ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【33】お耳くしくし天国とお空の真理

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 二人が部屋に籠もって丸一日、出てくる気配がなかった。
 翌日の昼近く、デイサインの王城に留まっているスノゥが出されたお茶を飲みつつ、お耳をくしくししだした。

 朝の毛並みを整えるのはもちろんだが、考え事や苛立つ気分を抑えるためにも、兎族はこれをやる。野生の本能が強い純血種となればなおさら。
 そんなスノゥが丹念に片耳をやりおえて、ピョンと立ったお耳を元にもどして、もう片方を倒してくしくししだせば、低いテーブルを挟んで反対側にいる息子達二人、アーテルとザリアもうずうずしだす。

 手を伸ばしたのは、自分ではなくなぜか二人のあいだにいるブリーだった。ブリーはその垂れたお耳をくしくしされだしても動じない……というか無反応だ。茶色の瞳はぼんやり宙を見ている。お空の新しい数式を考え中なのだ。
 オルハン帝都の空白となった座標を計算してなにかひらめいたらしい。今朝の朝食でもぼんやりしている年上の幼妻? の口許にカルマンがひな鳥よろしく、シリアルを銀のスプーンでツッコんでやっていた。「考え出すと食事もおろそかになるから、昼と茶の時間もなにか口に放りこんでやってくれ」と残る兎の母親と兄弟達に、ブリーの世話を頼んでいった。相変わらず年下の頼れる夫は年上の伴侶を溺愛している。

 そして、ジョーヌがその頼みどおり、ブリーの口許にクッキーを運んでやりながら、涼しげな顔で紅茶をのんでいた。
 そんな午前のやわらかな光が燦々と降り注ぐ、天井までがガラス窓の、王城の黄色のサロン。

「ここは天上の国か?」

 兎さん達が目の前でお耳をくしくしする光景に、カールが「尊い……」と震えていた。デイサインが「気持ちはわかる」とうなずく。

「プルプァがかわいいと思っていたが、これを見るとすべての兎族がかわいいのではないか?」

 「同士よ」と手を取り合う“じぃじ”達二人を横目で見て、ヴィヴィアーヌが「まあ、たしかにかわいらしい魔性さん達よねぇ……」と呆れたようにつぶやき、シトラスの輪切りを浮かべたティーカップを傾ける。
 そこに侍従長かはいってきた。デイサインに「お目覚めになりました」と告げる。誰が目覚めたかなど、告げられなくてもわかる。
 侍従長の後ろからプルプァを片腕に抱いた、シルヴァの長身が見えればだ。

「お騒がせいたしました」

 みんなに向かいシルヴァが口を開く。午前の爽やかな光のなか、高潔な銀騎士の表情はとても“すっきり”して見えた。

「プルプァちゃん、身体の具合はどうかな?」

 カールが心配そうにシルヴァの腕に抱かれたプルプァに訊ねれば、「うん」とあどけなくうなずき。

「今朝、ベッドから起きて歩こうとしたけど、足の力が抜けちゃって、ちょって歩けない以外は元気です」

 プルプァの素直な言葉にカールが「ほう、腰が抜けとしまったのか」とシルヴァを見る。

「……申し訳ありません」

 シルヴァの銀の耳と尻尾がしおしおとうなだれる。それにプルプァがシルヴァの腕の中から手を伸ばし、その銀のお耳と頭をなでながら。

「シルヴァのせいじゃない。プルプァが“いいよ”っていったんだから」

 「プルプァ、そういう言葉は二人だけのときにしようね」とシルヴァが小声でプルプァをさとし、プルプァはきょとんとしながら、こくりとうなずく。

「うん、シルヴァは今朝教えてくれたよね。閨のことは二人だけの秘密だって」
「プルプァ、そういうお言葉も含めて、大切な方とむつみ合ったお話は、その大切なお方とだけなさいなさい」

 ヴィヴァアーヌの言葉にプルプァは「はい、グラン・マ」と素直に返事をする。





「それでプルプァ。出来たのか?」

 目覚めたばかりの二人は朝食もまだだというので、すぐに出されたのは指でつまめる一口サイズのサンドイッチ。シルヴァ用にはボアの焼いた薔薇色の肉がたっぷり挟まれたものに、厚切りのハム。プルプァ用にはレタスをたっぷり挟んでチーズを添えたものに、ホワイトアスパラガスに薄くやいた卵の黄色、キューカンバとバターのみのものが出された。
 プルプァが手を伸ばしたのはキューカンバのサンド。キューカンバは透けるように薄く、味はバターの塩味のみだが、これがおいしい。

