを防いだばかりか、荒れ野に恵みの水をもたらした。そなたはまさしく勇者ともに現れた救いの賢者だと、みな感謝している」

 そのうえに族長は、自らなみなみと銅製のゴブレットにそそいだ、麦酒をモモに勧めてくる。
 モモは正直お酒は苦手だ。リンゴ酒は甘いし好きだけど。しかし、子供だって飲むそれを母のブリーとともにハメを外して三杯飲んだ……あとの記憶がない。
 翌日、父と兄達に真剣な顔で、外ではけして一杯以上呑んではいけないと、母とともに言われてしまった。なにがあったのだろう。
 そんなわけで、麦酒は苦くて好きではないし、リンゴ酒三杯で意識がなくなるのだから、これ一杯でもどうなるのやら。でも、この族長の酒を断って、いきなり機嫌が悪くなったら……と、モモが迷っていると。

「これは私が賢者の代わりにいただきます」

 横からさっと手が出て、アルパがゴブレットを掴むと、なみなみと注がれた麦酒を一気飲みする。その飲みっぷりにモモも見とれたが、族長も唖然と彼がそれを呑む干すのを見てようやく口を開く。

「おいおい、息子よ。それはワシが賢者殿に勧めた酒だぞ」
「賢者殿は戒律のひとつとして禁酒を成されています。ですから族長の杯は、こたびの災厄討伐の同胞はらからである私が受けました」

 そして、アルパはさらに続けて。

「それに勇者殿はその身を清浄に保つ為に肉食も避けられております」

 と、長い腕を伸ばしてモモの前に、焼かれた芋やパン。それにリンゴなどの果物が盛られた皿を置いてくれた。
 アルパの気遣いに、モモは深く被ったフードから目配せして感謝した。狼族にとってはお肉はごちそうだろうけど、兎族のモモにとってはお芋やパンに果物のほうがいい。

「では、賢者様にはこちらのお飲み物はいかがでしょうか?」

 そう言って、モモの前にそっと杯を差し出したのは、金色の髪も美しい、神子のケレスだった。

「リンゴとレモーネをしぼり、蜂蜜をたらしたものです。井戸の水で冷やしてありますから、とても冷たくて美味しいですよ」
「あ、ありがとうございます」

 口にした飲み物はたしかにおいしかった。リンゴと蜂蜜の甘酸っぱさ、レモンの爽やかに風味によく冷えた飲み物はするりと喉を通る。
 「女子供の飲み物ですがな」と族長は苦笑しているが、とくに機嫌を悪くしている様子はない。あとはなじみの老家臣と、荒野に起こった奇跡とこれからはあの地は豊かな物になるだろう。葡萄などどうだ? となどと盛りあがりはじめる。

 そして、ケレスが一礼して去るときに、アルパとそっと目を合わせた。それを見て、モモの胸にもやりとしたものが広がった。

 甘かったはずの飲み物が、少し酸っぱく感じたのは気のせいだったのかもしれない。




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