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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~
【1】初恋はお爺さま!?
しおりを挟むモモの初恋はお爺様だ。
お爺さまと呼んでいるけど、曾お爺様みたいにしわしわじゃないし、頭も白くない。黒い艶やかな長い髪に黒い毛並みの耳に尻尾の、凜々しい王子様。
そう『お爺様』と呼んでいるけど、お爺様はモモにとっては絵本で見たような、理想の王子様だった。
「モモね、将来はお爺様と結婚したいの」
だから三歳のときにその膝に甘えてモモは言った。するとお爺様……ノクトは軽く目を見開き、そして見たこともない真剣な顔になった。
「すまない、モモ、それは出来ない」
膝の上に真正面から向き合う形で、桃色垂れ耳の小さな孫兎を膝に乗せて、黒狼の祖父は真面目にそう言った。モモは、きょとりとその桃色の髪色より濃いパパラチアの大きな瞳を見開いた。
「どうして?」
「私には既に最愛の番がいるからだ。唯一なのだ。だからモモとは結婚は出来ない」
「モモちゃんは可愛い孫だから、じぃじとは結婚出来ませんよ……と言わないでクソ真面目に答えるところがお前だな」
そこにやってきた白兎があきれたようにいう。祖母のスノゥだ。
こちらも『お婆様』なんて言えない。まっ白で綺麗なモモの大好きなお婆さまだ。他の小さな孫達を引き連れての、お婆様との“ちょっと大胆な遊び”は、ときどき執事や乳母にみんなでお小言をもらう時があるけれど。
そのお婆様はお爺様の広い肩に、白い手をポンとおいて、モモを見る。
「悪いなモモ。この黒い狼は俺のものなんだ」
その言葉にお爺さまの黒い尻尾がブンと嬉しそうに揺れたのをモモは見た。大きな手が、自分の肩に掛かる白い手を握りしめたのも。
見つめ合う二人は、おとぎ話の絵本で見るような王子様とお姫様そのものだった。
白のお姫様と黒の王子様。
だから、モモはすとんと納得してしまったし、破れた小さな初恋に不思議と胸が痛むことはなかった。
泣くこともしなかった。
むしろ、その話を聞いていた、父カルマンと九人の兄達が「モモが結婚なんてとんでもない!」と叫び出し、父の大声に驚いてモモは泣いた。
カルマンと兄達はスノゥとノクトから盛大に説教されることになった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「あのときのカルマン様の顔ったら……」
自邸の屋根裏で母のブリーがくすりと笑うのに、並んで天窓から星を見上げていた、モモもうんうんとうなずく。
「僕は三歳だったからあんまり覚えてないけど、父様の『許さん! 』って、雷みたいな声だけは覚えてる」
「あのあと大泣きしちゃって、お爺様とお婆様がお父様と兄様達が並んで説教受けたんだよね」と星空を見ていた母子は顔を見合わせて吹き出す。
モモは十七歳になっていた。母と同じく星と数式が大好きだ。運動はちょっぴり苦手で、その代わりに魔法が少し得意。
あなたが少しなら、イカサマの手品師だって大魔法使いになれるわよと、ナーニャ先生は言うけれど。
ナーニャ先生は伝説の勇者であるお爺様と剣士のお婆様と共に、災厄退治の旅をした大魔法使いで、モモの魔法の先生だ。
「さあ、お前達、そろそろ寝る時間だぞ」
星を見るために暗くしていた部屋の扉が薄く開いて、父カルマンが顔をのぞかせる。母ブリーは「はい」と素直にふかふかの椅子から立ち上がった。長時間星を見ても疲れないようにという配慮の父の特注品だ。
屋根裏部屋というけれど、そこは星を見るための最新鋭の魔道具の望遠鏡に、天井には天球儀がきらめく。父が母のために贈った宝箱のような部屋だ。
母ブリーの手をそっと取り、階段を降りていく父。寄り添う二人は見慣れた姿だ。だけど、いつも『いいな』と思う。
父と母の姿はモモにとっては理想の姿だ。それは祖父と祖母、ノクトとスノゥの姿にも重なる。
永遠の愛なんてない……と悲劇作家はいうけれど、でも父と母と祖父と祖母の姿こそ、その永遠でモモの憧れだと思うのだ。
そう、憧れ……きっとお爺様に対してのあれは初恋ではない。黒い狼のお爺様に寄り添う、白い兎のお婆様。二人の姿にこそ憬れたのだ。
「おい、なにぼうっとしてるんだ? もう寝ぼけているなら、担いで部屋に運んでやっていいんだぞ」
兄、クロウの声にモモは我に返る。
「クロウ兄、僕はもう子供じゃない! 一人でベッドに行けます!」
と文句を言いながら、自分も母のように兄に手を繋がれて階段を降りた。けして母のようになにもないところで転んだりしない。たまにのことだ。たまに。それでちょっぴり兄達が過保護なのも。
そして、兄様達からの毎年の誕生日プレゼントのぬいぐるみに囲まれた、自室の寝台でモモは眠りについた。星とリボンに飾られたベッドは曾お爺さまからの贈り物だ。天蓋の天井につり下げられた大小様々なお星様のモビールがゆっくり回っている素敵なもの。
そして、今日も星空にふわふわ浮かぶ素敵な夢を見るはずだった……のだけれど。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ぱちんと目覚めたときに立っていたのは、荒野だった。
いや、荒野となってしまった場所というべきか。周りはなぎ倒された無数の木々が、消し炭みたいに真っ黒になって倒れていた。
そして、暗く淀んだ空をつんざくような咆哮に、モモは垂れた耳を思わず押さえた。
「危ない!」
「え!?」
広い背中が目の前にあった。その向こうに巨獣が、乱杭歯の牙がのぞく大きな口からブレスを放つのも。
地面に倒れた黒焦げの木々をさらに粉々に砕きながら、黒炎が真っ直ぐにこちらに向かって来る。
だが、それは自分を背にかばった人物が振り下ろした長剣によって、真っ二つに断ち切られた。
本来切れないはずの炎を切る。すさまじい剣技にモモは思わず目を見張る。その剣筋には見覚えがあった。あれは勇者の剣技。
切り裂かれた炎は、モモの真横を通り過ぎ、その熱をじりっ……と感じた。
「くっ……」
彼の口から漏れたかすかな苦痛の声にモモは目を見張る。
炎は切り裂かれた。
だが、その熱と邪気の影響までは防ぎ切れていない。この人が盾になってくれているおかげで、自分は無事だけど。
モモは目を閉じて、両手を組んで念じた。瞬時にその手に星の輝きのロッドが現れた。最高位の魔法使いならば、瞬時に己の魔道具を呼び出すことは可能だ。
それがたとえ夢の中でも。
短い詠唱でロッドから光が放たれて、幾つもの魔法陣がモモと彼の周りに展開し、ブレスの邪気と熱を完全に防ぐ。
「これは……?」
振り返った青年の姿にモモは息を飲む。なびく黒髪。こちらを真っ直ぐ見る銀の双月の瞳。頭の上の黒い尖った耳。なびく黒い尻尾。その精悍な顔は埃で汚れているけど、見間違えるはずもない。
「お爺様……?」
思わずつぶやいたモモに、青年は苦笑して言った。
「いや、私は君にお爺様と言われる年齢ではないんだけどな」
これがモモと青年との長い長い旅の始まりだった。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
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