「食べながらでうなずくだけでいい」

 スノゥが口を開く。「出来たのか?」と。

「…………」

 プルプァは一口のそれを二口で小さく咀嚼して、それから、これも大好きなミルクたっぷりのお茶をこくりと飲んでから、思案顔になる。
 お耳に手が伸びて蒼い艶やかな毛並みのそれをくしゅくしゅとする。今朝、起きたときにシルヴァに抱っこされてお風呂に入って、そのあとにしたから別に毛繕いの必要はない。プルプァのそれは考え事の無意識だ。

 そのプルプァの答えをじっと待っていたスノゥだが、プルプァを見てこれまた無意識に、頭の上の長く白い耳をぺこりと前に倒して、くしくしとやりだした。それを見て、アーテルとザリアがまたブリーの垂れたお耳に手を伸ばした。双方からくしくしされても、ブリーは相変わらずお空のことを考えてぼんやりしていた。
 そして、ジョーヌまでが耐えきれないとばかり、もっていたカップをソーサーに戻すと、自分の垂れた黄金のお耳をくしくしと。「耳をいじるのは己の心の乱れを現すようなものです」と公の場では絶対にしない、サンドリゥムの皇太子の頼もしい配偶者だが、のちの本人曰く「それでも本能には逆らえません」とか。

 どうもお耳くしくしは伝播するらしい。この光景にカールとデイサインが無言でうち震え、ヴィヴィアーヌが呆れた横目で見る。

「はい、赤ちゃん出来ました」

 プルプァはシルヴァのお膝で両方のお耳を丹念にくしくししたあとに答えた。なぜこんなに時間がかかったかというと、別にお腹の中に赤ちゃんがいるのかどうか? わからなかったわけではない。わからないはずがない。それは兎族の本能だからだ。

「一回目でお腹がぼうっと熱くなって、赤ちゃん達が天から降りてきたって思いました。プルプァはシルヴァとの赤ちゃんなら、たくさん欲しいので、二回目と三回目も覚えているけど、それからあとは熱くてあんまり覚えていません」
「プルプァ、そういう“回数”もいわなくていいんだよ」

 シルヴァがいえばプルプァが「はい」と素直にうなずく。デイサインが「若いとは元気じゃのう」とぼそりとつぶやけば、銀の耳と尻尾が再びしおしおとした。プルプァが不思議そうな顔て、その耳を手を伸ばしてまだなでなでとする。

「シルヴァ、元気ない? どこか痛い?」
「いや、私はどこも痛いところはないし元気だよ。プルプァ」
「よかった。プルプァもシルヴァが吸い過ぎてひりひりするところは、あとで口づけて癒やしの魔法をかけてくれたから、足に力が入らない以外は元気なの」

 「あ……」とプルプァは口もとに手をあてて「二人だけの内緒だったのに、話してごめんなさい」と長いお耳をぺこりとさせるのにシルヴァが「いいんだよ」と大きな手でゆっくりと撫でる。

「これから少しずつ気をつけていけばいい」
「うん、プルプァはもっと色々なことを勉強するね」

 さて、なんの“お勉強”なのか? とプルプァとシルヴァ以外の、邪な大人達は妙なことを邪推しかけたが、デイサインがうぉっほんと咳払いする。

「産屋を建てねばならぬ」

 彼がそういえば「それはワシのセリフだったんじゃがな」とカールが恨みがましくつぶやき。

「産屋もそうじゃが、その前に予定を前倒しして結婚式じゃな。プルプァちゃんのお腹が大きくなるまえにしなければならぬ」

 この言葉になんともいえない顔となったのは、スノゥにアーテルだ。二人ともが身に覚えがありすぎた。結婚式のときにはすでに二人ともが、子が腹にあった。

「はい、シルヴァとの結婚式は早くしたいです。楽しみです」

 あくまで純粋に喜んでいるプルプァがまぶしい。そのプルプァも一年もたたないうちに母になるわけだが。

「あ……」

 そのときいきなりブリーが声をあげた。「どうかなされましたか?」とジョーヌ。垂れたお耳の仲間のせいなのか、この二人、普段から頻繁にお茶を共にして親しい。というより、ブリーのお空のお話を興味深く聞けるの、ジョーヌぐらいなのだが。カルマンは相づちをうつのは上手だ。

「いま、数億年に遡り過去未来の空の星がどのように分布していたか、その軌道計算ができる公式がひらめいたのです。これを遡ればこの世界の始まりと終わりにも近づけます。そこから先は神々の領域なので私の数式も届かないのですが……」

 ぼんやりと考えこんでいたブリーが早口でまくしたてるのはいつものことだ。慣れているスノゥやアーテルにザリア。ぼんやり兎がはきはき話し出すのに呆然としているデイサインにヴィヴィアーヌ。

「それはよろしゅうございましたね。ブリー様の目標のお空の真理にまた一つ近づきました」

 そしてジョーヌが微笑を浮かべてうなずいたのだった。
 





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