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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【26】湖の城

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 十七の誕生日をを迎えた、お披露目の翌日。

 プルプァはシルヴァとともに、マンの湖の城へと向かった。転送陣なら一瞬だけど、今回は島の対岸の近くの町へと跳んで、そこから船に乗る。
 初めての大きな船に、初めて海を見た。プルプァは港に停まる帆船に瞳を輝かせ、海へと出た船から見える広い海を飽きることなく見つめた。

「川やお祖母様のお城が建つ湖は見たけれど、海はどこまで広くて大きい」

 海もそうだけれど、青い空もどこまでも高い。陽光に目を細めながら、水平線の彼方へと消えて行くカモメたちを見送り、シルヴァを振り返る。

「この向こうにはなにがあるの?」
「さて、私達の向こうマンの島は沿岸から見えるほどに近いけどね」

 たしかに、帆船が向かう海原の先には、うっすらと島の影が見えていた。対岸の町からも。

「大陸の周辺の島々にも人が住んでいて国がある。ノーマン大帝国の王城があるブリトン島もそうだね。この大陸の西とは反対側にある東の果てにナ国もまた、島国だ」
「うん、大陸の地図はブリー様と一緒見ました。ナ国もいつか行ってみたいな」

 大陸というけれど、この大陸は東と西に大きく二つに分かれている。西の大陸の中央にサンドリゥムがあり、北にルース。西にエ・ロワールが、そして西の海岸線の大きな部分と、狭い海峡を挟んだ大きなブリトンの島がノーマン大帝国の領土だ。
 そして、大陸の東と西を繋ぐ細い陸地をまたぐようにしてオルハン帝国がある。さらに大きな砂漠を挟んでその東に大国シェナ国があり、東の果ての海の向こうの島国が黄金の国ともいわれるナ国だ。

「ナ国か。そうだね。私も行ったことがないから、いつかプルプァと一緒に行ってみたいな」
「シルヴァも?」

 プルプァは目を丸くした。サンドリゥムの騎士団長として大陸各国を回っていることはもう知っている。そんなに度々ではないけれど、それでも一月に一度ぐらいの頻度で、彼のいない夜にも慣れた。

 もう、スノゥママンの子守歌がなくても、一人で寝られるぐらいは。
 それでも寂しいけれど。
 でも、一晩か、二晩ですぐにシルヴァは戻ってきてくれるから。

 さすがに三晩離れていたときは、久々に彼に飛びついてしまったけれど。
 そんなプルプァを「帰りが遅くなってごめん」と抱きあげるシルヴァに、そのとき一緒にお茶していたスノゥママンが笑いながらからかった。

「プルプァに出会う前は、平気で半月も家に帰らなかったお前が、ずいぶんと家族思いになったもんだ」

 スノゥママンのお話では、プルプァと会う前のシルヴァは、いわゆる仕事人間どころか、仕事中毒で国外へと遠征に出れば十日は帰らない。普段でも大公邸に帰るのも惜しんで、半月は騎士団がある王宮内に泊まりきり……だったという。

「……いまでも大公邸のお家に帰らないで、プルプァのいるカールお爺さまの離宮に泊まりだけど……」

 これってプルプァのせいでシルヴァはお家に帰れないってことかな? と思えば、スノゥママンは「違う、違う」と頭を撫でてくれた。

「いまはシルヴァは毎日、お家に帰っているだろう? プルプァのいるところが、シルヴァの家だからな」

 「家ってのは、愛する家族がいる場所のことだ」とスノゥママンはいった。
 プルプァもそれは思う。あの地下の部屋はプルプァの“家”ではなかった。
 シルヴァのいる場所がプルプァのお家だ。
 そして、それから向かう湖に建つ城もまたプルプァの懐かしい家だ。
 父と母と暮らした。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 帆船から降りて、そこらから馬車で城へと。小さな島だからすぐに、島のほぼ中央にある湖についた。
 湖の周りに城下町が広がるエ・ロワールと違って、針葉樹の森に囲まれた、そこはとても静かだ。島には城以外の建物はない。
 プルプァが父ツィーゲと母デルフィーヌと暮らしていた頃は、料理人や執事やメイドの使用人がいたけれど、今は引き払って普段は管理人の夫妻しかこの島には住んでいないという。

