ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
上 下
133 / 213
鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【38】こうして王子様とお姫様は家族になりました

しおりを挟む




 黒に紫の光沢の子狼はシタンと白に銀の光沢の子兎はマグノリアと名付けられた。
 名付けたのはシルヴァだ。うるさいジジイ達二人が口を開く前に、スノゥがいったのだ。

「生まれた子の名前を考えるのは、父親の役目だぞ」

 と。

 そんな訳でシルヴァは別宅の書斎にて、その大きな机が丸めた紙で一杯になるまで考えて、付けたのがこの名前だった。



「とても良い名前です」

 双子を産んだ疲れからまどろんで、目覚めると大好きな人が自分の寝顔を見つめていた。シルヴァは「君に一番最初に告げたくて」と子供達の名前を教えてくれた。
 その銀月の瞳はちょっぴり紅い。窓の外を見れば、朝の柔らかな光が差し込んでいた。産気付いたのは昨日の昼過ぎで、産婆からは「初産なのに安産でしたよ」と告げられたのは深夜近くで、そのままプルプァは眠りについてしまったけれど。

「一晩中お名前を考えていたのですか?」
「子供達の大事な名前だ、寝られないよ」

 それでも少し休んでからでも……とプルプァは思ったが、シルヴァが回りには誰もいないのに、内緒話をするように声をひそめていった。

「早く考えないと二人のお祖父様に先を越されると、母上に言われたんだよ」
「スノゥママンが?」
「そう『二人がどっちが名付けるか揉めているあいだにとっとと名付けてしまえ』ってね」

 プルプァにもカールとデイサインの二人が『ワシが』『ワシが』と言い合っている姿が、容易に想像がついて、ぷっと吹き出した。

「たしかにクランパとお爺さまなら、絶対そうしそう」
「だろう?」

 「お祖父様達に悪気はないんだよ。むしろ、プルプァに御子達のことを大切に思ってる」というシルヴァの言葉にプルプァはクスクス笑いが止まらないままにうなずく。
 そして、不意に自分でもそうと意識せずに、白い頬にころころと真珠のような涙がこぼれる。

「プルプァ?」

 「どこか身体に痛みでも?」と慌てる心配性の夫にプルプァは、ふるふると首を振る。

「嬉しくて、幸せでも涙がでるんですね。シルヴァがいて、御子も……シタンとマグノリアも生まれた」
「プルプァ」
「家族です。あ、もちろん、ママンもノクト大公殿下も、アーテル様にジョーヌ様、ザリア様にブリー様、その愛する方々も、その御子達も、みんなみんな、大きな家族です」

 プルプァは今は亡き、父と母と懐かしく思い出す。マンの湖の城での小さな三人の家族。七歳まで幸せだった。
 たとえ、あの夜の悲劇があろうとも、その輝ける思い出は消えることはない。
 そして、そこから先は闇に閉ざされたようにおぼろげだ。地下に閉じこめられていた自分は、本当に半分死んでいて、その魂は両親の眠る墓の下でまどろんでいたのかもしれない。
 その扉を開いて迎えにきてくれたのは……。

「シルヴァを見たときに、王子様だと思った」

 両親の顔さえ忘れて、自分の名前となぜか繰り返し聞かされたおとぎ話の王子様のお話は覚えていた。
 あれは母の話でもあったのだ。いつか自分を迎え王子様はやってくる。放浪の皇子だった父を母はずっと待っていた。

 どんな思いで待っていたのだろう? 
 ただひたすら暗殺者に狙われ続ける彼の無事を祈っていたのだろう。
 自分の元に戻って来ますように……と。
 そして、いつかは叶わない二人の想いが重なる日を夢見て。

 プルプァを身籠もり生まれて、あの城で暮らしたのはたったの七年。二人が出会った年月を考えるととても短いけれど。
 それでも幸せだったのだ。プルプァを囲んでいつも幸せそうに笑っていた。思い出の中の二人がそう語りかけてくれる。

「あの小さな部屋から連れ出してくれて、二人で初めてみた夜明けの空の色を忘れない。黄金の日が昇って、抜けるような青い空になって……」

 シルヴァが黙ってプルプァの話を聞いている。自分のとりとめない話をいつだって聞いてくれて、それからわからないことは誠実に答えてくれる人。
 初めて見る世界を怖いと思わなかったのは、この人がいつも手を引くだけじゃなくて「大丈夫」と語りかけてくれたからだ。
 そして、これからは手をひかれるのではなく、並んで歩いていきたいと思う。思い出の中の両親のように、吾子達をあいだに挟んでその手をつなぎあって。

「もうシルヴァはプルプァの王子様じゃなくて、愛する人で家族だね。本当は結婚式の日にいうことだけど」

 「よろしくおねがいします」と言えば。

「ああ、これからもよろしく。シタンとマグノリアも一緒だ。ああ、もっと家族は増えるだろうな」

 「増えるの?」とシルヴァの言葉にプルプァが問えば「増やしたくないのかな?」と問われてプルプァは「ううん」と首を振る。

「家族はたくさんいれば、その分だけ幸せは増えるね」

 そして、シルヴァの顔が近づくのに、プルプァは目を閉じた。






しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

子を成せ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。 「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」 リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。