ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【16】いっぱい泣きます

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 目覚めたモモだが「もう大丈夫」と言っても、アルパは一日寝台から出してくれなかった。
 それどころか、食事までてづから食べさせようとするのでそれは断った。
 麦の粥を木の匙でふうふうする姿にドキドキして「あーん」とされて一口食べてしまったけど、これでは小さな子のようではないか! とハッ! と気付いて「一人で食べられます!」と宣言したのだ。
 粥を食べたあと、アルパの器用な手が、シュルシュルとナイフで皮をむく手元をじっと見る。

「リンゴを剥くのが珍しい?」
「いえ、器用なんですね」

 そんなに見つめていてしまったかな? とモモはどきまぎする。ごまかすように。

「うちの兄様達なら、切り分けてくれるどころか、丸ごと一個、丸かじりするのが当たり前と思ってますから」
「君も丸かじり?」
「はい。もちろん出来ます!」

 だから皮付きでも大丈夫なのだと、元気よくうなずくと、なぜかクスリと笑われれた。

「では、今日は皮なしだ」

 綺麗に向かれて切り分けられたリンゴを、口許にもってこられて、反射的に一口囓った。甘酸っぱくて美味しい。
 しかし、これでは麦粥と一緒だ! と、「あ、あとは自分で食べられます!」と答えたのだった。



「リンゴの皮のむき方を教えてくれたのは、師だったよ」

 あとでぽつりとアルパが言った。モモが半身を起こしたベッドの傍らに座り、石の城館の小さな窓の外を眺めながら。
 外は青空が見えていて、小鳥たちが横切る影が見えた。

「先生ですか?」
「ああ、俺の剣の……いや、学問以外のすべての師だったな」

 「剣の方はすぐに教えることが無くなった……とぼやかれたが」と彼は苦笑する。

「狩りの仕掛に、野営の仕方。俺が一人前の戦士として、ひとりでも荒野で生きていけるようにすべてを教えてくれた」

 ひとりで……とその言葉にモモの胸はチクリと痛む。

「あなたが予言の勇者と定められたのは?」
「私が生まれる前だ。ケレスの先代の老神子が予言した」

 それで彼は生まれた時から、先に語った師でもある守り役でもある、一族で一番の剣士がつき、遠くから呼び寄せられた学士からも学んだという。
 「大切に育てられたよ」と彼は語るけれど、相変わらず窓の外を見る銀月の瞳には、どこか孤独の色が見えた。

 勇者として予言された御子。周囲は期待の目を向け、彼を特別扱いしたに違いない。
 そんな人をモモはもう一人知っている。祖父のノクトだ。彼も預言の子として生まれて、幼い頃からなにもかもに優れ、さすが生まれながらの勇者よと言われてきたという。一時期は、現国王である兄のヨファンを退けて、彼を王にすべきという声あったという。
 だけど、それは同時にこの英雄達をひどく孤独にさせたのではないか? と、モモはふと思った。周囲が彼らを讃えれば讃えるほど、特別扱いすればするほど、それは周りの人々から遠ざかることになったのではないか? と。

 だけど祖父のノクトには、その横に寄りそう白い姿が思い浮かべられた。祖母のスノゥだ。彼らは常に一緒なのがモモの当たり前で、二人が離れるなんて考えられなかった。
 そう、伝説の勇者となった祖父ノクトはもうひとりではない。
 では、彼は? 

「あの……リンゴのむき方を教えてくれた先生は?」
「亡くなったよ」

 たぶん、アルパにもっとも近かったのは、その師ではなかったのではないか? とモモは思わず訊ねて、その返事に息を呑む。

「最初の災厄との戦いだ。自らが鍛えた若い兵士達を逃がす為に、最後まで残ったんだ」

 それはアルパが一旦は撤退したという、あの巨獣との戦いだ。多くの兵士の犠牲の中に、その人はいたのだ。
 ごめんなさいという言葉をモモは口に出来ない。それは言わないと二人の約束だ。だから。

「神々の御許で勇敢なる魂が安らぎを得られることを」

 そう口にして両手を組んで目を閉じて祈った。人は亡くなると、天の神々の御許に行くと信じられている。英傑の魂ほど、そのそば近くに招かれると。

「ありがとう、勇敢な師のために祈ってくれて」

 アルパの指が自分の目元をぬぐう。それで、モモは知らず涙を流していたことを知ったのだった。
 思わず、その胸に顔を伏せれば温かな腕に包まれた。重ねて彼は「ありがとう」と言う。

「師の為に泣いてくれて」
「あなたは泣かなかったのですか?」
「戦士は辛いときほど泣くものじゃないと、教えられた」

 それもその師の教えで、その通りに彼は守ったのだろう。

「モモはその先生の生徒ではないから、いっぱい泣きます」
「うん……」

 二人はしばらくそのまま寄り添っていた。




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