ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【31】卵が割れたら“をとな”になりました

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 スノゥ達がアサシン達をすべて倒し、スルタンの寝所に踏み込めば、趣味の悪い黄金の寝台の前で抱き合うシルヴァとプルプァに。いまだ「角が角が……」と床を転げまわる、キンキラの衣をまとった大山羊の男がいた。
 シルヴァがプルプァの左の耳に唇を寄せて、治癒の呪文を唱えて口づける。ピアスのはまった耳は血がにじんでいた。みんなが床を転がる男をにらみつける。

「……ナーニャ先生、モース老師……」

 シルヴァが呼びかける。その頬がいさささか赤く、声も苦しそうなのが気になったが。

「私とプルプァをすぐに転送してください」

 呼びかけられた二人はうなずいた。プルプァが耳以外傷付けられていないか心配であるし、なにより番を一刻も早く安全な場所に運びたいという、シルヴァの気持ちもわかる。
 あとの者達は残って“後処理”をすることは決まっていた。ナーニャとモースが呪文を詠唱し、二人を先にノーマンの王城へと返す。

「さて……」

 デイサインが冷ややかに眺めたのは、イッザド。いまだ痛みに声をあげて、幼児のように泣きわめき床を転げ回っている。

「その大きな図体では可愛げなどまったくないな。動き回られていては、話にもならん」

 エドゥアルドとカルマンの二人が、大男の身体を両わきからがっちり掴んで、引き摺るように立たせる。

「なにをする! 俺はオルハン帝国の偉大なるスルタン……ひいっ!」

 その声が情けない悲鳴に変わったのは、ノクトの聖剣がその首元に当てられたからだ。その角をへし折った息子と同じ銀月の瞳にひたりと見据えられて“偉大なる”スルタンはガクガクと震える。

「イッザドよ。ノーマン大帝国からの最後通牒を言い渡す」
「な、なにをいいだすかと思えば。我が帝宮に侵入して無事に済むと思っているのか? 我に忠誠を誓う、三千の近衛軍が……」
「ああ、その軍ならば今頃前庭や中庭で伸びているはずだが? ついでに、帝国ご自慢の壮麗門も粉々にしておいてやったぞ」
「……あの門が……壊れた?」

 ぱっかりとイッザドが口を開ける。スノゥが「そういえば」と。

「三千にしちゃ数が少なかったな」
「せいぜいがその三分の一というところでしょう。そこの“偉大なる”スルタンに忠誠を誓う数としては、多すぎぐらいかと」

 ロッシがさすが伊達男の慇懃さでニヤリと笑う。それに「ぐぬぬ……」とイッザドが怒りに震える。
 実際この暴君の暴虐について行けぬと、帝国の精鋭と呼ばれる近衛兵達の半分以上が宮殿を去ったのは事実だった。

「き、宮殿の外より救援がくる! 十万の帝国軍が外に……」

 近衛は去りはしたが、たしかに“国を守るための”帝国軍があることは確かだ。その十万という数も。

「それも帝都の防衛に動くことも出来ないだろうな。すでに、サンドリゥム、ルース、ガトラムル、ノーマンの連名で宣戦布告状が、魔道通信にてそちらに届いているはずだ」

 「な……」と今度こそイッザドが言葉に詰まる。「後宮に籠もりきりだったスルタンには知らせが届かなんだか?」
 デイサインが淡々と告げる。

『ワシは荒事が不得意だからな。ワシはワシのやり方で、かわいいプルプァちゃんを拐かした“バカ”にお仕置きするとしよう』

 サンドリゥムからの魔道通信にて、画面の向こうの御隠居カールは人の悪い笑みを浮かべていた。
 シルヴァ達が王宮に突撃するまでの三時間で、各国の調整をして宣戦布告状を叩きつけたのは、さすがの手腕と言えた。
 王都の外に今にも大規模転送で“連合軍”が現れるかもしれないと、帝国軍の将軍達が騒然となったのはいうまでもない。彼らはこの“戦”の原因となったイッザドの宮殿からの救援要請を無視した。
 帝国軍はスルタンを見捨てたのだ。

「ノーマンはスルタン・イッザドの退位を要求する。これがのまれぬ限りは、あらゆる国交を断切するものとする」

 ノクトが「サンドリゥムも同意する」と続け、エドゥアルドも「リースも同じく」と腕を組みうなずく。「商都ガトラムルも今回の“同盟”にすでに加わっております」とロッシ。そして、最後にスノゥが「ノアツンも賛成する」と片手を軽くあげた。

