ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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1巻

1-3

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「しくじりやがって!」

 裏路地にある持ち主が使わなくなった倉庫で、スノゥの元から逃げ出した少年は、大柄で凶悪な面構えの猫族の男に襟首を掴まれていた。

「拾ってやった恩も忘れて、稼ぎも出来ねぇなら、今夜は妹共々飯抜きだ!」

「お兄ちゃんを許してあげて」と少年の隣に立っていた少女が男の足にすがりつくが、男は少女を蹴って払う。少年は「リタ!」と苦しい息で叫んで、男を見上げる。

「ま、また稼いでくるから! リタには食事をやってくれ」
「当たり前だ。さっさと次の獲物の懐をはたいてこい!」

 少年の身体は乱暴に地面へと落とされた。
 喉をしめつけられていたために、ごほごほと咳をする少年に、少女が「お兄ちゃん」と駆け寄ってくる。そんな哀れな兄妹の姿を見おろして、猫族のゴロつきはニヤリと笑った。

「ああ稼いできても、今日は妹もメシ抜きだ」
「そんな! 俺はいいから、妹にはパンをひとつでもやってくれ」
「うるせぇ! お前の妹はクズ拾いしか出来ねぇんだ! 自分の食い扶持ぐらい、自分で稼げるように、お前が早く仕込めばいいだけだろう!」

 男が少年の襟首を再びつかんで、拳を振り上げる。
 しかし、それは「いてぇぇえ!」という叫びに変わる。その腕は後ろにねじ上げられていた。

「やっぱり思ったとおりだ。お前がその子供を脅して働かせている元締め……いや、たった一人じゃ、ただのケチなゴロつきってところか?」

 少年が目を見開く。男の腕をねじ上げていたのは、先ほど少年が捕まりかけた兎耳の男――スノゥだった。
「ケチだとぉお!」と男が叫んだが、スノゥがぎりぎりと腕をねじ上げるとさらに悲鳴をあげる。
 ついには地面に伏せの体勢を取らされて、押さえ付けられているところに、ノクトが街の警備隊をつれてきた。
 捕まった男は、己の罪をあっさり白状した。男はもともと街から街へと渡り歩く夜盗だったという。
 それが、みなしごの少年がスリをする現場を目撃してからは、彼の妹を人質同然の監視下において、その盗みの上前をはねるようになったと。

「俺みたいな男が夜盗で捕まりゃ、たちまち鉱山奴隷送りだ。だけどガキなら泣き落としで見逃されるし、俺は直接手を汚すこともない。楽な生活だったのによ」

 ゴロつき男の勝手な言い分だ。


「食べていいのよ」

 その後、神殿の巡礼者が宿泊するための部屋で、保護された兄妹の前にはナーニャが買った菓子が並べられていた。瞳を輝かせた妹はさっそく手を伸ばして大きな木の実のクッキーをかじる。

「こんなおいしいの食べたことない!」

 瞳を輝かせる少女に、ナーニャが笑顔になる。
 だが少年は皿を睨みつけたまま手を伸ばそうとしない。

「食べないの?」
「俺達はこれからどうなるんだ?」

 ナーニャがそう訊ねる声と少年の緊張した声が重なる。その真剣な表情にナーニャが押し黙ると、グルムの落ち着いた声が割って入った。

「安心しなさい。君達の身柄はこの近くの都市の孤児院に預けられる」

 ほとんどの孤児院は神殿がやっているものだ。若くとも勇者の仲間としてすでに名が知れているグルムの口利きとあって、明日にもその神殿より迎えの馬車が来ることになっている。
 しかし少年は、はじかれたように顔をあげて「孤児院なんて嫌だ!」と叫んだ。

「そんなとこに入れられたら、俺と妹は引き離されて、もう二度と会えないんだろう!」
「そんなことはない、君達兄妹は一緒だよ……」
「お前達大人のいうことなんて信じるものか! あの男だけじゃない。母さんが死んだ後だって、子供なんか残されてやっかいだって、村の奴らにバラバラに売られそうになったんだ!」

