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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【2】夢じゃなかった! 

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「君は……」

 そして、モモを改めて見た青年は驚きに軽く銀月の切れ長の目を見開いた。彼がなにか話そうとした瞬間、曇天の空をつんざく咆哮が響く。

「どうやら、今はゆっくり話をしている余裕はなさそうだ」

 結界にブレスを防がれた巨獣が苛立ったように、二本の黒い禍々しい角が生えた頭を振っていた。そして、こちらに向かい突進してくる。
 青年の腕が伸びてきてモモの身体がふわりと浮いた。彼は軽々と跳躍して、突進してくる獣の頭上を飛び越えて着地する。

 その自分を横抱きにする青年の腕のあちこちに、自分をかばい盾となったための火傷があるのを見て、モモはロッドをかざして呪文を唱えた。
 青年の身体が淡い光に包まれて、たちまちのうちにその傷が癒された。青年は先ほどより大きく目を見開いて、自分の身体を確認する。

「ありがとう」
「ブレスは僕が防ぎます。あなたはあの巨獣を!」
「ああ」

 突進していったん遠くに行った巨獣は、くるりと振り返り、その瞳孔のない真っ赤な瞳でこちらを見据えている。前脚で己が焼き払った固い岩盤の地面を二度三度とえぐり、角を振りかざして再びこちらドドド……と地響きを立てて向かってくる。
 青年が地面を蹴り、巨獣へと風のように駆ける。突進する凶悪な獣より彼のほうが速い。

 くわりと赤い口が開き青年に向かい黒煙のブレスが吐かれる。……が、それは青年の後方に立つ小さな魔法使いの素早い詠唱。それと同時に剣を振りかざす彼の前に展開された三重もの浮かぶ魔法陣の結界によって阻まれる。
 ブレスをものともしなくなった剣士は、高く跳んでその長剣を振り下ろす。巨獣の首が落ち、ごろごろと大岩のように転がる。そして、残された胴体も少し遅れてどうっと、倒れた。

「お怪我は!?」

 モモは青年に駆け寄った。が、慌てすぎて小石につまづいて、「わわわ!」と危うく地面とそのちょこんとしたお鼻が激突しそうになる。
 その前に長い腕が伸びてきて、モモを支えてくれたけど。「大丈夫かい?」と逆に心配されてしまう。

「い、いえ! 今のは小石につまづいただけで、べ、別になにもないところで転んだりしてませんから!」

 思わずいつも兄達に言い訳しているように叫んでしまう。青年がクスクスと笑うのに、モモは真っ赤になる。

「そうだね。あの小石が悪い」

 いつもからかうクロウ兄とは違い、青年は優しい微笑を浮かべて頷く。それに真っ赤になったまま、モモは見とれた。
 お爺様にそっくりだけど、彼は違うと思った。もちろんいつまでも若々しいお爺さまだけど、彼よりはもっと大人で、それで見分けがつくけどそうじゃない。
 きっと彼とお爺様が同じ年になって同じ格好をしても、モモは見分けられるとそう思った。

 その人はお爺様じゃない。
 だとしたら、ここはどこなのだろう? 

「私の名前はアルパ」

 うーんと考えているうちに、先に名乗られてしまった。モモは慌てて返す。

「はい、僕の名前はモモです!」

 反射的に答えてから、モモは固まった。
 アルパって、アルパって……黒い狼でアルパって! 

「ええええっ! あの建国の勇者アルパ!」

 サンドリゥム王国の初代国王である伝説の勇者だ。にわかに信じがたいけれど、でも彼のまとっている古風な甲冑からして、ここが歴史書でしか知らない古い時代なのだと語っている。

「……建国の勇者? そのような大層な名前では呼ばれていないが、たしかに神子の予言では私は災厄を倒す勇者だと言われているな」

 苦笑しながら語る彼の声は、右から左へとモモの垂れたお耳を通り過ぎて行った。モモの頭は大混乱中だ。

「これ夢……夢だよね?」
「いや夢ではなく現実だ。たしかに私もいきなり現れて助けてくれた君は、神の御使いか妖精かなにかか? と思っているが」
「御使い! 妖精! とんでもありません! 僕はただの魔法使い見習いです!」

