ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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耐えろカルマン!

【6】命は紡がれていく※

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「……正直、未だ迷っている。ブリーが御子を望み、それを俺に話してくれた理由もわかった。それでも俺は……」

 客間のベッドに腰掛けて……いつものようにブリーを膝にのせて、その垂れた耳にそっと口づけながら、カルマンは語る。

「いいのです。迷って当たり前なのです。カルマン様はブリーのことを大切に思ってくださっているのはわかってますから」

 ブリーは耳に額へと降る口づけに、幸せそうに目を細めて微笑む。

「それでも、私はカルマン様の御子が欲しいのです」
「ああ、それもわかっている。だから考える。あまり長く待たせるつもりはないが」
「いいえ、いいえ、私達にはまだまだたくさんの時間があります。たしかにお星様の時間から比べたら瞬きのようなものでしょうけど、でもたくさんたくさんお話する時間はあるでしょう?」

 ブリーから聞いた星の寿命を思い出す。強く輝く星ほど実は寿命が短いのだと。それこそ激しく燃える炎のように。だけど、そんな星でも神話の時代まで遡ってなお余るほどの歳月を生きるのだと。
 それこそ純血種の三百年だって、流れ星の一瞬だろう。だけど、たしかに自分達には自分達の時間がある。ブリーは純血種ではないけれど、二百年の兎族の寿命が。

「ゆっくり考えていけばいいのです」
「ああ、そうだな」

 自分の頬を両手で挟んで、お返しとばかり頬に口づけてくれる。いつもは守りたいと思うばかりの茶兎の番が頼もしく見えた。
 そういえばこう見えても年上だったな……と今さらに思いだしてカルマンはクスリと笑った。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 二人手を繋いで客間を出れば、当然のように扉の前には、黒兎の兄に暁色の兎の弟、そして後ろに呆れたような顔の白兎の母の顔が。
 「な~んだ」とアーテルが残念そうにいい。ザリアも「な~んだ」と。

「本当にお話だけなんてね」
「そうそう、てっきりさらに盛り上がるかと」

 そう続けたアーテルにザリアが「客間にはちょうどベッドだってあるのにね」と、際どいことをいう。それにブリーがぽんと赤くなる。
 「カルマンってヘタレ?」「そうそう意外にも兄様って僕も……」といいかけたザリアのちんまりしたお鼻をピンと白い指が、アーテルの鼻をピンとはじく早業が、炸裂した。二人とも、「「痛い~」」と声を揃えて涙目で、腕組みするスノゥを見る。

「まったくお前達は、少しは人妻の慎みってヤツを持たねぇのか」

 「それは母様に一番言われたくな~い」「同じく」と声をそろえるアーテルとザリアを無視して、スノゥがカルマンとブリーを見る。

「で、おまえらは帰るのか?」
「はい、お騒がせしました」

 カルマンが答えると「え? もう帰っちゃうの?」とザリア「夕ご飯ぐらい食べていけばいいのに」とアーテル。それにスノゥが「お前達はまた夕飯でいる気か?」と呆れた顔だ。

「子供達が待っていますから」

 とブリーが言えばアーテルとザリアは同時に軽く目を見開いて「それは仕方ないね」「うん、クロウちゃんまで待ってるしね」と顔を見合わせてうなずく。

「兄上、それにザリア。ありがとう」

 カルマンがそう笑顔で言えば。

「あなたが素直にお礼なんて気持ち悪い」
「わぁ、兄様からありがとうなんて初めていわれた!」

 なんていつもの軽口にもカルマンは腹が立たずに苦笑した。この二人が面白がりだけでなく、自分達家族のことを子供達まで含めて、心配してくれていたことはわかっていたので。
 「もう、しばらくは“お泊まり”はなしだ」というブリーへのスノゥの言葉に見送られて、二人は大公邸をあとにした。
 馬車の中でも手をつないで。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 夫婦の寝室。寝台にこしかけてブリーがふう……と息をつく。

「ようやくお家に戻ってきました」
「おかえり」
「それ、カルマン様、三回目です」

 くすくすとブリーは笑いながらこちらも「ただいまもどりました」と挨拶をする。
 屋敷の玄関をくぐり一回。それから、出迎えた子供達と囲んだ食卓で一回。
 それからようやく戻った夫夫の寝室で一回。
 二人は同じ言葉を交わして、そして。
 口づけあった。
 玄関と食堂では子供達の見ていることもあって、軽く。
 だけど、三回目の寝室では深く。