 そうして少年は妹をつれて逃げ出し、スリを働いてなんとか生き延びていたところを、あの男に捕まったのだ。そしてさらにしいたげられた。
 絶望しきった目を向けられて、グルムが言葉に詰まる。腕を組んで壁に寄りかかっていたスノゥが動こうとする前に、椅子に座る少年の前に片膝をついたのは、意外にもノクトだった。

「大人は信じられなくとも、勇者の言葉は信じられるか? 私は勇者ノクトだ」
「勇者様?」

 神話の時代から続く勇者の名とその冒険はおとぎ話として語られ、小さな子供でも知っているものだ。少年が目を見開く。

「そうだ。お前達兄妹がけして引き離されることはないと、この勇者ノクトが誓おう。孤児院においての安寧も」

「安寧?」と首をかしげる少年にスノゥが口を開く。

「もう盗みをしなくたって、孤児院で普通の暮らしが出来るってことだ。お前も妹もな」

 そして、スノゥもノクトの隣に片膝をついて「勇者の旅の仲間である双舞剣のスノゥも誓おう」と片手を上げる。

「お前達兄妹は望む限り一緒で、温かな寝床と三度のメシが与えられる」

 少年の瞳が揺れる。
 そこにグルムとナーニャ、そして彼らを見守っていた賢者グルムが「私達もあなた達の安寧を誓おう」と口にする。
 そこに大きなクッキーをかじり終えた妹が、少年に向かってクッキーを差し出した。

「お兄ちゃんも食べて! これ本当にすごいおいしいの! こんなの初めて!」

 少年は手をのばしクッキーをかじりながら「うん、いままでこんな甘いの食ったことない」とぽろぽろ涙をながした。


   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


 その日は神殿に一泊することとなった。夕餉の後、「みなさん、お話をしませんか?」というグルムの言葉に、食堂の隣の図書室へと移動する。
 道行の中で、グルムが言葉をこぼした。

「僕は貧者の暮らしというのを話だけ聞いて、まったく理解していませんでした。あのような子供達がいることも……」

 由緒ある男爵家の三男としてうまれ、己で希望して神々に仕える道を選び、それからは神殿で日々修行の暮らしをしていたグルムには衝撃だったのだろう。それにナーニャが「あたしもよ」と言う。

「あの子達、お菓子なんて食べるの初めてって言ってた。あのクッキーは普通に屋台で売ってたものよ。街の子供達がお小遣いを握りしめて買ってた、銅貨たった三枚の……」

 ナーニャもまた裕福な商家の娘だ。魔法の才能は生まれつきだが、高名な教師について学ぶことが出来たのも、飛び級で魔法学院に入ることが出来たのも、その財力があればのことだ。
 当然、明日のパンに事欠く暮らしなんて知らない。

「……わかっているのです。あのような人々をすべて救えないことは……」

 グルムが苦しい声を出す。
 神殿とて人々の寄進で成り立っているから、すべての貧しい者を救済など出来ない。神殿の孤児院の門を叩いた者のみを受け入れ、わざわざ孤児を探し出して孤児院に入れはしない。
 隣の都市からここまで迎えの馬車を呼べたのは、勇者の仲間であるグルムの名があればこそだ。

「……僕が救えたのは幼い兄妹たった二人です」
「魔法だって、空からパンを降らせることは出来ないものね」

 ナーニャも落ち込んだようにうつむく。
 暗い空気になったところで、スノゥが口を開いた。

「……たった二人じゃなくて、あんたは二人のガキを助けたんだ。そう考えられないか? 坊さん」

 言われたグルムが軽く目を見開く。

「少なくともあの二人は今夜から、温かな布団で寝られて、ひもじい思いはすることはねぇんだ」

 続けてスノゥはナーニャに視線を送った。

「嬢ちゃんの買ってきた菓子をガキ共は喜んでいただろう?」
「それだけよ」
「それが一時だとしても、甘い菓子を食えば子供は幸せになるもんだ。それでいい」
「そんなものかしら?」
「そんなもんだ」

