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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【37】そして産屋は伝説へ~その言葉は以降禁句です~
しおりを挟むカールとデイサイン、二人のじじバカから、産屋の建て替え代金をすべて出させ、グロースター大公家の財布がいささかも軽くならなかったことを、スノゥは後悔していなかった。
ただし、どんな建物か確認すべきだったとは思った。
白亜の小神殿のようだった産屋は、さらになんというか……荘厳になっていた。
その入り口前の両わきに獅子と狼の彫像が守護獣のごとく鎮座するのは、サンドリゥムとノーマンから金を出してもらったのだし、両国の永遠の友好を現しているともいえる。
しかし、産屋のドーム型の屋根のてっぺんにあるつぶらな瞳の兎の彫像はなんだ? しかも、なんでその兎の背中に羽があるんだ? 天人はとっくの昔に滅んだぞ。
そして、中の内装もだった。控えの部屋はごく普通の貴族の館仕様ではあったが、問題は産室だ。産室。
その壁も天井も純白なのは良いが。壁に彫り込まれた神々のおめでたい神話の数々のモチーフは当代一の彫刻家のものときいて、どれほど金がかかったんだ? と思う。
さらに新調されたベッドもだ。これもまっ白なのだが、三日月の船みたいな形をしていてなぜか、これまた両わきに羽がはえていた。浮き彫りにされたお星様やお花が大変可愛らしいな……とスノゥは心の中で棒読みした。自分はここで絶対産みたくねぇけど。
さらに天井側の三日月の尖った先に吊されたモービルはなんだ? くるくると銀色の狼さんと蒼い兎さんが仲良く追いかけっこしている。え? 陣痛の苦しみをこれで少しでも和らげられたら? そりゃ今でも見ていると脱力しそうだけど。
ちなみに銀狼と蒼兎のだけでなく、紅狼と茶兎に、黒狼に白兎のもあるそうだ。へぇ、ふうん、黒と白のは使われないと思うけどな。
こんなことを胸のうちでぶつくさいったスノゥだったが、その後、結局お月様に羽が生えた産屋の寝台を使うハメになり、目の前でくるくる追いかけあう白兎と黒狼の姿に。
「あんたが俺が地の果てまで逃げても捕まえるっていうから、諦めてとっ捕まった結果がこれだ!」
「あげく……孕まされていてぇ! いてぇけどガキが、産まれるのは嬉しいけどよ、何度も仕込みやがって! まだ元気なのかよ! この絶倫狼!」
……と、陣痛の苦しみにうなる未来は知らない。
そして毎度のごとく「責任はとる」と扉越し告げることになる、黒狼の勇者だった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
三日月の寝台にプルプァをそっと降ろしたシルヴァは「控えの間でお待ちください」という産婆達に促されて、外へと出ようとした。
「シルヴァ……」
呼び止められて振り返る。寝台から真っ直ぐ、自分を見つめる菫の大きな瞳。それがみるみる潤んでハラハラと涙をこぼすのに「プルプァ!」とシルヴァは慌てて駆け寄った。必死に伸ばされる白い小さな手を大きな手で包みこむ。
「お、おそばにいてください」
「ああ、プルプァが望むなら」
「はい……これが…プルプァの最期…かもしれま…せん……」
「え?」
「だって、ブルプァのお腹は裂けてしまうの…でしょう……」
ぐすぐすと泣き出した愛しい伴侶に「そ、そんなことはない」とシルヴァは否定する。が、プルプァはふるふると首を振り。
「だって、シルヴァがあんな青い顔で大声で“プルプァのお腹が裂ける! ”って」
「吾子のことはよろしくお願いします……」と悲壮な覚悟を込めた表情で告げられて、シルヴァはプルプアの手を取って“いつものように”順を追って丁寧に説明しなければならなかった。
お産では死なないこと。その証拠に自分を生んだスノゥも、子があるアーテルにザリアにジョーヌ。あんなにたくさん産んでるフリーだって元気ではないかと。
「でも、プルプァ…は……死んで…しまう…のでは……ないでしょう…か? だって……こんな痛く……て………お腹が…裂けてしまっ…た……ら」
「プルプァ、大丈夫だ。お腹は裂けたりしないから!」
「……シルヴァを一人ぼっち…になん…か……したくな…いけど……吾子を…シルヴァ……守って……」
「だから、プルプァ! 腹は裂けない! あれは嘘だ!」
「え? シルヴァ……プルプァに嘘…いったの?」
それまで儚く消え去りそうな風情でさめざめと泣いていたプルプァだが、痛みも忘れたとばかり目を見開く。シルヴァが「う、嘘とというか……」と珍しくもしどろもどろで。
