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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【34】真実と悲劇と罪
しおりを挟む結婚式の日取りは一月後と決まった。本当はプルプァの誕生日から半年後だった。かなりの前倒しではあるが婚礼衣装などは半ば出来ているから問題ないだろう。
サンドリゥムのほうから『お針子総動員よ! 』という野太いマダムの声の幻聴が聞こえるにしろ。
「それからもう一つだ」
デイサインが口を開く。「ミーリアのことだ」とその名前にシルヴァの眉間にしわがより、プルプァの大好きなシードクッキーを食べようとした手が止まる。
ミーリアはデイサインの娘で、プルプァをオルハン帝国へと飛ばす転送石を投げつけたのだった。これまでノーマンで開かれた、お茶会や夜会で数度しか合わなかったが、プルプァには常ににこやかな顔で話しかけてくれた。
実はデイサインとヴィヴィアーヌの再婚には、ノーマン帝国の王族貴族からの反発が少なからずあったのだ。その孫でありながら王子の称号を与えられたプルプァにも。
プルプァの背後にはサンドリゥム国もついているし、自滅した聖ロマーヌの前女王の例もあるから、表立って敵対する者達はいなかった。けれどプルプァにもわかるほど、よそよそしい態度の王族、貴族達がいたことも確かだ。無表情に形ばかりの挨拶。とくにお年寄り達。
ノーマンの年寄りは頭の固い頑固者で困る……と、デイサインのグラン・パが苦笑しながら「すまんな」とプルプァに謝ってくれた。プルプァは別に気にしていないと首を振ったけれど。カールのお爺さまがすかさず「その年寄りには大帝殿も含まれておりますぞ」なんていって「そっちこそ、大狸だろうが!」「ワシは狼だといっておりますぞ」と言い争いになっていた。
あのライオンさんと狼さんの椅子にまたがりながら。
それはともかく、プルプァに対して常ににこやかで親切な態度をとり続けていたミーリアが、どうしてあんなことをしたのか? は気になる。
「まずはプルプァの救出が先であったからな。ミーリアことは後回しとなった。そなた達が帰ってきて、寝室にこもったあと、ワシと“立会人”としてカールを連れて、あれの閉じこめられている王城の塔の上に向かった」
語るデイサインの表情はとても苦々しいものだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
プルプァの両親が帝国アサシンの襲撃によって殺され、プルプァが行方不明となった。その事件の詳細を聞いたときに、話したヴィヴィアーヌに対して、カールが一度訊ねている。
「ノーマン帝国の王城より、女侯爵の城館までは転送陣で一瞬だろうに、なぜ移動が陸路となった?」
確かにおかしいことだった。プルプァが幼い頃とはいえ、すでに転送陣の技術は確立していた。それがアサシンに狙われているがわかっていて、危険な夜の森を移動したのか?
「転送陣に不具合が起きたの」とだけヴィヴィアーヌは告げた。それ以上語らぬ彼女にカールも周囲も、それとなく察して訊ねることはなかった。
国同士の陰謀というのは闇が深いものだ。それこそ明かせぬことも多い。
「マンの島から対岸の町の転送陣を使い、ノーマンの王城へ。そこからヴィヴィアーヌの城館に跳ぶ予定だったが、なぜかその対岸の町の転送陣が“誤作動”して、大陸側のノーマンの領土へと飛ばされたのだ。それもすぐ近くに転送陣の施設もない、女侯爵領と隣接する森近くへとな。
“単なる事故”と当初は思われた。ツィーゲとその護衛とて慌てはしたが、逆にここまできたならばアサシン達に気付かれずに女侯爵領に移動したほうが……と思って当然だ」
「だが、それは単なる事故ではなく“内通者”がいた。そうだな?」
王城の塔の螺旋階段をデイサインのあとに続いて昇りながらカールが訊ねる。デイサインが「そうだ」と答える。
「ワシがツィーゲ家族の保護と警備を任せていたのは、ミーリアの孫のルパートだ。王国騎士団の副団長で五番隊を率いていた。アサシンの襲撃を受けたときも自らの部下も伴い、ツィーゲ達についていた。
そして、襲撃を受けたとの知らせをヴィヴィアーヌの城へ届けたのも奴だ。あの襲撃で生き残ったのは、ルパートと伴った二人の騎士だけだ」
「で、そのルパートは?」
「……死んだ。“表向き”は自死となっている。王宮ではまことしやかに、ワシが愛していた娘と婿が死に、さらに孫も行方不明となった。その責を厳しく問われたが故に、責任をとって自決したという噂が流れてるがな」
「“表向き”と“噂”か……」
デイサインは塔の最上階の部屋へと着く。扉の前に立っていた衛兵二人が鍵を開く。カールとともになかにはいる。
天蓋付きのベッドに調度が整えられた部屋。その椅子にミーリアが静かに座っていた。
「ワシがルパートを死に追いやったと恨んだか?」
デイサインが訊ねれば「ええ」とミーリアがうなずく。
「プルプァ王子もわたくしの愛するルパートも、お父様、あなたにとってはご自分の血を引いた曾孫と孫のはず。なのになぜルパートはあなたに責められて死に、あの王子は皆に祝福されて幸せになるなんて許せません!」
「それで二年も笑顔の仮面を被り続け、周囲を騙し続けてきたとはな。帝国から話を持ちかけられか?」
