ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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SSS小話置き場

一夜限りのバーレスク 前編

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「で、店は潰れない程度だが、昔のような活気はないと?」

 酒場兼食堂の店のカウンター。記憶より古ぼけたそこにスノゥは立ったまま寄りかかり、グラスを傾けた。
 たしかにこれも昔の記憶の中。昼間から到着した商人の賑やかな声が響いていた店は、いまは閑散としてところどころの卓が埋まるのみだ。

「煮込みの味は少しも変わっていない。昔通りにうまいのにな」

 火酒をちびりとやって、大きなイモを木の匙で割って食べる。それに亭主は「ありがとよ」と応え。

「この街にいる常連や、昔なじみの行商人は来てくれるのはありがてぇんだけどな。昔のような景気のいい客はさっぱりだ」

 カウンターの向こうの亭主は大仰に肩をすくめた。
 ノクトともにおとずれた懐かしい街。ルースの国境近くの自由都市。“自由”とは聞こえはいいが、ようはどこの国にも属さない治外法権。無法地帯だ。とはいえ、そういう街にも頬に傷持つような強面の自警団があり、それなりに機能してるが。
 法を犯せば貴族でも大王の命一つで、首を刎ねられ城門にさらされる。そんな厳格な国のそばでどうしてこんな街がまかり通っていたかというと“必要悪”という奴だ。
 ルースは前大王の時代まで、長いあいだ鎖国同然の状態だった。物資の流通はあれど、それは国に許可証を発行された商人のみ。貴族どころか一般の民の国をまたいでの婚姻も禁止という有様だった。
 しかし、それはそれとしてルースの主要産業は産出される宝石。その鉱山を独占していたのは王族や貴族。彼らとて厳格な大王様の前までは真面目な顔をしていても美味い酒に珍味、さらには“お楽しみ”だってしたいと。
 かくして、ルース国内ではない。厳しい大王様の目から離れた、街道の国境沿いにこの街は生まれたというわけだ。
 そこで国の流通とは別の……ぶっちゃけ闇取引の宝石と引き替えに、美酒に珍味、ご婦人ならば中央で流行のレースにドレス。そして、紋章を隠した黒塗りのお忍び馬車がルース国境を越えてやってきて、身分を隠したやんごとなき方々が“お楽しみ”に興じたわけだ。
 ルース国内では許されていない、不倫だの許されない恋だのをあつかった芝居。その合間のドタバタのおどけた道化達のお笑い。
 夜になれば酒場の舞台では色っぽい踊り子達が踊り、そのまま酒に酔い盛り上がった客達は、娼館へとなだれんだ。

「……それもまあ、前大王様の時代までのことだ。料理が売りでもあったここは残っちゃいるが、裏通りに建ち並んでいた娼館は一件きり。それも他の街に流れられない歳食った女達の最後の住み処ってところだ。劇場も次々に“移っちまった”」

 マスターがぼやく“移っちまった”というのは、ルースの王都ザガンや、他のルース国内の地方都市のことだ。
 前大王リューリクまでの厳格な政治から、現大王エドゥアルドの時代となって、ルースはそれまでの鎖国政策から解放政策へと変わった。また厳しかった風紀もだ。
 関税さえ払えば物資の流通は自由に、人の交流はもっと自由となった。俺達にも民にも“お楽しみ”は必要だろうと、豪快な大王のひと言でそれまで王都では、騒々しいと禁止されていた、歌劇公演も許可された。また“必要悪”として国の認可や定期的な視察は受け入れねばならないが、娼館もだ。
 王都に劇場があるならば、なにもわざわざ辺境のこの街に立ち寄る意味はないというわけだ。娼館もまた、国のお墨付きが得られるとあれば、認可をうけて王都やルース国内の各都市にうつる。街角に立っていた街娼達もまた「お国があたし達を守ってくれるというならねぇ」とそういった“公認”の娼館へと移っていき、一人、また一人と姿を消した。
「こんな小さな街だが、夜でも真昼のように明るく、女達が男達の袖を引いていたもんだが、今じゃそんな話し声も聞こえず、真っ暗で静かなもんだ」
 「夜に街にたどり着いた旅人はこの酒場の灯りを頼りにやってくるさ。だから意地でも店は閉められねぇ」とマスターは苦笑する。

