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SSS小話置き場
双月とともに
しおりを挟むノクトがグロースター公爵位を受けて、王都の郊外に広大な邸宅を構えるとなったとき、その家の希望を聞かれてスノゥは「俺は寝られる場所がありゃいい」といかにも彼らしい言葉を告げた。
それでもノクトが「なにかないのか?」と訊ねればスノゥは少し考えて、そして少し膨らみ始めた腹を愛おしげになでて、ぽつりと言った。
「門に灯りを絶やさないで欲しい」
「灯りを?」
ノクトはいぶかしげな顔となる。夕刻に近い時間ならばともかく、夜となれば灯りをおとすものだ。深夜まで賑わう王都の酒場などが集中する繁華街ならともかくだ。
サンドリゥムは治安がよく、防犯のため……というのも理由にならない。そもそも公爵邸にも警備兵が詰めることになっているのだ。もちろん門にもだが、それでも夜にこうこうと灯りを照らすというのは。
「新しい公爵邸の前の道は王都から、次の街へと抜ける街道に面しているだろう? 門の前を通り過ぎれば、次は灯り一つない暗い森だ」
「夜道を急ぐような旅人のためにか? しかし、お前が言うとおり森に入れば暗闇だぞ。その暗闇も私達のような者には関係ない」
そう種族によってではあるが夜目が利く者がいる。スノゥやノクト達純血種にいたっては全員が暗闇でも目が見える物達ばかりだ。
それに灯りが必要な者達には魔道具のランタンがあった。こちらもそう高価なものでもなく、旅の必需品だ。
スノゥはノクトの言いたいことは「わかってる」と短くこたえて、そして「ただの灯りという意味じゃねぇよ」と続けた。
「この周囲には家はない、くらい夜道が続くだろう。そこに温かな色が揺れてるのが見えりゃ、ひとりで夜道をゆく奴は“少し”ホッとするんじゃないか……と思っただけだ」
その赤い唇に浮かんだ笑みは“少し”寂しげにノクトには見えた。
「別にそんなにこだわってる訳じゃない。ずっと夜中に灯りを……ってのが手間がかかるなら……」
「いや、そのような面倒なものではない。そもそもが魔道具だ。まして、それがお前の希望というならば取り入れよう」
「お前と暮らす館だ」とノクトが告げれば、スノゥは今さらそれに気付いたようにぱちぱちと長いまつげをしばたかせて「そうか、あんたとこの胎の子と暮らす家だったな……」とつぶやく。
「なら、ワガママついでに灯りは家の中で灯すように、温かな色にしてくれ」
本来、街道を照らすような街路は、遠くまで光りが届くように白が魔石の色そのままの青が基本だ。家の灯りはそれでは殺風景だと、スノゥのいうように暖色系の黄色いものに変えられるが。
「ああ、わかった」
ノクトは意味もわからずうなずいたのだった。
その意味がわかるのは、もっとずっとあとの事だった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
視察にしておとずれた街は、祭りの真っ最中だった。夜通し騒ぐ大通りは出店であふれて、明るい光が真昼のように輝いていた。
その大通りを抜けた住宅街の街路へと入れば、喧騒は遠ざかり灯りもまた落ち着いたものになる。
それでも各自の家も祭を祝っているのか、あちこちから温かな光にごちそうの匂い、そして家族の笑い声が漏れ聞こえてきた。
そんな道をスノゥが先に立って歩き、目を細める。「いいな」とつぶやくのに、ノクトも素直に「ああ」と返した。
温かな家族の団らん。その幸せの本当の意味を知ったのは、もちろんこの年上の伴侶を得てからだ。それからすぐに持った子供達も。
それが待つ家に帰る温かさ。ともに同じ食事をし、話し、たわいないことで笑いあう歓び。
「昔はな、この温かな灯りを見るといいな……とも思ったが、少し寂しくなったもんだ」
スノゥがいう“昔”とは放浪時代のことだろう。駆け出しの冒険者の頃は、身よりもなく最弱といわれた兎族だ。あまり多くは語らないがそうとうに苦労しただろう。「いつも腹を空かせていた」と本人も語っていた。
「宿代なんてない。日が暮れたばかりの夜の街を足早に通り抜けた。こんな風に家々から明かりか漏れて、祭りの日の陽気さはないが、それでも家族が話し合う声が聞こえた」
「俺には帰る場所なんて、もうなかったからな」とスノゥはつぶやく。
十三で母を殺され幽閉されていた離宮を飛び出したスノゥには、たしかに戻るべき温かな家などなかった。彼はノクトに出会うまでずっと、目的地などない放浪の旅をひとり続けていた。
「まあ、それでもそんな温かな光をうらやましいと思いながらも、どこか、ほっ……としていたんだ。あそこには俺には全く関係ないけれど、人が暮らしていて笑いあっている」
そんな灯りを見て“少し”胸が温まったような気になった。空きっ腹も満ちた気になって、夜の街道の森を目指して抜けたと、スノゥが続けたのにノクトは気付く。
大公邸の門に輝く温かな灯りを。
自分達がいない今も、あの灯りはそこを通り過ぎる旅人の心を癒しているのかもしれない。いつかの彼のように、ひとり道を行く者の。
「スノゥ……」
ノクトは思わず先を行くその背中に手を伸ばして、後ろから抱きしめた。昼間の人の行き交う往路ならば「なにをしやがる」と照れて振り払うだろうが、今は人も通らぬ夜道だ。スノゥも大人しく伴侶の腕の中に収まった。
「街の灯りがなくなったって、俺は夜目が利く。暗い道も怖くはなかったが……ああ、今日も共に道を行ってくれる“道連れ”が輝いているな」
スノゥが空を見上げる。そこには丸い月が輝いていた。「お月様だけは満ちても欠けても、そこにあるな」と彼はつぶやく。
そして、ノクトの腕の中でくるりと振り返り、彼の顔を見つめる。
「でも、今は欠けることのない月が、いつも俺を見てる。それも二つもな」
スノゥの見つめるノクトの瞳には、銀月色の瞳が輝いていた。スノゥを真っ直ぐ見つめて。
「私はお前から離れることはない。ひとりにさせることもない」
ノクトの言葉にスノゥは無言で唇を寄せて、二つの唇が重なりあう。
月の下での長い長い口づけ。
スノゥはすい……とはなれると照れたように背を向けて「さあ、今夜の俺達の宿に戻ろうぜ」と告げた。
大公家の門はそれからもずっと夜には温かな灯りが輝き続けているという。
そこをひとり通るかもしれない旅人のために。
※先のSSSにもはいっている小話をもう少し長めの短編にしてみました。米津玄師さんの「月を見ていた」を聞きながら思いついたお話です。FF16もやりましたがこの曲がかかったところでめちゃめちゃ号泣……アクションダメなんでオートに頼りきりでしたが、ストーリーは本当によく、またもう一度通しでやりたいぐらいです。
スノゥの幸せを願って書きました。もちろん、今ではひとりで道をいっていたスノゥにはたくさんの家族がいるのですが……。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
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