「プルプァが産気付いて、気が動転してしまったんだ。いつもその大きなお腹がいつ破裂してしまわないか……と心配で。母上からは『風船じゃあるまいし、破裂する訳あるか、バカ者』と怒られたんだが……」
困り果てた顔のシルヴァの様子に目を丸くしていたプルプァがプッと吹き出した。
「シルヴァもびっくりしちゃうことがあるんだ」
「あるさ。まして君のことだ。慌てるに決まっている。いつまで笑っているんだい?」
「ご、ごめんなさい。だってシルヴァはいつだつて、プルプァに大丈夫っていってくれるから、おかしくて……痛いのも忘れそ……」
くすくす笑っていたプルプァだが「あ!」と声をあげたとたんに「ほぎゃあ!」と元気な産声があがった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
いささか時間は前後する。
「……今後『腹が割ける』って言葉はうちの狼どもに禁止しないといけないな」
スノゥがぽつりといった。最近、ショコラとともにエ・ロワールの名物となりつつある、ギモーヴを口に放り込む。雲を食べているようなふわりとした感触のあと、口の中でさあっと溶ける。口いっぱいにイチゴの果汁の味が広がる。他にもシトラスやメロンにマンゴーと色々な味があり、とりどりの色に星や月や花の形のものもあって、目にも楽しい。
「まったく、狼だけでなくライオンだって虎だって禁止ですよ。雄どもときたらこんなときは、まったく役立たず」
そう答えたのは、プルプァが産気付いたときいて駆けつけたヴィヴィアーヌ。彼女は優雅に溶かした飲み物のショコラがはいているカップを傾ける。
「嗚呼、神々よ。プルプァちゃんを守りたまえ!」
「どうか、我が孫のプルプァの命と御子の健やかな誕生を……」
控え室のなかでは、カールとデイサインの二人がずっと神々への言葉を必死にくり返している。かなりうるさい。
「なんで、わたし、ここにいるのかしらね?」
ナーニャがいいながら、白く輝くショコラのケーキを一口。それは三日月の形に羽が生えていた。そう、あの産屋の寝台の形にそっくりだ。エ・ロワールから直送されたそれを最初見たときに、スノゥは嫌みか? と顔をしかめたが。しかし、なかの白のショコラのムースとベリーの甘酸っぱいソースの味は絶品だった。
のちにこのケーキ。安産祈願や出産祝いのめでたい品として、大陸中で流行るのだが、それはともかく。
ケーキに罪はないと、スノゥも一口食べながら。
「毎回いってるな、それ。だったら来なけりゃいいだろう?」
「だって、こんな面白いこと見逃せないじゃない? 今回面白いのは産室じゃなくて、そこのじぃじ達だけど」
「確かにおかしいよね」とこれまた転送陣ですっとんできたアーテル。「うんうん」とうなずくザリア。そのあいだには引っぱられてきたブリーがいて、お花の形のギモーブをもぐもぐと食べていた。
ちなみにそんなことを言いながらも、産室の様子が心配なのか、アーテルとザリアの手は、ブリーの垂れたお耳をくしくししていた。スノゥもなんとはなしに、自分の片耳をぺこりと倒してくしくししだした。
くしくしは伝播する。
そんななかでジョーヌはすずしい顔で、輪切りにして干したオランジュを半分ショコラに浸したものを、優雅に指先で摘まんで食べていた。とはいえ、回りのくしくしにやはり耐えきれずに、金色の垂れたお耳をくしくし出すのだが。
プルプァの無事な出産を祈り続けていたじぃじ二人だが、兎達がお耳をくしくししだしたのを見て「ここはやはり天国か……」とうわごとめいた言葉も混じり始める。
そして、その老人達の前に立つ大神官長グルムは「祈りなさい……」と静かに告げた。立ち合いも、ん回目となるとまったく動じなくなるものだ。
だって大神官長だもの。
賢者モースはなんだかんだでカールに付き合い。控え室の椅子に座り静かに目を閉じていた。だって大賢者……(以下略)。
やがて産室から元気な産声が響きわたった。「産まれたか!」とじぃじたちは互いに手を握りしめて歓びあったが、スノゥがすかさずいった。
「まだ次がある」
実際、先に生まれた狼の仔に続けて、兎の仔も産まれた。純血種同士の仔は双子となる。これももうすでにわかっていることだった。
産まれたのは、黒の毛並みはノクトそっくりな、光のかげんで紫の色に輝く狼と。
そして純白の色はスノゥのようで、白銀に輝く毛並みの兎の仔だった。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
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