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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【27】幸せの準備に立ちこめる暗雲
しおりを挟むプルプァ十八歳の誕生日式は、ノーマン大帝国の宮廷で盛大に開かれることになった。
これは「どうせ結婚式はそちらで“盛大”に開くのであろう」というカールに対しての、デイサインのひとにらみがあったからだ。ちなみにその場所は離宮のプルプァのための小サロン。そう、ライオンさんと茶色の狼さん椅子にまたがってのことだ。
そして、蒼兎さんの椅子にチョコンと横座りしたプルプァの「サンドリゥムの大神殿で、シルヴァ様と結婚式をあげるのが楽しみです」とにっこり笑顔を向けられたカールは「仕方ないのぉ」としぶしぶ承知した。
その場にネコさんの椅子に横座りしたヴィヴィアーヌもいたのだが、彼女が自分の湖の城館で……と言いださなかったのは、理由がある。プルプァの婚約のお披露目で暗殺者に襲われたというのがある。
とはいえ、それは既に“片付いた”ことではあった。
しかし、それでもヴィヴィアーヌが自分の城館での誕生の祝いには名乗りをあげなかったのは、そのアサシンの元である、プルプァの父の生国のオルハン帝国の情勢不安定にあった。
先の君主を弑逆し、傍系の王子が帝位に着いたのだ。双角ツィーゲの時代の皇子達の皆殺しという陰惨な悲劇から、鳥籠の軟禁制度は廃止されていた。それが裏目に出た形だ。
新たにスルタンとなった男の名はイッザドという。ツィーゲと同じ大山羊族の純血種だという。だが、その性格は正反対の残虐非道にして暴君であると。宮廷に吹き荒れた血の粛清はすさまじく、彼の帝位に反発する火種はいまだくすぶっているとも。
「二年前のお茶会のアサシンの件で、あの帝国には各国からだいぶ圧力が加えられて、懲りたはずだと思いたいけわ。だけど……」
オルハン帝国は暗殺者など知らぬ存ぜずを貫いたが、それでもサンドリゥムにノーマン、さらにはルースの大国との一時的な国交断絶。さらに商都ガトラムルからの経済制裁とかなりの痛手を被った。
プルプァの可愛い小サロンから離宮の別室に場所を移しての祖父と祖母達のみの話。表情を曇らせるヴィヴィアーヌにデイサインがうなずく。
「噂の暴君ぶりでは、なにをするかわからん男ではあるな。万が一……ということがある」
プルプァの命がまた狙われるという話ではない。
むしろその逆だ。
今度はプルプァの身体に流れるその血を目当てに誘拐される可能性があるという意味で。
双角のツィーゲは時のスルタンと正妃との間に生まれた第二皇子だった。さらにプルプァにはノーマン大帝国の血も流れている。傍系のイッザドからすればプルプァを正妃とすることで、その皇統の正当性を示すことが出来る。
また東西の大陸において双角のツィーゲの高名はとどろいていた。
「アサシンをしつこく放ち、ツィーゲの命を奪っておいて、今度はその名を利用しようなんて、ずいぶんと勝手だわ」
ヴィヴィアーヌが吐き捨てるようにいう。カールは「利用する者は都合良く忘れるものだ」と続ける。
とはいえ、いまはまだ帝国側がどうこう動いた……という事実はない。あくまで帝国の情勢不安を受けての、年寄り達の杞憂というのも三人の考えだった。
そんな起こるかどうかわからないことよりも、かわいい孫の誕生の祝いをしてやりたい。
それに。
「ワシらで守ってやればいいことだ」とのデイサインの言葉にカールも「さよう」とうなずく。
「それに、プルプァちゃんにはシルヴァという最強の騎士がついておりますからな」
「一番頼もしい守護者さんね」
ヴィヴィアーヌが微笑んだ。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
十八の誕生の祝いもあるが、それと同時に結婚式の準備も進められていた。
離宮にマダム・ヴァイオレットがやってきての、大神殿での結婚式での盛装の仮合わせ。
純白に白百合の布の花や、意匠のレースが組み合わされた素晴らしいものに、プルプァはシルヴァとともに式に望む自分を想像して唇をほころばせた。
「これでまだ未完成なの?」
試着した衣装を見おろしてプルプァがいえば「まだまだよ」とマダムがいう。
「このうえにナの国で採れた虹色の光沢の白真珠を全体に縫い付ける予定なの。きっと輝くばかりに清楚で綺麗なお姫様いえ……王子様の結婚式になるわね」
