ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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SSS小話置き場

街で噂の雪の踊り子 その2

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 「五億だと!?」「二億でもとんでもないのに、五億?」「いままでの最高額だぞ」「正気か?」と客席にざわめきが広がる。

「五億とはまことにございますか?」

 オークションを取り仕切っていたピカピカのお仕着せをきた、鼻の下の黒髭だけは上品な猫族の男が、客席で声をあげた男に近寄って確認する。艶やかな長い黒髪、黒い狼の耳に尻尾の男は黒の仮面で目元を隠していた。もっとも、これはオークションの参加者全員であったが。いずれも己の身元を隠す為だ。

「五億出すと私は言ったはずだが?」
「しかし……」

 本当に五億など出せるのか? と猫族の黒髭男は半信半疑のようだった。

「こちらでも信用できないかね?」

 仮面の黒狼……としておこう……の横にいた、こちらは黒い短髪を後ろになでつけた同じく黒の犬耳、そしてもちろん目元は仮面を覆っている。彼が一枚の羊皮紙の紙を突き出す。それに猫族の髭男はくわっと目を見開く。

「こ、これは商都ガトラムル金貨保証の魔法小切手……し、しかも、金額の上限なしの印のうえに無記名!」

 魔法小切手は使用すれば、その額の金貨がたちどころに転送されてくるという便利なものだ。さらに無記名というのは、誰が誰に金貨を送ったのか足がつかない。まあ、闇取引の温床ではあるが、それが残っているのは、国同士もまた、そういう取引が必要なことがあるからだ。

 とはいえ、その高額無記名の魔法小切手の使用許可というのは、すべて商都の首領ドゥーチェの銀の署名がなければ、使用不可というのをこの黒髭の猫男は知っているのだろうか? 
 ちなみに今のドゥーチェは“黒犬の”と呼ばれた伊達男……いやいや、今は可愛い兎の幼妻の小さな尻尾に敷かれた、誠実な亭主なのだが。

 そこにガハハと豪快な笑い声が響く。

「うちの旦那にとっては五億なんてはした金も同然だ。そちらがお望みなら、本気で十億だつてだすぞ」

 そう言ったのはこちらも目元に画面をつけた、黒い耳に黒い尻尾という珍しい毛色の虎族の男。その大柄な体格も言動もいかにも用心棒風だ。なかなかの演技派だな。北の国の王様は……と円形の舞台から見ているスノゥは思う。
 しかし、仮面を付けているとはいえ、黒狼に黒犬に黒虎って、これで気付かないのかね? とスノゥは闇オークションの者達と、客席に詰める者達を見て思う。

「で、ではそちらの小切手をこちらに」
「ああ」

 黒犬から小切手を受け取った黒狼が、さらさらと五億と書き入れる。俺のお値段は五億か……とスノゥは思ったが、あとから真剣な顔で「お前の値段などつけられるか」と言われた。「五億ごときで……」と自分でつけた値段なのに、どこか悔しそうにいったのが、なんとも不思議だったが。
 しかし、金額を書き上げた小切手だが、猫族の男が差し出した手がそれをとろうとした瞬間、黒狼の手がすいとそれから遠ざけた。

「残念だが、お前達にこれをやるわけにはいかん」
「まさか、やはり五億は高すぎるとお心変わりを? しかし、当オークションではいったん落札した“商品”のお買い上げの取り消しは出来ません」

 「そうですな。三億とおっしゃられるならば“特例”として認めましょう」とペラペラと猫族の男は続けた。なかなか商売上手のようだが。

「いや、お前達の商売も客達もこれでしまいだと言ったのだ」

 そのとたんに、オークション会場の大扉が開かれて、このリゾート地を守る警備兵達が「取締だ!」となだれ混んでくる。
 会場は逃げ惑う客や「手入れだ!」だと叫ぶ闇オークションの一味達で騒然となる。

「この野郎!」
「騙しやがったな!」

 お決まりのセリフでゴロつきどもが殴りかかってくるのを仮面を投げ捨てたノクトが、剣も使わずに素手のみでたたき伏せていた。まあ剣を使う必要もないだろうが。その横で黒犬のロッシが、華麗なレイピアさばきで、ゴロつき二人の急所を素早くついている。そして、黒虎の大王様はガハハ! と笑いながら、同時に三人をぶちのめしていた。……あいつら命あるかな? 
 逃げようと唯一の出入り口に殺到した客達は、警備兵達にことごとく捕らえられていた。しかし、上客なのだろう舞台近くの客は「こちらへ」と闇オークションの者達に案内されて、舞台裏への出口へと誘導され抜け出す。

 しかし。

「そう、簡単に逃げられると思うなよ!」
「同じく思うなよ!」

 黒い兎の隣で、暁色の小さな兎が続けていう。翻る白いムチは、逃げようとした客達の足に絡みついて逃げられないように引き戻す。飛びかかろうとしたゴロつき共も、ムチの一閃で空高く吹っ飛ばされた。
 こちらにもこの街の警備兵がついていたのだが、可憐? な兎たちの猛攻にあぜんとしている。二人は顔をみあわせて「ちょっとやりすぎちゃったかな?」とてへへと笑った。

 さて、会場内。黒い三人にぶちのめされた腕に覚えがあるはずの闇オークションの者達を見て、舞台袖にいた他の物達が、舞台の中央にいるスノゥに殺到する。

「この踊り子がどうなってもいいのか?」
「大人しくしやがれ!」

 自分に向かい殺到してくる男達に、はてどうしようか? とスノゥが考えたのは一瞬。

 素手や足でかるくいなせる相手だ。
 しかし、今の自分の両手には扇がある。
 これを利用しない手はない。

 トントンとステップを踏んで、風の魔力の旋律をその赤い唇ののせる。そして、四方八方からとびかかってくる男達に向かい。
 花開くように二つの尾大きな扇が翻った。
 それは一つの華麗な舞の型。
 銀月の瞳で黒狼がじっとそれを見つめ、黒犬が「これは素晴らしい」とつぶやく。そして黒虎はひゅう~と口笛をふく。
 四方に散らばって伸びている男達をスノゥは眺めた。そのかなりの高さがある舞台へと、ひょいと黒狼、ノクトが飛び乗ってきた。

「見事な舞であったな」
「今のか? さっきのか?」
「両方だ」
「なんだ見ていたのか」
「初めからな。さて、その衣装はなんだ?」
「これに着替えろって言われたからな」
「着替える必要があったのか? そもそもなぜ“ワザ”と捕まった?」
「そりゃ、アーテルやザリアじゃやり過ぎちまうかもしないし、俺が適任だろう? おかげで闇の奴隷取引なんてしてる奴らを一網打尽に……」

 そこで言葉が途切れたのは、ノクトがスノゥをひょいと肩に担ぎ上げたからだ。

「話は館にもどってから“一晩かけて”じっくり聞くことにしよう」
「…………」

 こりゃ、朝まで眠れねぇな……とスノゥはちょっと遠い目になった。



 さて、一網打尽にされた闇奴隷商人とその客達だが、みな口々に言い逃れしようとしているところを「ザリアのお歌を聴いてね~」のひと言のあとに阿鼻叫喚の地獄になったという。




   お仕置き編につづきます~w



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