ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【5】星の賢者

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「道具も無しに錬金術が出来るのはあなたぐらいのものよ」

 ナーニャ先生の言葉だ。

 といっても、モモは器用ではないから、魔道具の技師の匠がつくるような、正確な転送陣や魔法鞄マギバックなどは作れない。
 せいぜいが『おまじない』程度のものだと思っている。これもナーニャ先生曰く「こんな強力なエンチャットはおまじないではなく、加護というの」だそうだけど。
 祖母からの歌の力と母から受け継いだ天道の星の動きを数式化し、立体的な魔法陣を展開する能力。それを組みあわせることで、なんの道具もなしにモモは『おまじない』ナーニャ先生曰く『加護』を発動することが出来る。

 それがわかったのはモモが五歳のとき。兄クロウに持たせたお守りが発動したのだ。彼の初陣ともいえる、北の辺境の村の畑を荒らしていた、巨大なボア退治だ。
 自分の身体の何倍もあるボアを兄はなんなく退治した。地面にどうっと横たわった獣に、息絶えたと油断して彼は背を向けた。
 その瞬間、ボアは最後の力を振り絞り、その折れた牙を兄に振り上げたのだ。
 それは兄の身体を貫くはずだった。が、その瞬間クロウの前に、結界の魔法陣が展開したのだ。
 末の兄が大切に胸にしまっていた、小さな弟のお守りは真っ黒に焼け焦げていた。
 それでモモにとんでもない力があることがわかったのだ。
 そして、十七になったモモのエンチャットを付与する錬金の力は、ますます高度なものとなっていた。
 普通の技師ならひと月がかりの細工となる強力な魔石の力を剣に付与し、一瞬で強化するほどに。
 小卓の上のアルパの剣は、燦然とした輝きを今も放ち、それがもうただの剣ではないことを物語っている。

「王となる我の冠に相応しくないだと……」

 石の城塞の広間。誰もがこの小卓の上の奇跡に目を囚われているなか、地を這うような怒りの声をあげたものがいた。木の椅子に腰掛ける族長だ。

「このっ! 痴れ者が!」

 族長はその重そうな金糸織りの黒の長衣を揺らして立ち上がると、背後に立つ衛兵の槍を奪い取って、深緑の小柄なマント姿に向かい投げた。
 しかし、その槍は横から飛び出した剣によって払われた。カランカランと石の床を槍が転がる。

「アルパ! なぜその怪しい者を庇う!」

 族長がさらなる怒りの声をあげる。小卓から剣を取り、槍を払ったアルパは、深緑のマント姿の……モモを背に立つ。

「族長たる父に逆らうというのか?」
「そのような意思はありません、父上」

 真っ直ぐ銀月の瞳で怒り狂う父を見据えアルパは口を開く。その彼とにらみ合う父親は、なにか思いついたとばかり、口許をゆがめた。それは笑みというには、あまりにも邪悪でモモの背筋にぞくりと寒気が走る。

「ならば、その者をその剣で斬れ! そして、その血濡れた剣を父に捧げよ!」
「お断りします!」
「なんだと!」

 即答したアルパに、族長がますます激昂し「乱心したか!」と叫ぶ。

「その狼藉者を切り捨て、乱心したアルパを捕らえよ!」

 族長は周りの騎士と兵士達に命じるが、彼らも長の命令とはいえ、とっさに動けず戸惑っていた。いきなり広間に乱入してきたフードを目深に被った怪しい者はともかく、相手は族長の息子であり、神子の預言の勇者なのだ。
 モモもまた『どうしよう……』と思っていた。
 自分の行動は後悔していない。魔石は勇者アルパの力となるべきものだ。
 そう、モモは初代勇者の伝説を思いだしていた。彼の聖剣の柄には、初めてうち払った災厄の一つである魔獣の頭から出た赤い魔石が輝いていたと。
 だけど、今、ここで父親である族長と勇者が自分のせいで対立したなどマズイ。そんな記録は歴史書に残っていない。

 ここはいったん転移の魔法でアルパごとどこかに跳ぶべきだろうか? しかし、この城塞がどこにあるのか、太古の座標などモモにはわからない。
 それに自分だけでなく、アルパまで連れて行っていいのだろうか? そうなれば一緒に逃亡したとして、ますます彼の立場は悪くなるかもしれない。
 とはいえ、彼をここに残したまま自分が去ることにも不安がある。あの暴君の父親が彼をこのままにしておくとは思えない。
 地の座標はわからずとも、天の座標ならばわかる。星の座は千年単位であれば微妙にしか動くことはない。ならば、いったんこの近く、城塞の外へと出て……とモモが思ったとき。

「お待ちください」

 凜とした涼やかな声が広間に響いた。それはけして大きく無かったが、人々の動きを止めるに十分だった。若い女性の声でありながら、強く高貴な。

「預言の神子か? 朝議の場にまでやってくるとは、わざわざご苦労なことだ」

 広間の中にはいってきた白い姿をみて、族長が不快そうに顔をしかめた。まるでまずい人物がやってきたとばかり。

「神殿にて朝のお勤めの最中ではなかったのかな?」
「務めはすでに終えました」

 白い古代風の簡素な衣まとった彼女は、さらりと答えた。白い狼の耳に尻尾が揺れる。それに金の長い髪に、青い瞳の美しい少女だ。
 彼女はアルパと同じ純血種だと、モモはひと目でわかる。狼族の毛色は通常茶色か茶褐色か灰色。黒や白に、深紅、さらには銀や藍色という特別な色はすべて、純血種の証だ。
 彼女はアルパとモモの前へと来ると、モモに向かい、白い衣の脇を摘まんで膝を折る、貴婦人の礼をとった。

「ようこそいらっしゃいました、星の賢者様。勇者アルパを助けるためにあなたがいらっしゃることは、神託によりすでにわかっておりました。行き違いにより、一族のものが無礼を働いたことは、神子として深くお詫び申し上げます」

 星の賢者? 星の賢者……? とモモの頭の中に、一番最初の彼女の言葉がこだまする。あとの文句は聞こえないぐらいの衝撃に。

────ええっ! 星の賢者って、勇者アルパの唯一の旅の仲間だよね! 

  あの伝説の大賢者が僕ぅうううう!! とモモは心の中で絶叫した。




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