「わたくしから動きました。新スルタン即位のお祝いにとプルプァ王子をそちらに“お輿入れ”させたいと書簡をお送りしましたら、あちらは大喜びで転送石をよこしてきましたわ」
転送石に関しても彼女が考えたのだという。スノゥがルース国に拉致された顛末は内密にされてはいる。が、秘密の話ほど実のところどこかに漏れやすいものだ。
それにシルヴァとアーテルが簡易の転送陣の魔道具にて、ルース国に誘拐された話は野外劇場という衆人の目がある場所で隠しようもない。
「さすが獅子帝王の娘というべきか? ミーリア」
そうデイサインは冷たい顔で自分を見上げる娘を“褒めた”あとに告げた。
「ルパートも帝国に内通しておった」
とたんにミーリアが顔色を変える。
「嘘です!」
「ここでワシが嘘をいうかどうか、お前にはよくわかっているだろう、愛しい娘よ。ルパートの真実をお前に告げなかったのはワシの甘さよ。
あれはお前のような“勇ましい”理由で帝国に内通したのではない。帝国に仕掛けられた娼婦の身体に溺れたあげく、かの国にはびこる麻薬の味まで共に覚えて溺れたのだ」
「あ、ああ……」とミーリアが椅子から崩れ落ちる。それにデイサインは淡々と続ける。
「あれが死んだのは麻薬の過剰摂取だ。ワシはツィーゲ一家が亡くなった責はあれに問うことはなかった。しかし、用済みとなったルパートは娼婦とともに“心中”に見せかけて殺されたのよ」
彼を自死としたのは、大帝国の騎士として死因があまりにも不名誉だったため。また真実を知った娘がどれほどなげくだろうかと、デイサインがミーリアをおもんばかったためだ。。
「ワシ、一人をお前が恨むならば構わないと思っていた。しかしプルプァはなにも関係はない。いや、むしろ、あれの両親が死んだ責の一旦はルパートにある」
床にうずくまり泣く娘を責める口調てなく、淡々とデイサインは残酷な事実を告げる。
そしてカールを視線でうながし部屋を出ようとした。その扉の前で振り返りデイサインが告げた。
「結婚もしてないお前が身籠もった末、一代限りとはいえ女公爵となれたのはヴィヴィアーヌの口添えがあったからよ。
そなたが、そなたの母である王妃ともに“遊び女”と心の中で軽蔑していた女にな」
結婚前の王女の妊娠という大変不名誉な事件は、当時のノーマンの王城を震かんさせ、デイサインも激怒した。その王女の相手が結婚相手として相応しくない、宮廷に仕える従僕であったこともだ。
しかしヴィヴィアーヌの書簡によるひそかな取りなしによってミーリアは一代限りの女公爵となり、産まれた息子は王子の称号は与えられないながらも、成人して後に伯爵の称号と領地を与えられた。
その伯爵夫妻が流行病で亡くなったのは不幸なことにしろ、一人残された孫のルパートをだからミーリアは愛した。
孫は期待に応えて、王国騎士団の副団長となって、いずれは父の伯爵位を継ぐはずだった。
しかし、それはすべて無残に崩れ去ってしまったが。
身をもんで泣く娘を二度と振り返ることなく、デイサインはカールともに元来た螺旋階段を降りた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「ミーリアの伯母様はかわいそうです」
デイサインから話を聞いてプルプァはそういった。たった一人の大切な人を失ったらたしかに悲しいと。
隠されていたその死の真実も。
「ミーリア叔母様はどうなってしまうのでしょうか? その……」
出来るならあまり厳しい処分にしないでほしいと、プルプァがいおうとしたそのとき「プルプァちゃん」とカールが口を開いた。
「プルプァちゃんのご両親が亡くなったのは、そのミーリア叔母様の孫のルパートが裏切ったせいじゃ。プルプァちゃんが地下の部屋に七年閉じこめられることになったのもな」
「でも、その孫のルパート様と叔母様は別の人です」
だからプルプァはミーリアに怒りは感じない。むしろ大切な人を失った彼女に同情しているぐらいだった。
自分もパパンとママンを失った悲しかった。ミーリアも同じだろうと。
「そう別人じゃ。だから彼女がプルプァちゃんを恨むのは間違っている」
「はい……」
カールお爺様の言葉もわかる。プルプァだってミーリアを恨まない。「プルプァ」と自分を膝に抱くシルヴァに呼ばれて、彼の顔を見上げる。
「彼女の身に起きた悲劇については同情はする。かわいそうと思うプルプァは心優しい。彼女と孫の犯した罪は別だという、プルプァの考えも正しいんだ。
だからこそ、彼女は自分の犯した罪を償わなければならないんだ。そして、デイサイン陛下は“公正”な判断をくだしてくださると思う」
シルヴァの言葉にうなずいて、デイサインを見れば彼もまた無言でうなずいた。そこでプルプァは実の娘を裁かねばならない、デイサインもまた苦しいのだとわかった。
ミーリアへの沙汰は孤島の修道院送り。デイサインの厳しい措置に見えたが、実は彼女の強い希望だった。
そこでミーリアは亡くした息子夫婦と孫息子への祈りの日々を過ごすことになる。
そして一月後、シルヴァ公子とプルプァ王子の婚姻の式が行われる日がきた。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
【同一作者の作品】
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