「シルヴァの姿もね」
婚姻のための彼の騎士服も新調されることになっている。きっと凜々しい姿にちがいないが、マダムはこのことに関しては「当日になってのからのお楽しみ」と教えてくれない。
「シルヴァのほうも、プルプァの盛装のことは知らないの?」
「もちろん内緒よ。あっと驚かせたいから」
「シルヴァ、驚いてくれるかな?」
「あなたの姿ならば、あの狼さんはどんなものでも喜びそうではあるけどね」
「プルプァもシルヴァは何時だってかっこいいと思う」
「まあ、熱々ね。そんな二人に当日、お互いの姿の見とれてもらうように、わたくしもがんばらないと」
マダム・ヴァイオレットの言葉にプルプァは「うん」とうなずいたのだった。
そして、その日の夜。
「……だから、結婚式の盛装のことはお互い内緒にしようね」
「もちろん、プルプァの姿が楽しみだ」
「プルプァもシルヴァがもっとかっこよくなるかと思うと、今からワクワクする」
まっ白レースとリボンの天蓋の寝台のなか、プルプァはいつものようにシルヴァの身体の上に乗って、一日の報告をする。
この寝台で眠るのもあとわずかだ。
新婚の二人は離宮を出て、大公邸の邸内に建てられた別館に暮らすことになった。
二人の“新居”に寝台を初めとした家具を贈ろうと張り切ったのはカールだけでなく、デイサインもだが、それにプルプァはにっこりと微笑んでいったのだ。
「お祖父様たちの“贈り物”は嬉しいけれど、シルヴァと暮らす家だから、二人で相談して決めたいと思ういます」
かくして二人のじぃじによる、プルプァちゃんのための可愛らしいお家計画は頓挫することになった。
「プルプァだって、もうすっかり大人なのですからね。おじいちゃんたちの“お遊びに”これまでよく付き合ってくれたほうでしょう?」
うなだれる獅子と狼のおじいちゃん達に、麝香猫のお祖母様はあきれていったとか。
「……ここから離れると思うとちょっと寂しいけど」
プルプァはシルヴァの胸に甘えるように頬をすりつける。シルヴァはプルプァの淡いラベンダー色の緩く波打つ髪を撫でて。
「二年暮らした場所だからね」
「うん、シルヴァと一緒にね。でも、新しいお家でもシルヴァとまた一緒だし、今度のお家は二人で色々選んだでしょう?」
「そうだな、家具に壁紙までね……あんなに落ち着いた色合いでよかったのかな?」
シルヴァが苦笑する。落ち着いたとはいうが、内装は大公邸と変わらない。というより、普通の貴族の邸宅と変わらないものだ。
「うん、このまっ白な寝台もぬいぐるみも可愛いとは思うけど、プルプァはもう子供じゃなくて、大人だから」
「お祖父様たちの気持ちは嬉しいけど」というプルプァに「たしかにね」とシルヴァが返した。二人は顔を見合わせて笑いあったのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
そして、プルプァの十八の誕生日。
「プルプァ王子、お誕生日、おめでとうございます」
夜会の大広間に向かうための控えの間。鏡の裏にある扉から登場するために、プルプァは待っていた。
この部屋に入れるのは王族の近しい面々しかいない。そばに寄ってきて祝いの言葉を述べたのはデイサインの娘であるミーリアだった。
獅子族であるが、純血種でないためにその髪はまっ白で見た目の年齢は、父であるデイサインとそう変わらないように見える。デイサインの最初の妻である今は亡き正妃エヴリンの最初の娘だった。
穏やかな人柄で、デイサインがいきなり王子の称号を与えたプルプァにも、最初から親しく接してくれた。
「ありがとうございます、グラフトン公爵夫人」
とっくの昔に結婚している彼女は王女ではなく、公爵夫人という称号で呼ばれている。
ただし、この称号は彼女の女公爵としての単独の、彼女一代限りのものだと、プルプァはデイサインより教えられていた。
なぜなら、彼女の“息子”は残念なことに……。
「それからご結婚もおめでとうございます。
お幸せに……いえ、あなた一人が幸せになるなんて、許せない……」
「え?」
そうプルプァが答える間もなく、微笑を浮かべたままのミーリアがプルプァに何かを押しつける。それは緊急の場合をのぞいて使われなくなった転送石。
プルプァの姿は忽然として、控えの間から消えたのだった。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
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