「しかし、こうも客が来ないんじゃ、楽団の連中と踊り子達のやる気が出なくて不憫でなあ」

 マスターがちらりとカウンターの向こうを見やる。そこには小さな舞台があって、そこに“楽団”というにはずいぶんと小規模な、ギターにヴァイオリン、調子をとる太鼓の三人の年老いた男三人に曲にもならない音を小さく鳴らしていた。そして、その男達とは対照的に年若い踊り子三人が、練習にも身が入らないとばかりに床に座りこんでいる。

「ま、うちも他のところと一緒でな。若くて元気なやつらや、達者な踊り子達はみんな王都や他のところに流れちまった」

 残っているのはこの街で長年暮らし骨を埋めるつもりの年寄りの楽士達と、まだまだ踊りが未熟で王都や他のところで通用しない若い踊り子達というわけか……とスノゥは彼らを眺めて立ち上がり、舞台へと近づく。

「踊らないのか?」

 彼女達に声をかければ、つまらなそうにスノゥを見る。もう、その長い耳を一番に見られることはない。この酒場にやって来た頃は、ターバンで耳を潰すように隠していたな……と思う。

「誰も見てないのに?」

 黒ネコの耳の少女がふてくされたように言い、同じ猫族の少女がしま柄の尻尾をゆらしながら肩をすくめる。その隣にすわる少し生真面目そうなそばかすの犬族の少女は、仲間の言葉にさらにしょんぼりしているように見えた。
 ──誰も見てない……とは、なにもこの昼間、客はスノゥ一人しかいないじゃないか? という意味ではなく、夜も……ということだろう。

「誰かに見てもらうためだけに、お嬢ちゃんは踊るのか?」
「え?」

 スノゥの問いに少女達は思いがけない言葉を聞いたという顔になる。誰かに注目される。それ以外のなんのために踊るのか? というそんな表情。

「歌って踊りゃ自分も楽しいもんさ」

 スノゥは言葉の途中からすでに歌うようにいい、そして、ステップを踏み始める。朗々とした声で歌うのは、昔流行った恋歌。
 街を一緒に去ると約束した恋人が来ない。きっとあの人にはその気はなかったのね。なら、あたしは一人で旅立つわ。
 そんな内容だけ聞くと哀愁漂うようだが、曲調は陽気なものだ。気ままな踊り子は過ぎ去った恋など捨てて、すでに次の街への期待に思いを馳せている。自分を捨てた男など忘れて、次の街でまたイイ男を見つけるわ! と。
 ──そう、自分はいっていたと、彼に伝えて……と、酒場のマスターに言い残して。そこには女の意地と約束を守らなかった恋人への、気遣い──本当は彼女は優しい女なのだとわかる。
 スノゥが最初の一節を歌い、くるりとターンしたとたんに、娘達が目を見開き、つまらなそうに曲にならない曲の楽器をいじっていた三人の老楽士達が、身を乗り出す。そして、スノゥの歌にあわせてギター、ヴァイオリン、手で打ち鳴らす太鼓が陽気な音を奏で始める。
 そして、スノゥが一曲歌い踊り終えた時には、娘達もまたキラキラ輝く瞳で彼見ていた。

「すごい! あたしにも教えて!」

 黒ネコの少女がいうのに、「あたしも!」「あたしも!」と他の少女がいう。そんな彼女達の様子に、楽士の老人達も笑顔だ。
 スノゥは「ん~」とわざと考えるふりをして。

「教えるには条件が一つだけある」

 それはなにか難しいこと? と少女達がちょっとひるんだ様子を見せたのに、スノゥは「なに、簡単なことさ」と笑う。
「自分も楽しんで踊ることさ。そんな『つまんない』なんて顔していたんじゃ、見る方だって楽しくないからな」
 少女達はハッとした顔になり、顔を見合わせてうなずき合う。「まずは笑顔だ」というスノゥの声に彼女達はニッコリ微笑んだ。猫族の少女達はともかく、犬族の少女の笑顔はすこし引きつっていたが、その彼女の目を真っ直ぐ見てスノゥもまた、優しく微笑む。

