ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
上 下
162 / 213
末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【11】火の山

しおりを挟む

 

 次第に険しくなっていく煙上がる山頂への道を二人は進む。
 アルパはともかく、モモは高低差がある場所では、ときに彼に引き上げてもらいながらも、しっかりとした足取りで歩く。その表情にも疲れはない。

「大丈夫かい?」
「はい、平気です」

 そう答えてから、こちらを真っ直ぐ見る銀月の視線から、少し目を泳がせて正直に答えた。

「身体強化の魔法をかけたので、ちゃんとついていけますから」

 初まりのスノゥの血を引く純血種の兎達は、彼の血をそのままに歌と踊りとそれを併用した双剣術に優れる。そのうえに白い鞭を翻す姿は“女王様”なんてひそかに呼ばれていたりする。
 ちなみに最近、これに扇も加わった……なんて話もあるが、それはともかく。
 モモは例外だった。歌は、複雑な呪文の詠唱さえもすらすらと、まるで旋律のごとく唱えることが出来る。その速さと正確さは、ナーニャも舌を巻くところだ。
 ただし、踊り……というより、その運動能力は。スノゥ曰く「人それぞれ得意不得意があるからな」と苦笑するものだった。
 なにもない場所でスッ転ぶ、ブリーの血を見事に受け継いでしまっていた。いや、なにもない所では転ばないけど、せいぜい小石に時々うっかりつまづいてしまうぐらいで。

 しかし、スノゥが「お前にはブリーから受け継いだ、このでっかちな頭があるんだ。それを伸ばせばいい」とまだ幼かったモモの、白いおでこを突いてくれた。
 だから、モモは他の子よりも速く駆けられなくても、高く飛べなくてもへこむことはなかった。
 それならば得意のエンチャットを自分にかければいい。みんなとの鬼ごっこのときは、それで風のようにひらりひらりと鬼の手から逃れることが出来た。さすがに空をちょっと飛んだら「ズルい!」と言われたけど。
 それから大公家の子供達の鬼ごっこの決まりには、空を飛ぶのと転移は禁止というのが加わった。
 あ、空中浮遊を木登りに使うのはルール違反ではない。そうでないとモモは木の上には逃げられないからだ。ただし、木の枝からふわふわと離れてはいけないということで。

「……だからもう、小石につまづいたりしませんからっ!あっ!」
「モモ!」

 勢いこんでそう言って一歩、アルパに向かい踏み出した瞬間、モモの茶色のブーツの靴先がなにか小さなものにひっかかって、前のめりにスッ転びかけた。

「どうも賢者殿の一番の敵はこの世界中に転がっている、小さき者達のようだね」

 すかさずアルパがふわりと小さな身体を抱き留めて、クククと笑う。モモはその垂れたお耳の内側まで赤く染めて「……言わないでください」と唇を尖らせた。
 それからは手をつないで、山道を進んだ。「転びません」とモモは言ったけど「こちらのほうが俺が安心する」とアルパは笑って答えて放してくれない。
 自分より大きな剣を握る手のひらは固くて、温かな手を振り払う気にはなれなくて。
 子供みたいに手を繋いで、恐ろしい魔物退治に行くなんて、どうなんだろう?と思うけれど。

 そして、山頂へと向かうにつれて、じりじりと周りの熱が上がっていく。もくもくとあがる山頂からの煙は風向きによってはこちらの視界を曇らせ、硫黄の強い匂いがする。
 この熱と煙は近づけば近づくほど強くなるだろう。
 モモは小さく呪文を唱えて、アルパと自分の周りに見えない結界の膜を張る。とたんに、少し肌に汗が滲むほどだった熱が下がり、硫黄の匂いも無くなった。
 「ありがとう」とアルパが礼を言う。手をつなぎ歩みながら、彼は横を歩くモモをじっと見る。

「だが、君の魔力は大丈夫なのか?身体強化に今の結界だ」
「心配しなくても大丈夫。この……」

 ……程度といいかけて、モモは口を閉ざす。
 普段からナーニャ先生にも「あなたのその自分はそこらへんにいる魔法使い見習いだって意識は、本当に並の魔法使いからしたら嫌みだから、捨てたほうがいいわよ」と言われていた。
 それにモース大先生には時渡りをした秘密を話し合ったときに、歴史を変えてはいけないことに関連して注意された。

「お前さんの時空魔法は今の時代においても、革新的なものだ。まして、太古の昔の魔法技術はもっと進んでおらん」
「では、みんなの前で僕はなるべく魔法を使わなければいいと?」
「いいや、勇者と世界を救う為ならばいくらでも使ってもかまわん。星の賢者のおこした“奇跡”はワシも母様の寝物語で散々聞かされたからのう」

 大先生のからかうような口調にモモは「だから僕がその星の賢者なんて実感いまだないんですけど」と答えたのだが。

「魔法は使って構わんが、けしてその秘密を話してはならんということじゃ。もっとも、ワシでさえ理解出来ん、お前さんとブリーしかわからん数式の話を、古代の魔法使いが理解できたなら、それこそ奇跡だがな」

 それなら話したっていいってことじゃないですか?とカラカラ笑う老賢者にモモは思ったりしたのだけど。

「えーと、魔力はそんなに使ってません。僕の魔法はすごく効率がいいので」

 これぐらいは話していいだろうとモモはアルパを安心させるように口を開く。

「効率?」

 アルパが怪訝な顔になる。魔力に効率なんてあるのか?という顔だから、太古にはその考えがまだなかったのかもしれない。

「はい、魔力消費量が少ないんです。歌と数式を組みあわせることにより……」
「歌と数式……」

 さらに眉間に皺を寄せるアルパに話過ぎたかな……とモモは不安になる。

「これ以上は言えません。ごめんなさい」
「俺達の間で、ごめんは無しだと決めただろう」

 俯くモモの顔をアルパが覗きこむ。いつものように青空のような笑みを浮かべた彼の顔があった。

「それに俺は君の不思議な話が好きだ。きっと君は本当に遠いところから来たんだろうな。星空の向こうから……俺を助けてくれるために、そんな気がする」
「アルパ……」

 星空、それはモモの一番好きなものだった。今だって好きだ。でも、今はそれと同じぐらい。
 彼の青空のような笑顔が好きだと思う。



 ケエエエエエエエエエエエエエッ!



 火山口から吹き出される煙によって、厚い雲のようになった空を切り裂く鳴き声に、二人はハッ!と顔をあげた。
 いつのまにか岩山の山頂付近にきていたのだ。そして、その気配を察した相手が、その山頂よりバサバサと羽を広げて急降下してきた。

 それは蒼い炎をまとった、巨大な怪鳥だ。





しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

子を成せ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。 「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」 リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。