137 / 213
SSS小話置き場
街で噂の雪の踊り子 その2
しおりを挟む「五億だと!?」「二億でもとんでもないのに、五億?」「いままでの最高額だぞ」「正気か?」と客席にざわめきが広がる。
「五億とはまことにございますか?」
オークションを取り仕切っていたピカピカのお仕着せをきた、鼻の下の黒髭だけは上品な猫族の男が、客席で声をあげた男に近寄って確認する。艶やかな長い黒髪、黒い狼の耳に尻尾の男は黒の仮面で目元を隠していた。もっとも、これはオークションの参加者全員であったが。いずれも己の身元を隠す為だ。
「五億出すと私は言ったはずだが?」
「しかし……」
本当に五億など出せるのか? と猫族の黒髭男は半信半疑のようだった。
「こちらでも信用できないかね?」
仮面の黒狼……としておこう……の横にいた、こちらは黒い短髪を後ろになでつけた同じく黒の犬耳、そしてもちろん目元は仮面を覆っている。彼が一枚の羊皮紙の紙を突き出す。それに猫族の髭男はくわっと目を見開く。
「こ、これは商都ガトラムル金貨保証の魔法小切手……し、しかも、金額の上限なしの印のうえに無記名!」
魔法小切手は使用すれば、その額の金貨がたちどころに転送されてくるという便利なものだ。さらに無記名というのは、誰が誰に金貨を送ったのか足がつかない。まあ、闇取引の温床ではあるが、それが残っているのは、国同士もまた、そういう取引が必要なことがあるからだ。
とはいえ、その高額無記名の魔法小切手の使用許可というのは、すべて商都の首領の銀の署名がなければ、使用不可というのをこの黒髭の猫男は知っているのだろうか?
ちなみに今のドゥーチェは“黒犬の”と呼ばれた伊達男……いやいや、今は可愛い兎の幼妻の小さな尻尾に敷かれた、誠実な亭主なのだが。
そこにガハハと豪快な笑い声が響く。
「うちの旦那にとっては五億なんてはした金も同然だ。そちらがお望みなら、本気で十億だつてだすぞ」
そう言ったのはこちらも目元に画面をつけた、黒い耳に黒い尻尾という珍しい毛色の虎族の男。その大柄な体格も言動もいかにも用心棒風だ。なかなかの演技派だな。北の国の王様は……と円形の舞台から見ているスノゥは思う。
しかし、仮面を付けているとはいえ、黒狼に黒犬に黒虎って、これで気付かないのかね? とスノゥは闇オークションの者達と、客席に詰める者達を見て思う。
「で、ではそちらの小切手をこちらに」
「ああ」
黒犬から小切手を受け取った黒狼が、さらさらと五億と書き入れる。俺のお値段は五億か……とスノゥは思ったが、あとから真剣な顔で「お前の値段などつけられるか」と言われた。「五億ごときで……」と自分でつけた値段なのに、どこか悔しそうにいったのが、なんとも不思議だったが。
しかし、金額を書き上げた小切手だが、猫族の男が差し出した手がそれをとろうとした瞬間、黒狼の手がすいとそれから遠ざけた。
「残念だが、お前達にこれをやるわけにはいかん」
「まさか、やはり五億は高すぎるとお心変わりを? しかし、当オークションではいったん落札した“商品”のお買い上げの取り消しは出来ません」
「そうですな。三億とおっしゃられるならば“特例”として認めましょう」とペラペラと猫族の男は続けた。なかなか商売上手のようだが。
「いや、お前達の商売も客達もこれでしまいだと言ったのだ」
そのとたんに、オークション会場の大扉が開かれて、このリゾート地を守る警備兵達が「取締だ!」となだれ混んでくる。
会場は逃げ惑う客や「手入れだ!」だと叫ぶ闇オークションの一味達で騒然となる。
「この野郎!」
「騙しやがったな!」
お決まりのセリフでゴロつきどもが殴りかかってくるのを仮面を投げ捨てたノクトが、剣も使わずに素手のみでたたき伏せていた。まあ剣を使う必要もないだろうが。その横で黒犬のロッシが、華麗なレイピアさばきで、ゴロつき二人の急所を素早くついている。そして、黒虎の大王様はガハハ! と笑いながら、同時に三人をぶちのめしていた。……あいつら命あるかな?