「我らが国だけではない。どれほどの国が、プルプァ王子“誘拐”の非道に、お前を非難し、その退位の要求が集まるか、楽しみにしておるとよい」

 デイサインの宣告に、膝から崩れるイッザドをエドゥアルドもカルマンも支えることなく手を離す。
 そして、床にうずくまるスルタンを残したまま、彼らの姿は転移により消えた。
 三日のうちに大陸各国より、オルハン帝国を非難する声明と国交断絶の書状が届いた。イッザドは退位を宣言することもなく、叛乱した帝国軍に捕らえられて処刑。片方の角を失った無残な首が、崩れ落ちたままの壮麗門の前にさらされることとなった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 ノーマンの王城に戻ったノクトとのスノゥ達を出迎えたのは、カールにヴィヴィアーヌであった。

「さすが古狸が、よくやってくれたな」
「ワシは狸ではなくて狼ですぞ」

 褒めてるのか褒めてないのか、いや褒めているのだろうデイサインのよい笑顔に、カールもまたニコニコと好好爺の笑みを浮かべる。笑いあう爺さん達のお腹の中は真っ黒であるが。

「プルプァとシルヴァは?」

 そうスノゥが訊ねると、ヴィヴィアーヌが「ええ……」と少し言いにくそうに言葉を濁した。「まさか、プルプァになにか?」とスノゥは顔色を変えるが、ヴィヴィアーヌは「そういう意味ではないの」と慌てて首を振る。

「プルプァの健康には問題はないわ。ないというか、元気過ぎるぐらいというか、それがシルヴァ公子にも“同調”してしまったというか……」

 この機知に富んだ女侯爵にしては、はぎれの悪い言葉に一同首をかしげた。

「プルプァちゃんは“発情”してしまったんじゃよ」

 そこにカールのとんでも発言だ。ヴィヴィアーヌが「身も蓋もないおっしゃりかたですこと」とカールをにらみつけるが。

「転送された二人が抱き合ったまま、様子がおかしいのに、これは“発情”だと、最初に大騒ぎしたのは、そなたじゃろうが」

 プルプァの張った強固な結界は、シルヴァ以外の番を受け付けないという強い意思だ。同時にシルヴァを強く求めるもの。
 結界がはじけてシルヴァのみを求めるプルプァのフェロモンが二人に降り注いだのだから……。
 「では二人は?」訊ねるデイサインにカールが「寝室に放り込んだ。部屋に籠もった二人を邪魔しないように、扉に衛兵をつけてな」と答える。ヴィヴィアーヌが続けて。

「プルプァが十八の誕生日を迎えた日でよろしゅうございました。いくらシルヴァ公子の鉄のご意志でも、あの白百合の誘惑の香りを我慢するのは地獄の苦行にござりますから」
「……産屋を用意せねばならぬ」

 カールがぽつりと漏らした言葉に、デイサインとヴィヴィアーヌはきょとりし、ノクトとスノゥ以下の伴侶と兎達はこくりと真面目な顔でうなずいたのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 それでもシルヴァは鉄の意思を発揮し、寝台に腰掛けて、プルプァを震える腕でただ抱きしめ続けていた。
 自分だけを求めて誘う、甘い甘い白百合の香り。

「プルプァ、耳は?」
「ん、シルヴァが口づけて治してくれたから、もう痛くないの……シルヴァ……もっとぎゅっとして」

 すり寄ってくる小さな柔らかな身体に理性が焼き切れそうになり、思わず身を離そうとすると「やだっ!」と首にしがみついてくる。すりっと頬ずりしてくる、長い耳のふわふわとした感触に愛しさと激情がつのる。

「プルプァ、プルプァ、私は君を大切にしたいんだ。優しくしてあげたい。一つも乱暴にしたくない」
「シルヴァが乱暴なんてするわけない」
「ダメなんだ……プルプァ、君を欲望のまま抱くようなことはしたくない」
「違うよ、シルヴァがくれるならなんだっていいの。

 プルプァもシルヴァだけがいい。シルヴァだけがプルプァに触れていいんだよ」
 「ね?」と潤む菫の瞳にみつめられて、甘い白百合の香りは切ないほどに自分だけを求めていて。
 二人は唇を重ね会い、寝台へと倒れこんだ。






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