ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
上 下
139 / 213
SSS小話置き場

双月とともに

しおりを挟む



 ノクトがグロースター公爵位を受けて、王都の郊外に広大な邸宅を構えるとなったとき、その家の希望を聞かれてスノゥは「俺は寝られる場所がありゃいい」といかにも彼らしい言葉を告げた。
 それでもノクトが「なにかないのか?」と訊ねればスノゥは少し考えて、そして少し膨らみ始めた腹を愛おしげになでて、ぽつりと言った。

「門に灯りを絶やさないで欲しい」
「灯りを?」

 ノクトはいぶかしげな顔となる。夕刻に近い時間ならばともかく、夜となれば灯りをおとすものだ。深夜まで賑わう王都の酒場などが集中する繁華街ならともかくだ。
 サンドリゥムは治安がよく、防犯のため……というのも理由にならない。そもそも公爵邸にも警備兵が詰めることになっているのだ。もちろん門にもだが、それでも夜にこうこうと灯りを照らすというのは。

「新しい公爵邸の前の道は王都から、次の街へと抜ける街道に面しているだろう? 門の前を通り過ぎれば、次は灯り一つない暗い森だ」
「夜道を急ぐような旅人のためにか? しかし、お前が言うとおり森に入れば暗闇だぞ。その暗闇も私達のような者には関係ない」

 そう種族によってではあるが夜目が利く者がいる。スノゥやノクト達純血種にいたっては全員が暗闇でも目が見える物達ばかりだ。
 それに灯りが必要な者達には魔道具のランタンがあった。こちらもそう高価なものでもなく、旅の必需品だ。
 スノゥはノクトの言いたいことは「わかってる」と短くこたえて、そして「ただの灯りという意味じゃねぇよ」と続けた。

「この周囲には家はない、くらい夜道が続くだろう。そこに温かな色が揺れてるのが見えりゃ、ひとりで夜道をゆく奴は“少し”ホッとするんじゃないか……と思っただけだ」

 その赤い唇に浮かんだ笑みは“少し”寂しげにノクトには見えた。

「別にそんなにこだわってる訳じゃない。ずっと夜中に灯りを……ってのが手間がかかるなら……」
「いや、そのような面倒なものではない。そもそもが魔道具だ。まして、それがお前の希望というならば取り入れよう」

 「お前と暮らす館だ」とノクトが告げれば、スノゥは今さらそれに気付いたようにぱちぱちと長いまつげをしばたかせて「そうか、あんたとこの胎の子と暮らす家だったな……」とつぶやく。

「なら、ワガママついでに灯りは家の中で灯すように、温かな色にしてくれ」

 本来、街道を照らすような街路は、遠くまで光りが届くように白が魔石の色そのままの青が基本だ。家の灯りはそれでは殺風景だと、スノゥのいうように暖色系の黄色いものに変えられるが。

「ああ、わかった」

 ノクトは意味もわからずうなずいたのだった。
 その意味がわかるのは、もっとずっとあとの事だった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 視察にしておとずれた街は、祭りの真っ最中だった。夜通し騒ぐ大通りは出店であふれて、明るい光が真昼のように輝いていた。
 その大通りを抜けた住宅街の街路へと入れば、喧騒は遠ざかり灯りもまた落ち着いたものになる。

 それでも各自の家も祭を祝っているのか、あちこちから温かな光にごちそうの匂い、そして家族の笑い声が漏れ聞こえてきた。
 そんな道をスノゥが先に立って歩き、目を細める。「いいな」とつぶやくのに、ノクトも素直に「ああ」と返した。
 温かな家族の団らん。その幸せの本当の意味を知ったのは、もちろんこの年上の伴侶を得てからだ。それからすぐに持った子供達も。
 それが待つ家に帰る温かさ。ともに同じ食事をし、話し、たわいないことで笑いあう歓び。

「昔はな、この温かな灯りを見るといいな……とも思ったが、少し寂しくなったもんだ」

 スノゥがいう“昔”とは放浪時代のことだろう。駆け出しの冒険者の頃は、身よりもなく最弱といわれた兎族だ。あまり多くは語らないがそうとうに苦労しただろう。「いつも腹を空かせていた」と本人も語っていた。

「宿代なんてない。日が暮れたばかりの夜の街を足早に通り抜けた。こんな風に家々から明かりか漏れて、祭りの日の陽気さはないが、それでも家族が話し合う声が聞こえた」

 「俺には帰る場所なんて、もうなかったからな」とスノゥはつぶやく。
 十三で母を殺され幽閉されていた離宮を飛び出したスノゥには、たしかに戻るべき温かな家などなかった。彼はノクトに出会うまでずっと、目的地などない放浪の旅をひとり続けていた。

「まあ、それでもそんな温かな光をうらやましいと思いながらも、どこか、ほっ……としていたんだ。あそこには俺には全く関係ないけれど、人が暮らしていて笑いあっている」

 そんな灯りを見て“少し”胸が温まったような気になった。空きっ腹も満ちた気になって、夜の街道の森を目指して抜けたと、スノゥが続けたのにノクトは気付く。
 大公邸の門に輝く温かな灯りを。
 自分達がいない今も、あの灯りはそこを通り過ぎる旅人の心を癒しているのかもしれない。いつかの彼のように、ひとり道を行く者の。

「スノゥ……」

 ノクトは思わず先を行くその背中に手を伸ばして、後ろから抱きしめた。昼間の人の行き交う往路ならば「なにをしやがる」と照れて振り払うだろうが、今は人も通らぬ夜道だ。スノゥも大人しく伴侶の腕の中に収まった。

「街の灯りがなくなったって、俺は夜目が利く。暗い道も怖くはなかったが……ああ、今日も共に道を行ってくれる“道連れ”が輝いているな」

 スノゥが空を見上げる。そこには丸い月が輝いていた。「お月様だけは満ちても欠けても、そこにあるな」と彼はつぶやく。
 そして、ノクトの腕の中でくるりと振り返り、彼の顔を見つめる。

「でも、今は欠けることのない月が、いつも俺を見てる。それも二つもな」

 スノゥの見つめるノクトの瞳には、銀月色の瞳が輝いていた。スノゥを真っ直ぐ見つめて。

「私はお前から離れることはない。ひとりにさせることもない」

 ノクトの言葉にスノゥは無言で唇を寄せて、二つの唇が重なりあう。
 月の下での長い長い口づけ。
 スノゥはすい……とはなれると照れたように背を向けて「さあ、今夜の俺達の宿に戻ろうぜ」と告げた。



 大公家の門はそれからもずっと夜には温かな灯りが輝き続けているという。
 そこをひとり通るかもしれない旅人のために。





※先のSSSにもはいっている小話をもう少し長めの短編にしてみました。米津玄師さんの「月を見ていた」を聞きながら思いついたお話です。FF16もやりましたがこの曲がかかったところでめちゃめちゃ号泣……アクションダメなんでオートに頼りきりでしたが、ストーリーは本当によく、またもう一度通しでやりたいぐらいです。

スノゥの幸せを願って書きました。もちろん、今ではひとりで道をいっていたスノゥにはたくさんの家族がいるのですが……。




しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

子を成せ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。 「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」 リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。