 俯いていたナーニャはスノゥを見て、くしゃりと顔を歪める。

「自分だけが大事な守銭奴かと思ったら……」
「俺はあんたが言う通りの男だぜ」

 その言葉に、ニヤリとスノゥがわらったが、ナーニャは「フン!」と鼻を鳴らして、腕組みをする。

「そう『ぶってる』だけで、本当は他人のために命を張れるし、一緒にいる旅の仲間は気遣えるし、子供達のことは考えられる。あなた、イイ人でしょ?」

 すると、つりあがっていたスノゥの口許が、気まずげに下がる。
 逆にナーニャこそがにいっとイタズラっぽく笑う。

「ね? そうでしょ? イイおじさん?」
「よせや、尻の据わりが悪くなる」

 兎族の剣士が照れくさそうに頭をかくと、みんなが微笑んだ。あの鉄面皮のノクトさえ微笑していた。
 スノゥが本当に彼らに仲間として受け入れられた瞬間だった。


 その夜の同室はノクトだった。スノゥは薄っぺらいベッドの上に横たわった。

「モースの爺さんがなんか言ってくれると思ったが、あんただったのが意外だったな」

 ノクトは隣のベッドで何かを考えるように、座って床を見つめている。スノゥはそんな彼から視線を外して、呟く。

「あの時は助かった。ありがとな」

 あの時、というのは少年を警備隊に突き出すとノクトが言い始めた時のことだ。あれは本気ではなかった。グルムとナーニャの気を引いて、スリの少年に逃げるスキを与えるためだ、と今なら分かる。
 スノゥはごろりと横を向く。

「グルムに神殿に向かうように言ったのも、あんただって聞いた」

 清く正しく王子様育ちの勇者様なだけかと思ったが、意外と融通が利くと、仲間達がスノゥを見直したように、スノゥもこの王子様を見直していた。
 ただの無口ななに考えているかわからないだけの男ではないと。
 ノクトがぼそりと言う。

「……可哀想だと哀れだと、それだけの言葉で人々が救われるならいくらでも言おう。さっきのナーニャの言葉どおり、奇跡でも起きて空からパンが降ってくるのであればな」

 スノゥは思わずその赤い瞳をまん丸にした。その言葉は、清く正しい勇者様にしてはあまりにも俗っぽい言い方だったからだ。

「――と、我が父カールが言っていた」
「だろうな。あんたの言葉とは思えん」
「だが、父の言うことは真実だと私も思う」


 なるほど、あの食えなそうな古狸ならぬ、古狼ふるおおかみの父の教えを、この王子は受けているわけか。王族として人の世を治める立場ならば、確かに正しいことばかりを見ているわけにはいかない。
 ノクトが続ける。

「災厄を倒して国を救ったとしても、すべての人々が幸せになるわけではない。私の伸ばせる腕にも限界はある。サンドリゥムという国においてもな」

 ノクトはサンドリゥムの第二王子だ。災厄を倒した後は国を救った英雄として讃えられるだろう。だが同時にそれが、彼の今出来ることの限界だ。
 サンドリゥム国内においても、すべての貧しい民を救うなんて無理な話だ。まして、ここは国外にある街だ。今回は神殿という治外法権を頼ることで、あの兄妹を助けることが出来たが。

