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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~
【11】火の山
しおりを挟む次第に険しくなっていく煙上がる山頂への道を二人は進む。
アルパはともかく、モモは高低差がある場所では、ときに彼に引き上げてもらいながらも、しっかりとした足取りで歩く。その表情にも疲れはない。
「大丈夫かい?」
「はい、平気です」
そう答えてから、こちらを真っ直ぐ見る銀月の視線から、少し目を泳がせて正直に答えた。
「身体強化の魔法をかけたので、ちゃんとついていけますから」
初まりのスノゥの血を引く純血種の兎達は、彼の血をそのままに歌と踊りとそれを併用した双剣術に優れる。そのうえに白い鞭を翻す姿は“女王様”なんてひそかに呼ばれていたりする。
ちなみに最近、これに扇も加わった……なんて話もあるが、それはともかく。
モモは例外だった。歌は、複雑な呪文の詠唱さえもすらすらと、まるで旋律のごとく唱えることが出来る。その速さと正確さは、ナーニャも舌を巻くところだ。
ただし、踊り……というより、その運動能力は。スノゥ曰く「人それぞれ得意不得意があるからな」と苦笑するものだった。
なにもない場所でスッ転ぶ、ブリーの血を見事に受け継いでしまっていた。いや、なにもない所では転ばないけど、せいぜい小石に時々うっかりつまづいてしまうぐらいで。
しかし、スノゥが「お前にはブリーから受け継いだ、このでっかちな頭があるんだ。それを伸ばせばいい」とまだ幼かったモモの、白いおでこを突いてくれた。
だから、モモは他の子よりも速く駆けられなくても、高く飛べなくてもへこむことはなかった。
それならば得意のエンチャットを自分にかければいい。みんなとの鬼ごっこのときは、それで風のようにひらりひらりと鬼の手から逃れることが出来た。さすがに空をちょっと飛んだら「ズルい!」と言われたけど。
それから大公家の子供達の鬼ごっこの決まりには、空を飛ぶのと転移は禁止というのが加わった。
あ、空中浮遊を木登りに使うのはルール違反ではない。そうでないとモモは木の上には逃げられないからだ。ただし、木の枝からふわふわと離れてはいけないということで。
「……だからもう、小石につまづいたりしませんからっ!あっ!」
「モモ!」
勢いこんでそう言って一歩、アルパに向かい踏み出した瞬間、モモの茶色のブーツの靴先がなにか小さなものにひっかかって、前のめりにスッ転びかけた。
「どうも賢者殿の一番の敵はこの世界中に転がっている、小さき者達のようだね」
すかさずアルパがふわりと小さな身体を抱き留めて、クククと笑う。モモはその垂れたお耳の内側まで赤く染めて「……言わないでください」と唇を尖らせた。
それからは手をつないで、山道を進んだ。「転びません」とモモは言ったけど「こちらのほうが俺が安心する」とアルパは笑って答えて放してくれない。
自分より大きな剣を握る手のひらは固くて、温かな手を振り払う気にはなれなくて。
子供みたいに手を繋いで、恐ろしい魔物退治に行くなんて、どうなんだろう?と思うけれど。
そして、山頂へと向かうにつれて、じりじりと周りの熱が上がっていく。もくもくとあがる山頂からの煙は風向きによってはこちらの視界を曇らせ、硫黄の強い匂いがする。
この熱と煙は近づけば近づくほど強くなるだろう。
モモは小さく呪文を唱えて、アルパと自分の周りに見えない結界の膜を張る。とたんに、少し肌に汗が滲むほどだった熱が下がり、硫黄の匂いも無くなった。
「ありがとう」とアルパが礼を言う。手をつなぎ歩みながら、彼は横を歩くモモをじっと見る。
「だが、君の魔力は大丈夫なのか?身体強化に今の結界だ」
「心配しなくても大丈夫。この……」
……程度といいかけて、モモは口を閉ざす。
普段からナーニャ先生にも「あなたのその自分はそこらへんにいる魔法使い見習いだって意識は、本当に並の魔法使いからしたら嫌みだから、捨てたほうがいいわよ」と言われていた。
それにモース大先生には時渡りをした秘密を話し合ったときに、歴史を変えてはいけないことに関連して注意された。
「お前さんの時空魔法は今の時代においても、革新的なものだ。まして、太古の昔の魔法技術はもっと進んでおらん」
「では、みんなの前で僕はなるべく魔法を使わなければいいと?」
「いいや、勇者と世界を救う為ならばいくらでも使ってもかまわん。星の賢者のおこした“奇跡”はワシも母様の寝物語で散々聞かされたからのう」
大先生のからかうような口調にモモは「だから僕がその星の賢者なんて実感いまだないんですけど」と答えたのだが。
「魔法は使って構わんが、けしてその秘密を話してはならんということじゃ。もっとも、ワシでさえ理解出来ん、お前さんとブリーしかわからん数式の話を、古代の魔法使いが理解できたなら、それこそ奇跡だがな」
それなら話したっていいってことじゃないですか?とカラカラ笑う老賢者にモモは思ったりしたのだけど。
「えーと、魔力はそんなに使ってません。僕の魔法はすごく効率がいいので」
これぐらいは話していいだろうとモモはアルパを安心させるように口を開く。
「効率?」
アルパが怪訝な顔になる。魔力に効率なんてあるのか?という顔だから、太古にはその考えがまだなかったのかもしれない。
「はい、魔力消費量が少ないんです。歌と数式を組みあわせることにより……」
「歌と数式……」
さらに眉間に皺を寄せるアルパに話過ぎたかな……とモモは不安になる。
「これ以上は言えません。ごめんなさい」
「俺達の間で、ごめんは無しだと決めただろう」
俯くモモの顔をアルパが覗きこむ。いつものように青空のような笑みを浮かべた彼の顔があった。
「それに俺は君の不思議な話が好きだ。きっと君は本当に遠いところから来たんだろうな。星空の向こうから……俺を助けてくれるために、そんな気がする」
「アルパ……」
星空、それはモモの一番好きなものだった。今だって好きだ。でも、今はそれと同じぐらい。
彼の青空のような笑顔が好きだと思う。
ケエエエエエエエエエエエエエッ!
火山口から吹き出される煙によって、厚い雲のようになった空を切り裂く鳴き声に、二人はハッ!と顔をあげた。
いつのまにか岩山の山頂付近にきていたのだ。そして、その気配を察した相手が、その山頂よりバサバサと羽を広げて急降下してきた。
それは蒼い炎をまとった、巨大な怪鳥だ。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
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