ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
上 下
132 / 213
鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【37】そして産屋は伝説へ~その言葉は以降禁句です~

しおりを挟む
   


 カールとデイサイン、二人のじじバカから、産屋の建て替え代金をすべて出させ、グロースター大公家の財布がいささかも軽くならなかったことを、スノゥは後悔していなかった。
 ただし、どんな建物か確認すべきだったとは思った。

 白亜の小神殿のようだった産屋は、さらになんというか……荘厳になっていた。
 その入り口前の両わきに獅子と狼の彫像が守護獣のごとく鎮座するのは、サンドリゥムとノーマンから金を出してもらったのだし、両国の永遠の友好を現しているともいえる。
 しかし、産屋のドーム型の屋根のてっぺんにあるつぶらな瞳の兎の彫像はなんだ? しかも、なんでその兎の背中に羽があるんだ? 天人はとっくの昔に滅んだぞ。

 そして、中の内装もだった。控えの部屋はごく普通の貴族の館仕様ではあったが、問題は産室だ。産室。
 その壁も天井も純白なのは良いが。壁に彫り込まれた神々のおめでたい神話の数々のモチーフは当代一の彫刻家のものときいて、どれほど金がかかったんだ? と思う。

 さらに新調されたベッドもだ。これもまっ白なのだが、三日月の船みたいな形をしていてなぜか、これまた両わきに羽がはえていた。浮き彫りにされたお星様やお花が大変可愛らしいな……とスノゥは心の中で棒読みした。自分はここで絶対産みたくねぇけど。

 さらに天井側の三日月の尖った先に吊されたモービルはなんだ? くるくると銀色の狼さんと蒼い兎さんが仲良く追いかけっこしている。え? 陣痛の苦しみをこれで少しでも和らげられたら? そりゃ今でも見ていると脱力しそうだけど。
 ちなみに銀狼と蒼兎のだけでなく、紅狼と茶兎に、黒狼に白兎のもあるそうだ。へぇ、ふうん、黒と白のは使われないと思うけどな。

 こんなことを胸のうちでぶつくさいったスノゥだったが、その後、結局お月様に羽が生えた産屋の寝台を使うハメになり、目の前でくるくる追いかけあう白兎と黒狼の姿に。



「あんたが俺が地の果てまで逃げても捕まえるっていうから、諦めてとっ捕まった結果がこれだ!」
「あげく……孕まされていてぇ! いてぇけどガキが、産まれるのは嬉しいけどよ、何度も仕込みやがって! まだ元気なのかよ! この絶倫狼!」



 ……と、陣痛の苦しみにうなる未来は知らない。

 そして毎度のごとく「責任はとる」と扉越し告げることになる、黒狼の勇者だった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 三日月の寝台にプルプァをそっと降ろしたシルヴァは「控えの間でお待ちください」という産婆達に促されて、外へと出ようとした。

「シルヴァ……」

 呼び止められて振り返る。寝台から真っ直ぐ、自分を見つめる菫の大きな瞳。それがみるみる潤んでハラハラと涙をこぼすのに「プルプァ!」とシルヴァは慌てて駆け寄った。必死に伸ばされる白い小さな手を大きな手で包みこむ。

「お、おそばにいてください」
「ああ、プルプァが望むなら」
「はい……これが…プルプァの最期…かもしれま…せん……」
「え?」
「だって、ブルプァのお腹は裂けてしまうの…でしょう……」

 ぐすぐすと泣き出した愛しい伴侶に「そ、そんなことはない」とシルヴァは否定する。が、プルプァはふるふると首を振り。

「だって、シルヴァがあんな青い顔で大声で“プルプァのお腹が裂ける! ”って」

 「吾子のことはよろしくお願いします……」と悲壮な覚悟を込めた表情で告げられて、シルヴァはプルプアの手を取って“いつものように”順を追って丁寧に説明しなければならなかった。
 お産では死なないこと。その証拠に自分を生んだスノゥも、子があるアーテルにザリアにジョーヌ。あんなにたくさん産んでるフリーだって元気ではないかと。

「でも、プルプァ…は……死んで…しまう…のでは……ないでしょう…か? だって……こんな痛く……て………お腹が…裂けてしまっ…た……ら」
「プルプァ、大丈夫だ。お腹は裂けたりしないから!」
「……シルヴァを一人ぼっち…になん…か……したくな…いけど……吾子を…シルヴァ……守って……」
「だから、プルプァ! 腹は裂けない! あれは嘘だ!」
「え? シルヴァ……プルプァに嘘…いったの?」