「それでもあのような兄妹を少しでもなくし、民が心安らかに過ごせる世を作りたいものだ。災厄を倒したあとは、私は国を支えていきたいと思っている」

 なるほど勇者様らしいご立派な目標だ、とスノゥは思う。
 それと同時にスノゥの脳裏に、頼りない王太子ヨファンの顔がふと浮かんだ。ノクトの兄であり、順当に行くならサンドリゥムの次代国王である男。
 しかし、どう見たって兄より優秀で、勇者でもあるノクトを次代の王に望む声は絶対にあるだろうな……とスノゥは考える。たとえ目の前の清く正しい勇者様が兄を押しのけて、玉座を望むような野望を持つようには思えないとしても。
 ――――ま、俺には関係のない話か。
 どこの国にも属さない放浪者には……だ。
 スノゥが目を閉じて眠ろうとしたところで「おい」と声がかかる。

「なんだよ?」
「災厄を倒したあと、お前はどうする?」
「金をもらってどっか行くさ」

 一生遊んで暮らせる金が手に入るのだ。誰も知らないような田舎に引っ込んで静かに暮らすのもいいんじゃないか?と思っていた。
 正直、勇者の仲間に選ばれたのもあるが『双舞剣のスノゥ』の名は有名になりすぎた。それが最弱のはずの兎族であることも……だ。
 ――『勝手にしろ』と放り出した『あちら』に、手の平返しで迎えに来られても迷惑だ。
 この旅が終わったら身を隠すべきかもしれないとすら、思っている。
 しかし、ノクトは意外にも真剣な声で言った。

「お前の見識を私は惜しいと思っている。お前さえよければ、サンドリゥムに留まり……」
「よしてくれよ王子様。俺は元から流浪の無頼だ。一国に縛られるなんざ、窮屈でたまらねぇ」

 スノゥはその言葉に背を向けて、目を閉じた。



   第三章 災厄を倒したあとは、盛り上がってサヨウナラするつもりだった。


 勇者一行が、兄妹を孤児院に預けてから向かったのは、凶悪な魔物が跋扈ばっこする闇星やみぼしの森だった。その森の奥に今は滅びた王国の神殿があり、聖剣のための素材の一つが眠っているという。
 時折襲ってくる魔物を倒しながら道なき道を行く。日が傾きかけた頃に賢者モースが「ここいらで一泊しよう」と提案した。夜の闇は魔物達をさらに凶暴化させる。そのような魔物を倒せない一行ではないが、あえて無理をして進む必要はない。生きている以上休息は必要だ。
 そんなわけで今夜は野営となった。
 宿営地と決めた、多少開けた場所の中央に、魔物避けのたき火がともされる。スノゥは料理用の魔法鞄マギバッグから、次々と鍋や釜などの調理道具や、食材を取り出していく。
 鴨の一件から料理はスノゥの係となったのだ。大量にものを収納出来る魔法鞄マギバッグは非常に高価だ。本来、大きな騎士団で一つ持っているかという、貴重品を保管するためのものを、たった五人の旅に持っていくことが出来るのはそれこそ勇者一行だからこそだ。
 ちなみに初め、魔法鞄マギバッグは一つしかなかった。
 最初の魔法鞄マギバッグには回収した聖剣用の素材、貴重なポーションにエリクサーなどの回復薬が詰められ、そのに、行軍用の固いパンと干し肉が入れられていたのだ。
 しかし、スノゥの料理を食べて王宮に戻った後、ノクトがカール王に二つ目の魔法鞄マギバッグの必要性を説いたのだ。
 仲間達の意欲を保つため、野営時でも食事の充実が必要だと。
 たかが食事のために高価な魔法鞄マギバッグを用意しろという息子も息子だが、「飯がマズいのは確かにゆゆしき問題だな」とうなずいた父王も父王だ、とスノゥは思う。
 かくして、大きな魔法鞄マギバッグとは別に、小さな魔法鞄マギバッグが用意され、各種食材に調味料、調理道具が入れられるようになった。
 メシだけのための魔法鞄マギバッグってどうだよ?と思いつつ、活用しているスノゥだった。
 鞄の中は時間が止まるから、近くの街で仕入れたボアの肉も新鮮なままだ。それを角切りにして鉄串にさし岩塩にハーブスパイスをふりかけて串焼きにする。たき火の真ん中にかけた寸胴鍋には、タマネギに、キャベツにジャガイモ、たくさん作り置いておいた挽肉のタネを小麦粉の薄い皮で包んだ饅頭を放り込んでスープをつくる。
 それから青豆の缶詰の中身をざっと出して、小鍋でゆでる。ゆで終わったらザルにあげて、黒胡椒で風味をつけて粉チーズをふりかける。これだけで、草食のスノゥとかすみを食って生きているモースにとってはごちそうだ。
 それからフライパンで発酵なしの薄いパンを何枚も焼く。肉食若者三人はそれに串焼きの肉を挟んで食べる。スノゥとモースは青豆を挟んで食べ、温かなスープをすする。
 ほう、とナーニャが満足げな息を吐いた。