 両手をぶんぶん振りながらモモは答える。『だから、あなたが見習いなら……』とナーニャ先生の幻聴が聞こえた。ため息交じりの声も。

『まあ、大賢者の卵ってのは正しいけどね』

 と……。

「見習い、見習いか。ならば私も勇者見習いかな?」

 朗らかに微笑んだまま、彼がモモのパパラチアの瞳を覗きこんでくるのに、頬が再び熱くなる。
 やっぱりこの人とお爺様は違うと思う。お爺様は無口でいつも真面目な顔をしてる。
 でもアルパは朗らかに微笑んで、茶目っ気たっぷりに片目をつぶったりして、冗談なんかも口にする。
 夢だとしても、あの伝説の勇者はこんな人だったんだ……とモモがちょっと感動していると、ゴトゴトと低い音が聞こえてきた。

 それは魔獣がブレスで黒焦げにして開けた一帯の向こう。なお広がる森の向こうから。
 まさか新手! と、モモがロッドを握りしめると、アルパもまた険しい表情となり、音のする方を見た。

「こんなもので悪いけれど少し我慢してくれ」
「え?」

 アルパは自分のマントを鎧から引き抜くと、モモの頭にふわりと被せた。マントの端は焼け焦げてぼろぼろになっていたけど。

「その耳は隠したほうがいい」

 祖母のスノゥの時代まで兎族は隠された存在だったと、モモも聞いていた。ならばこんな昔ならば、なおさら兎族は息をひそめて暮らしていたに違いない。
 森の向こうからやってきたのは、鉄の甲冑で武装した騎士達と、その馬に護衛された黒い鉄馬車だった。ゴトゴトという重い音は、これが立てる轍の音だったのだ。
 アルパ達の前に止まると、その鉄馬車の扉が開いて、古風な長衣の姿が現れた。金糸を使った重厚な織物に、毛皮の縁取りのマント姿の壮年の男だ。黒に近い茶褐色の耳に尻尾の狼族。

「父上」

 アルパがそう呼びかけ、毛並みと同じ茶褐色の髭に覆われた顔の男が、ぎろりと彼を見た。自分が見られたわけではないのに、モモはその横で身を思わず縮ませた。

「獣を討伐したようだな」

 その言葉は平坦で、感情というものが見えなかった。

「して、その者は?」

 男が、モモに目をやり訊ねる。

「彼は私を助けてくれた魔法使いです。彼がいなければ、あの巨獣を倒すことが出来なかったでしょう」
「怪しいな」

 アルパの言葉に被せるように、男がそう言った。

「なぜ、族長たる我が前で顔を隠している?」
「それは……彼には事情が……」
「どこぞの一族の間諜かもしれぬ。捕らえよ!」

 そのひと言で騎士達がザッとモモに向かい槍を向ける。

「父上! この者はけして怪しい者ではありません!」

 そんな言葉とともにアルパが背後にモモをかばってくれた。
 それと同時にモモの意識はふわりと吸い込まれた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「起きろ~! 寝ぼすけ!」

 ぱっと深い濃紺に月と星がきらめく意匠の天蓋のカーテンが開いて、日の光が差し込む。

「クロウ兄、声が大きい」

 頭まで布団を被っていたモモは、ぴょこりとその桃色の頭を出して、むずがる声をあげる。

「もう朝食の時間だ。くずくずしてると食いっぱぐれるぞ!」
「はいはい、行きますって」

 「返事は一度でいい」と言いながらクロウは部屋を去る。モモはごそごそと布団から出て、とっさに隠した布を引っぱりだした。
 それは裾が焼け焦げたぼろぼろのマントだった。アルパが頭に被せてくれた。

「夢だけど、夢じゃなかったみたい」

 モモはぽつりとつぶやいた。



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