 それまで儚く消え去りそうな風情でさめざめと泣いていたプルプァだが、痛みも忘れたとばかり目を見開く。シルヴァが「う、嘘とというか……」と珍しくもしどろもどろで。

「プルプァが産気付いて、気が動転してしまったんだ。いつもその大きなお腹がいつ破裂してしまわないか……と心配で。母上からは『風船じゃあるまいし、破裂する訳あるか、バカ者』と怒られたんだが……」

 困り果てた顔のシルヴァの様子に目を丸くしていたプルプァがプッと吹き出した。

「シルヴァもびっくりしちゃうことがあるんだ」
「あるさ。まして君のことだ。慌てるに決まっている。いつまで笑っているんだい?」
「ご、ごめんなさい。だってシルヴァはいつだつて、プルプァに大丈夫っていってくれるから、おかしくて……痛いのも忘れそ……」

 くすくす笑っていたプルプァだが「あ!」と声をあげたとたんに「ほぎゃあ!」と元気な産声があがった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 いささか時間は前後する。

「……今後『腹が割ける』って言葉はうちの狼どもに禁止しないといけないな」

 スノゥがぽつりといった。最近、ショコラとともにエ・ロワールの名物となりつつある、ギモーヴを口に放り込む。雲を食べているようなふわりとした感触のあと、口の中でさあっと溶ける。口いっぱいにイチゴの果汁の味が広がる。他にもシトラスやメロンにマンゴーと色々な味があり、とりどりの色に星や月や花の形のものもあって、目にも楽しい。

「まったく、狼だけでなくライオンだって虎だって禁止ですよ。雄どもときたらこんなときは、まったく役立たず」

 そう答えたのは、プルプァが産気付いたときいて駆けつけたヴィヴィアーヌ。彼女は優雅に溶かした飲み物のショコラがはいているカップを傾ける。

「嗚呼、神々よ。プルプァちゃんを守りたまえ!」
「どうか、我が孫のプルプァの命と御子の健やかな誕生を……」

 控え室のなかでは、カールとデイサインの二人がずっと神々への言葉を必死にくり返している。かなりうるさい。

「なんで、わたし、ここにいるのかしらね?」

 ナーニャがいいながら、白く輝くショコラのケーキを一口。それは三日月の形に羽が生えていた。そう、あの産屋の寝台の形にそっくりだ。エ・ロワールから直送されたそれを最初見たときに、スノゥは嫌みか? と顔をしかめたが。しかし、なかの白のショコラのムースとベリーの甘酸っぱいソースの味は絶品だった。

 のちにこのケーキ。安産祈願や出産祝いのめでたい品として、大陸中で流行るのだが、それはともかく。

 ケーキに罪はないと、スノゥも一口食べながら。

「毎回いってるな、それ。だったら来なけりゃいいだろう?」
「だって、こんな面白いこと見逃せないじゃない? 今回面白いのは産室じゃなくて、そこのじぃじ達だけど」

 「確かにおかしいよね」とこれまた転送陣ですっとんできたアーテル。「うんうん」とうなずくザリア。そのあいだには引っぱられてきたブリーがいて、お花の形のギモーブをもぐもぐと食べていた。
 ちなみにそんなことを言いながらも、産室の様子が心配なのか、アーテルとザリアの手は、ブリーの垂れたお耳をくしくししていた。スノゥもなんとはなしに、自分の片耳をぺこりと倒してくしくししだした。

 くしくしは伝播する。

 そんななかでジョーヌはすずしい顔で、輪切りにして干したオランジュを半分ショコラに浸したものを、優雅に指先で摘まんで食べていた。とはいえ、回りのくしくしにやはり耐えきれずに、金色の垂れたお耳をくしくし出すのだが。
 プルプァの無事な出産を祈り続けていたじぃじ二人だが、兎達がお耳をくしくししだしたのを見て「ここはやはり天国か……」とうわごとめいた言葉も混じり始める。

 そして、その老人達の前に立つ大神官長グルムは「祈りなさい……」と静かに告げた。立ち合いも、ん回目となるとまったく動じなくなるものだ。

 だって大神官長だもの。

 賢者モースはなんだかんだでカールに付き合い。控え室の椅子に座り静かに目を閉じていた。だって大賢者……(以下略)。



 やがて産室から元気な産声が響きわたった。「産まれたか!」とじぃじたちは互いに手を握りしめて歓びあったが、スノゥがすかさずいった。

「まだ次がある」

 実際、先に生まれた狼の仔に続けて、兎の仔も産まれた。純血種同士の仔は双子となる。これももうすでにわかっていることだった。
 産まれたのは、黒の毛並みはノクトそっくりな、光のかげんで紫の色に輝く狼と。
 そして純白の色はスノゥのようで、白銀に輝く毛並みの兎の仔だった。





しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

子を成せ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。 「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」 リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。