「相変わらず、腹が立つぐらい美味しいわね」
「単にうまいって言えばいいだろう。なんだよ、その腹が立つってのは」

 スノゥがわざとらしく反応する。

「誰でも成功するような目玉焼きを、真っ黒焦げにしたのに腹を立ててるのか?」
「まだそれを言うの? しつこいわよ!」

 スノゥだけに野営の料理を任せるのは……と朝食だけでもと、ナーニャが挑戦したのだ。
 結果として、真っ黒な炭が出来た。まあ料理人がいるような裕福な商家のお嬢様だったのだから料理なんぞ出来なくて当たり前だが、才女である彼女には屈辱的だったらしい。
 ちなみに初めから「私は出来ない。人には得手不得手がある」と堂々と言い放った狼勇者の王子様は、見事な食べっぷりで肉を挟んだ薄いパンをしっかり飲み込み、すでに二つ目を手にしている。

「今日もうまい」
「それはありがとうよ」

 いつもどおりの言葉にスノゥもいつもどおり返すのだった。
 そして、みんなが寝静まった夜。
 ノクトが起き上がり、その場を離れるのをスノゥは感づいていた。長年の放浪暮らしで眠りは浅い。かすかな気配でも目覚めるように出来ている。
 はじめは用を足しにでも行ったのか? と思ったが帰りが遅い。
 あの勇者様に限って魔物に襲われて遅れをとるなんてあり得ないが、一応様子を見に行こうと、眠るみんなを起こさないように気配を消して立ち上がる。
 はたして、そう離れていない場所でノクトは見つかったが――

「あ~なんだ、魔物に襲われてないか、気になってな」
「…………」
「俺はここで見張っててやるから、あんたは心置きなくしてくれていいんだぞ」
「この状況で続けられると?」

 王子様は木の幹に寄りかかり、半分ずりさげていたズボンを引き上げた。
 ですよね……と内心で思う。
 同じ男、まして王子様は二十歳そこそこと若いのだから、そりゃ溜まるだろう。適度に解放しなければ戦闘にも支障が出るのも、長年の経験でわかっている。
 しかし。

「一人でむなしくするより、街の娼館があるだろう?」

 ある程度の街ならば、そういう場所は必ずある。だが、スノゥの言葉にノクトは眉間にしわを刻んだ。

「私がそのような場所を使えると思うか?」
「……ですよね」

 ノクトは勇者でサンドリゥムの王子だ。下手な娼館に通って、勇者王子様御用達なんて看板を掲げられたら不名誉きわまりない。それに貴重な勇者様の子胤こだねがうっかり漏れて、隠し子騒動にでもなれば、これもまた大醜聞だ。
 勇者様も気の毒だよな……とスノゥは男として同情した。こんな野宿で抜け出したってことは、相当に我慢していたのだろうし。
 よし、これは人助けだと、スノゥはノクトのズボンに手を伸ばす。ベルトを締めていなかったズボンは、あっさりと下へとずれて、まだ元気なペニスが勢いよく飛び出した。
 スノゥはそれを片手で握りしめる。
 ――というか、片手では余るような長さと太い幹に、さすがここまで勇者様かと思う。
 その様子をノクトは呆然とした表情で見ていた。