「その笑顔だけでも合格だ」

 それだけで犬族の少女は引きつった笑みではない、本当の喜びの笑顔を見せた。
 少女達の踊りの基礎はちゃんと出来ていた。それはここを出て行く前の、踊り子の姐さん達にしっかりと仕込まれていたという。だから、スノゥが魅せ方を教えるだけで大分よくなった。
 手の角度の微妙な傾き、指先まで気を遣って、舞台に投げかける眼差しは……とそんなものだ。

 そして……。

「なんで俺まで踊るハメになっているんだろうな」

 指導に熱が入って気がつけば窓の外は夕日の色が差していた。スノゥが帰ろうとすれば、今夜の舞台にぜひ出てくれと、娘達に懇願された。

「教えるだけ教えて、一緒に出てくれないのはズルいわ、姐さん」

 と黒ネコの少女。そう、スノゥの呼び名いつの間にか『姐さん』になっていた。こういう芸事においては年上の先輩を呼ぶ、ごく普通の呼び名ではあるが……。
 ──俺は姐さんじゃなくて、兄さん……いや、兄さんなんて、こんな若い達に呼ばれる歳でもないか。ヘタすりゃじーさん……いや、考えないようにしよう。
 しかも。

舞台いたに立つのに、そのままの格好じゃマズイだろう」

 確かに今のスノゥの姿はお忍び用の平民が着る、チュニック姿ではあった。だから、舞台用の衣装というのはわかる。
 酒場の主人が奥の衣装部屋から出してきたのは、キラキラと光沢ある上着に同じ生地の足にぴったりとしたトラウザーズ。ひらひらしたスカートじゃないのは助かる。が、なんで靴はエナメルのピンヒール? 
 それを見てスノゥが顔をしかめれれば、マスターが口の片端をつり上げた、皮肉な笑み浮かべて。

「なんだ、こんな高い靴じゃ踊れねぇのか?」
「俺はどんな靴だって踊れる。なんならつま先立ちのまま、何時間でもな」

 そこは一流の踊り手の意地。反射的に返して『しまった』とおもったがもう遅い。マスターは低いかかとのパンプスの三人娘を見て「これを履いて平気で踊れるようになって一人前だ」という。娘達にキラキラと憧れの目で見られて、スノゥはさらに後戻り出来なくなる。
 仕方ねぇと着替えて、最後の仕上げとばかり渡されたのは頭の上にのっける小さなハット。白いウサ耳の間にちょこんと、スーツと同じ黒いキラキラした光沢に赤いリボンが可愛らしい。
 これはピンで軽く止めるだけ、落とさずに踊るのが一流の踊り子ってもんだが、その上に。

「なんだその羽は?」
「知らねぇのか?」
「……知っちゃいるが」

 スノゥはこの店で下働きしていたのだ。踊り子達の準備の手伝いもしたこともあるし、昼間の練習に混ざって踊ったこともある。さらには散々、夜の舞台にも誘われたが、断固として拒否した。
 男の自分が上がらなくたって、あの頃にはきら星のごとき踊り子の姐さん達がいたのだ。彼女達はいつも残念そうな顔をしていた。
 その彼女達が、その背中に背負っていたのだ。四方八方に広がるふわふわとした羽だ。これを背負って踊れば華やかなこというまでもない。が、踊り手にも当然負担がかかる。もちろん羽に振りまわされて体幹が乱れるなんて、一流ではないが。

「これを背負う、エトワールが現れるなんて、何年ぶりだ」

 「ヒール履いて、羽背負ってこそ一人前だ。お前ら! これをめざすんだぞ!」とあとの言葉は、三人娘に向かってだ。娘達は一様に「はいっ!」と元気よく返事している。
 かくして、スノゥはあとに引けなくなった。
 



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軽く書こうと思って前後編になるのが、ウサ耳クオリティなのか。後編はお仕置き含めてw



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