「んんっ、ふぁ……」

 舌を絡ませて濡れた音の間に響く、ブリーの鼻に掛かった声にカルマンの赤毛の尖った耳が、ぴくぴくと動く。腕の中の柔らかなぬくもりに、本当にようやく戻ってきたのだと実感する。
 ブリーのクセのあるふわふわとした茶色の垂れ耳に口づけて、九人の子を産んでなお幼さが残る丸い頬の線をたどるように口づける。
 兎族は二十歳前後で成長が止まりその容貌を生涯保ち続ける。ブリーは自分が出会った八歳の頃から変わらない。
 ひと目見て可愛いと思った。良い匂いがする。これは自分のものだと。カルマンは今や大人の男となった剣ダコのある長い指で、その肌をたどり、その首筋に肌へと口づけて、甘い香りを厚くなった胸板いっぱいに吸う。頭上から響く、ブリーの小鳥のようなさえずりを聞きながら。
 古女房など飽きたと男ばかりの騎士団や兵士達ではよく聞く言葉だ。笑い会う彼らの戯れ言を、カルマンは咎めたりはしない。ただ、自分は違うと思うだけだ。
 抱き合うのは欲望のみを吐き出す行為ではない。これは愛を伝えるものだ。愛してると手を握り、口づけ抱き合い、それでも足りないと貪る。ああ、やはり欲望なのか? それでも、この胸からあふれる番への愛おしさは、幾つもの夜を越えても尽きることはない。

「ああ、カルマン様……」
「ブリー、ブリー」

 温かく包みこむブリーのなかへと入り、腰を揺らし、カルマンは想う。
 これは欲望。
 これは愛情。
 同時に命を紡ぐ行為でもある。
 お互いがお互いを望まなければ、御子は生まれることはない……けれど。

「そんな顔をなさらないで……くださ……い」
「ブリー?」

 ふわりと汗に濡れた頬にブリーの片手が添えられる。甘い吐息混じりにブリーは濡れた唇を開く。

「私と愛し合うのにそんな苦しそうな顔をなさらないで」
「すまない、ブリー、俺は……」

 ゆっくりと話し合うといったのに、また性急に考えてしまったと、カルマンが狼狽えれば、ブリーは無言て首を降る。そこには薄い微笑みがあった。

「私達の御子はこれで最後です。最後の可愛い子」
「ブリー……それは」

 それほどの覚悟なのか? とカルマンがさらに狼狽えてしまえば、ブリーはまた違うというように、ゆるゆると首を振る。

「そんな大げさなものではないのです。ただ、御子が欲しいと思って、そしてこれが最後と思っただけ。それだけのこと。まるでそう、おまじないのような」
「ブリー……」
「ああ……うまく言えません。やっぱりブリーはお話が下手です」

 とブリーがカルマンの頭を引き寄せて、その胸に抱きしめる。カルマンはされるがままに、ブリーの胸に頭を乗せる。それでも体重をかけないように気遣って。

「青い星の話をしたことがありましたね」
「ああ、ひときわ強く輝く。だが、寿命が短い星のことか?」
「ええ、ひときわまぶしく美しく輝いてその命尽きるときには砕けてしまう。でも、ただ砕けるだけではないのです。その砕けたカケラは、また次の星になるのです」
「次の星に?」
「ええ、たくさんの星の赤ちゃんが生まれるんです。その星が無くなったとしても、また、新たな星の命が紡がれていくのです」

 ブリーの胸から直接響く優しい声。それをカルマンはじっと聞く。

「カルマン様? どこか痛いところが?」
「え? あ?」

 ブリーの驚いた声に、カルマンは顔をあげて自分が知らず涙を流していたことを知る。不安げな顔をするブリーに「どこも痛いところはない」とカルマンは微笑む。

「なぜかお前の話を聞いたら、悲しくもないのに自然にこぼれた。逆に嬉しい気分だ」
「嬉しいのに泣かれるのですか?」
「ああ、なぜかな」
「ふふ……なんだか私も嬉しくなってきました」

 顔を見合わせて笑いあえば、ブリーの瞳からも涙がこぼれた。

「ブリー愛してる、愛してる。お前のいう星の命が尽きて、次の星が生まれても、その先までも永遠だ」
「はい、私もカルマン様のことは愛しています。ずっとずっとです」

 そして、涙に濡れた頬をすりあわせて、二人はいつまでも一つでいた。





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