「なにを?」
「自分でするより、他人の手のほうがまだいいだろう。目でもつぶって好みの美女でも思い浮かべていろよ」

 やっぱり片手だけじゃ無理だと、竿を握りしめている右手に、左手を添え、先を包みこむようにしてやれば、「う……」という呻きとともに、若き勇者様は大人しくなった。
 急所を掴まれているのだから、いくら勇者様でもなかなか抵抗は出来ないだろう。
 しかし本当にご立派だ。ピキピキと血管が浮き出た幹にしっかりとえらが張りだした先。とても、この品行方正な勇者様の持ち物とは思えない。
 目を閉じていろと言ったのに、ノクトは熱い吐息をその端整な唇からこぼしながら、銀月の瞳を眇めてスノゥを見ている。どこからどう見ても男の顔であるが、これだけ美形だとなんというか壮絶に色っぽい。
 二人の上背の違いから、こっちが見上げる形になるのが、スノゥとしては不満ではあるが。
 しかし「う……」と耳に響く低い声とかかる熱い吐息に、スノゥの下半身にもずくりと熱がこもり出した。
 やばいな、これは手早く済ませるに限るといささか乱暴にしごき、逆に敏感な先端を優しく撫でてやれば、小さくうめいたノクトは、素直にスノゥの手を濡らした。
 これで終わりかとスノゥは手を引いたが、力強い腕にぐいと腰を引き寄せられる。さらに腰のベルトを抜かれて、革のパンツを太ももの半ばまで下ろされていた。
 ――早業過ぎないか?
 さらにノクトの手がきざしかけていたスノゥのペニスを握りしめる。

「おぃ……っ!」

 声が詰まったのは、敏感な先を、剣を握り慣れている固い親指の腹で、ざらりと撫でられたからだ。

「お前もこうなっている」
「お、俺はいいって……あっちで一人で……」
「私一人だけしてもらうのはよくない。返礼をしなければ」
「そんなの……いい…っ!」

 急所を握られれば勇者様でも動けないか?と思ったのはさっきの自分だが、その立場に今はいる。剣を握り固くなった指と手の平は、しかし上手かった。

「は……ぁ……」

 息を吐き、とろりと潤んだ石榴ざくろの瞳で、ノクトを見上げれば、ノクトの喉仏がごくりと動いた。眇められた銀月の瞳がぎらりと光る。

「なっ! あっ!」

 とたん、重ねられたぬるりと熱いモノは、ノクトの凶悪なペニスだ。一度出したはずなのに、もうぴきぴきと血管を浮かべて固くなっている。
 スノゥのものと、ノクトのものを重ねて、ノクトの大きな手に包まれる。いわゆる兜あわせというヤツだが――
「なんで?」と石榴ざくろの目を見開くと、スノゥのまなじりに端整な唇が優しく触れた。

「私もまたもよおした。付き合ってくれ」
「あんたっ……返礼って!」
「だから、返礼がてら、付き合え」
「屁理屈を……っ!」

 厚い胸板を叩くがびくともしない。戦いでは対等でも、この体格差では抱え込まれてしまえばスノゥでも抜け出すのは手間がかかる。まして、今は急所を握られて、甘い弱点を的確に探られているせいで、指と唇に力が入らない。
 そう、唇も……だ。
「ひゃっ!」ととんでもなく甘い悲鳴が小さく漏れる。

「ここがイイのか?」
「み、耳よせ……! 噛むな……ぁ……」

 頭の上に立った白い耳の先を舐められたあげく、白く長い耳の輪郭を下へと舌がたどっていく。根元にやんわりと噛みつかれて、びくびくとスノゥの背が跳ねた。
 さらに最悪なことに、しなやかに仰け反ったその背をたどって、革のパンツを下ろされてむき出しになった小さな尻を撫でたノクトの手が、ふわふわの丸い尻尾を大きな手のひらで戯れるように包みこむ。