逃げようと唯一の出入り口に殺到した客達は、警備兵達にことごとく捕らえられていた。しかし、上客なのだろう舞台近くの客は「こちらへ」と闇オークションの者達に案内されて、舞台裏への出口へと誘導され抜け出す。
しかし。
「そう、簡単に逃げられると思うなよ!」
「同じく思うなよ!」
黒い兎の隣で、暁色の小さな兎が続けていう。翻る白いムチは、逃げようとした客達の足に絡みついて逃げられないように引き戻す。飛びかかろうとしたゴロつき共も、ムチの一閃で空高く吹っ飛ばされた。
こちらにもこの街の警備兵がついていたのだが、可憐? な兎たちの猛攻にあぜんとしている。二人は顔をみあわせて「ちょっとやりすぎちゃったかな?」とてへへと笑った。
さて、会場内。黒い三人にぶちのめされた腕に覚えがあるはずの闇オークションの者達を見て、舞台袖にいた他の物達が、舞台の中央にいるスノゥに殺到する。
「この踊り子がどうなってもいいのか?」
「大人しくしやがれ!」
自分に向かい殺到してくる男達に、はてどうしようか? とスノゥが考えたのは一瞬。
素手や足でかるくいなせる相手だ。
しかし、今の自分の両手には扇がある。
これを利用しない手はない。
トントンとステップを踏んで、風の魔力の旋律をその赤い唇ののせる。そして、四方八方からとびかかってくる男達に向かい。
花開くように二つの尾大きな扇が翻った。
それは一つの華麗な舞の型。
銀月の瞳で黒狼がじっとそれを見つめ、黒犬が「これは素晴らしい」とつぶやく。そして黒虎はひゅう~と口笛をふく。
四方に散らばって伸びている男達をスノゥは眺めた。そのかなりの高さがある舞台へと、ひょいと黒狼、ノクトが飛び乗ってきた。
「見事な舞であったな」
「今のか? さっきのか?」
「両方だ」
「なんだ見ていたのか」
「初めからな。さて、その衣装はなんだ?」
「これに着替えろって言われたからな」
「着替える必要があったのか? そもそもなぜ“ワザ”と捕まった?」
「そりゃ、アーテルやザリアじゃやり過ぎちまうかもしないし、俺が適任だろう? おかげで闇の奴隷取引なんてしてる奴らを一網打尽に……」
そこで言葉が途切れたのは、ノクトがスノゥをひょいと肩に担ぎ上げたからだ。
「話は館にもどってから“一晩かけて”じっくり聞くことにしよう」
「…………」
こりゃ、朝まで眠れねぇな……とスノゥはちょっと遠い目になった。
さて、一網打尽にされた闇奴隷商人とその客達だが、みな口々に言い逃れしようとしているところを「ザリアのお歌を聴いてね~」のひと言のあとに阿鼻叫喚の地獄になったという。
お仕置き編につづきます~w
51
作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
【同一作者の作品】
『チンチラおじさん転生~ゲージと回し車は持参してきた!~』
ハズレ勇者のモップ頭王子×チンチラに異世界転生しちゃった英国紳士風おじさま。
『みにくい凶王は帝王の鳥籠【ハレム】で溺愛される』
銀獅子と呼ばれる美しい帝王×ハレムに閉じこめられた醜いあひるの子の凶王
【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~
【完結】どうも魔法少女(おじさん)です。
【完結】断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
【同一作者の作品】
『チンチラおじさん転生~ゲージと回し車は持参してきた!~』
ハズレ勇者のモップ頭王子×チンチラに異世界転生しちゃった英国紳士風おじさま。
『みにくい凶王は帝王の鳥籠【ハレム】で溺愛される』
銀獅子と呼ばれる美しい帝王×ハレムに閉じこめられた醜いあひるの子の凶王
【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~
【完結】どうも魔法少女(おじさん)です。
【完結】断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました
お気に入りに追加
2,818
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!
華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
子を成せ
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。
「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」
リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。