ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【6】神託の神子

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  星の賢者。

 建国の勇者アルパの父と同じく、彼の名は伝わっていない。
 しかし、モモの時代のサンドリゥムにおいて、星の賢者は、勇者アルパと同じぐらい有名だ。
 勇者アルパの唯一の仲間であり旅を導いた、まさしく天空に輝く星のごとき賢者……と彼を讃える吟遊詩人の歌声を、モモだって聞いたことはある。

 その魔法は海を割り、空を駆け……って、ワクワクしながら聞いたけれど、それが自分のことだと思うと、とてつもなく恥ずかしい。
 星が輝く杖の一振りで……ってのが枕詞にあったけど……曾お爺さまから贈られた、自分がたった今、手に持っている銀のロッド。その先に輝くお星様を見て、確かにその通りではあると思う。

 でも、自分があの伝説の星の賢者なんてやっぱり信じられないけど。
 だけど、それならばその名前はともかく、彼の種族が全く後世に伝わっていない理由がわかる。伝説の賢者が兎族だったなんて、いまはみんな耳をなびかせ歩いているモモの時代ならともかく、この時代ではとても伝えられないことだ。

 散々見た建国の勇者の物語の絵姿に、黒髪をなびかせた黒い狼族の青年は描かれていても、星の賢者の姿は常にローブのフードを目深に被った格好で描かれていた。
 だからモモは星の賢者というのは、あの大賢者モースと同じ、真っ白い髪に白い髭のお爺さんだと思いこんでいた。いや、モモだけじゃなくて、だいたいの人は星の賢者は、深い森に棲む梟のように知恵深い老人だと思いこんでいる。

──お、落ち着こう。まず、僕が星の賢者かどうかわからないし。なにかの間違いかもしれないし。

「えーと、あ、あなたは?」

 すーはーすーはーと深呼吸してから、モモは自分を星の賢者だと言った少女に尋ねた。

「申し遅れました。わたくしは、神託の神子ケレスと申します」

 モモは彼女の名に息を飲んだ。たしかにアルパの時代の神託の神子の名だ。
 それだけではなく、彼女の名が伝わっているのは……。

「その怪しいものが、勇者アルパの旅の仲間とは、まことなのか? 神託の神子よ!」

 族長がまだ憤りがおさまらぬ、荒々しい声で告げた。

「ええ、まことのことです。この方こそ、勇者アルパを助け導く方」
「星の賢者など、いままでそのような預言、そなたの口から聞いたことはないぞ!」
「今朝、神殿での祈りにより、神々より神託を受けたのです。すでに賢者はこの地に降り立ち、一度勇者を助けていると。そして、再びその剣に力を与えるためにやってくると」

 神子ケレスの言葉に、族長以外の人々が息をのみざわめく。それはいきなり現れてアルパを助け、再びこの広間に現れて剣に力を与えたモモの状況とそっくりだったからだ。

「おお、ではあの方が神子が預言していた、いずれ勇者の前に現れるという星か?」
「歴戦の強者がアルパ様の助けにと志願したが、すぺて認められることがなかったが……」
「まこと、その者が神子の預言どおりの、賢者だというのなら!」

 族長は周囲のざわめきに舌打ちし、ずかずかとこちらに歩み寄ってくると、ぐいとモモの着ていたマントの裾を掴んだ。アルパもとっさに反応できないいきなりの行動だった。

「その姿を見せられるだろう!」

 マントをはぎ取られそうになって、モモは反射的に自分も布を掴んだが、その勢いでフードが頭からずれる。垂れた耳が露わになりかける。
 しまった! と思ったときには、目の前の視界がぐにゃりとゆがんだ。
 そして、その一瞬後には見慣れた天井を見ていた。濃紺の空に銀の星が輝く天蓋のカーテンに、くるくる回る星座のモビール。

「また、持って来ちゃった」

 お星様の寝台から起き上がったモモは、しっかりと掴んでいた緑のマントを見てつぶやいた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 父と母と兄達との賑やかな朝食のあと、モモは屋敷の図書室に向かった。革張りの装丁は立派だけど、中身はからっぽの本もどきの箱が並ぶ……なんていう貴族やブルジョアの本棚とは違う。
 円形の三階まで吹き抜けの図書室の本棚には、びっしりと古今東西の本がならぶ、星や数式の本が並ぶ棚には、母ブリーの著作も混じっている。
 二階への階段を昇り、ぐるりと書棚に張り出したデッキを回って、ブリーはとあるぶ厚い本を一冊取り出した。そばに置いてある折りたたみ式の椅子を開いて、膝に乗せてそのぶ厚い本の初まりのあたりを開く。

 その本の背表紙には銀の文字でサンドリゥム王国史と書かれている。

 モモが見たページには、建国の勇者アルパの名と。
 そして、彼の王妃であり、預言の神子、後に国母の聖女とも呼ばれたケレスの名が書かれていた。
 あの美しい白い狼の少女がアルパの……。

 そう考えるとモモの胸は、なぜかツキリ、ツキリと痛んだ。



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