「ば、馬鹿……しっ……ぽ!」
「なるほどここも弱点か」
「ち、違う……っ……て……ふうっ!」

 否定はしたが、軽く揉まれるだけで、身体が大きく跳ねる。
 尻尾の付け根を指で擦られれば、腰が自然に揺れて重なるペニス同士が、互いの先走りでぬちぬちと音を立てる。ここまで来てしまえば逃げるより攻めてやれとばかり、スノゥはノクトの大きな手に手を重ねて、動かしてみたが指に力が入らない。
 ついに滑り落ちた片手をすくいあげられて、逆にノクトの手がスノゥの手の上から重なるように二つのペニスの上に置かれる。
 淫らな水音が重なった下肢から響き、スノゥは無意識に腰を揺らした。

「ああぁぁぁ……くぅっ!」
「っ!」

 スノゥがびくびくりと身体を震わせて達したあと、少し遅れてノクトも数回腰を突き上げるようにして動かして、二度目だというのにたっぷり熱を吐きだした。熱い精液が互いの腹と手を濡らす。
 達して敏感になったそこを、えらの張りだしたノクトのペニスの先でさらに擦られて、「あ、あ、あ」とスノゥは声をあげる。ぴくぴくとその痩身を震わせて、再び軽く達したような感覚に陥る。
 その後、ノクトが軽い放心状態のスノゥの汚れた手や腹を己の自慰のために用意していたのだろう布で、ぬぐってくれたのはいい。
 足がちょっとふらついたスノゥをいきなり横抱きにして、野営地まで運んだのもだ。
 しかし、そのまま自分の寝床である敷きものの上にスノゥを抱いたまま一緒に横たわったのは、ちょっとないだろう。
 抵抗は軽くしたのだが、がっちり回ったノクトの腕はびくともしなかった。放出した余韻でけだるい身体は急速に眠気に襲われていたし、その身体の温かさに、スノゥはま、いいか……と寝てしまった。
 しかし、翌日さっそくナーニャに「あなた達、なんで一緒に寝てるのよ?」と突っ込まれた。

「昨夜は少し肌寒かったので、互いに暖をとった」

 慌てたスノゥを横目に、ノクトが平然と返した。さすが勇者様?と感心しながらスノゥも「ちょっと寒かったんでな」と薄笑いでごまかした。
「そんなに寒かった? あたしは平気だったけど」とナーニャは首を傾げていたが、まあ、ごまかされてくれた。


   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


 それからたびたびスノゥは、ノクトにようになった。聖剣探索が進めば、自然、向かう場所に僻地へきちが多くなり野宿も増える。野営地であの銀月の瞳でじっと見つめられれば、それが合図だ。
 夜、みんなが眠ったのを確認して、立ち上がる彼のあとに続く。
 ただ擦り合わせるだけ……だったはずの行為はだんだんと深いものになった。
 二度目の時、耳をもてあそんでいたノクトの唇が自分の口にがっぷり噛みついてきて、スノゥはその石榴石ガーネットの瞳をまん丸に見開いた。おかげで肉厚の舌に思うさまに貪られて、混ざり合った唾液を呑み込んでもなお、口の端からこぼれてしまう。
 スノゥは「ぷはり!」とようやく離れた唇に息をする。

「おい、キスの必要はねぇだろう……あぅ……」

 小さな尻を揉まれ、丸い尻尾をピンと指ではじかれるのに背を震わせる。仰け反った顎に伝う唾液を、れろりとノクトが舐め取り「気分だ」と答える。

「髭の男とチューして気分もなにもねぇ……だ…ろ……うんっ!」

 そう言うと、また唇をふさがれた。さっきより長くスノゥの薄い舌がしびれるぐらいもてあそばれた上に、くったりしたところに頬ずりまでされた。おい、髭が痛くないのか?
 気に入ったとばかりに、すりすりされて、ま、いいかと思ってしまったのが悪かったかもしれない。


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