 今日はプルプァとシルヴァの二人が城に数日泊まるということで、王宮より派遣された使用人達が数日前より準備して待っていてくれた。
 石を積み上げた古い城であるが、プルプァが両親と住んでいたときと変わらず、なかは温かい雰囲気のままだった。
 ツィーゲとデルフィーヌが非業の死をとげて、プルプァの行方も知れず、城は空っぽになった。しかし、デイサインはこの城をそのままに管理人の夫婦だけを“墓守”としておいた。

 そう、城の中庭には花園に囲まれて、石の墓標が二つ並んでいた。

 父ツィーゲと母デルフィーヌのものだ。エ・ロワールの城に二人を埋葬するという話もあったそうだが、デイサインとヴィヴィアーヌは二人で話し合って、ここに二人を眠らせたという。
 家族三人で幸せに暮らしただろう、この湖の城に。
 行方知れずになった迷子の蒼兎の子がいつかは、両親がいるここに帰ってくる。
 そんな願いもあったという。



「ただいま、パパン、ママン」



 プルプァは両親の眠る墓標に告げる。
 あの暗い森の夜のことを思い出すと辛いけれど、でもこの城でプルプァは、両親とともに幸せに暮らしていた。

 無口だけれど、いつも太い腕でプルプァを高々と抱きあげてくれたパパン。頭を撫でてくれた大きな手。この中庭で一人剣を振るう姿は力強かった。
 ママンはそんなパパンのそばでいつも朗らかに微笑んでいた。優しい声でプルプァにたくさんのことを教えてくれた。プルプァの名前からはじまった文字の書き方に、いつか、グラン・パとグラン・マに会ったときのご挨拶。

 そう、このお城を離れる前に、グラン・パにも会ったことを思いだした。そのときにはもうまっ白な髪とお髭になっていて、プルプァが膝を折るご挨拶をすると「素敵なご挨拶だ。いい子だ」と頭を撫でてくれた。その大きな手の温かさはパパンに似ていた。

「パパンとママンはいつも寄り添っていて、パパンはあまりお話はしなかったけれど、ママンはいつも幸せそうに笑っていた」

 プルプァの白い頬に涙が伝う。それをシルヴァが後ろから無言で抱きしめていた。プルプァは広い胸に頭を預ける。

「こんな風にね、パパンはママンを抱きしめていたよ」

 そしてプルプァもまた、ママンが愛したパパンと同じ愛する人と出会いました……来年には結婚します……と。
 心の中で報告をした。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 城で出た夕ご飯は王宮からやってきた料理人が腕をふるったものだった。地元の魚介類を使ったものもあって、エビの赤とグリンピースの二色のスープはおいしかった。どちらかというとグリンピースのほうが……だけど、エビもスープなら美味しいと思った。
 お茶会や夜会で出されるクラッカーやパンにちょこんとのっているのは美味しいと思う。ちょっとでいいけど。

 新鮮なレタスとハーブのサラダはもりもりと食べた。シルヴァはほんの一口。「食べられないことはないよ」と言ってるけど、お野菜が苦手なのは知っている。プルプァだってお肉は苦手だ。
 アスパラガスのキッシュは美味しかったし、ジャガイモのガレットも、白身魚のムニエルもちょっと食べた。白身のお魚なら、少しは食べられる。

 キッシュとガレットは付け合わせで、銀の皿の真ん中にデーンとある去勢鳥の丸焼きを、プルプァは無視したのだけど、シルヴァが綺麗に切り分けて「ここなら少しだけ食べられるだろう?」とささみの部分をホンの少し。
 シルヴァがお皿にのせてくれたから食べた。ささみなら、うん、食べられる。脂っぽい皮の部分とはちょっとゴメンナサイだけど。シルヴァは鳥だけじゃなくて、ボアのお肉ももりもり食べていた。ボアは……ごめんなさい。

 デザートは、干した無花果や葡萄などの果物をたくさんいれた四角いケーキ。シトラスのメレンゲパイに、糖蜜のタルト。どれも美味しかった。



 夕ご飯のあとにシルヴァの手を引いて、城の塔へと昇った、狭い螺旋階段を抜けて屋上へと出ると、月のない夜空が広がっていた。
 その代わりに星がたくさん、まるで光が降り注いでくるような空だ。

「これは見事だな」
「うん、パパンとママンともよく見たよ。一つぐらいお星様が落ちてくるんじゃないか? って……」

 幼い頃のように空へと手を伸ばしたら、ふわりと抱きあげられた。それは父のツィーゲもしてくれた。
 その腕の温かさも変わらない。

「お星様に届きそうかい?」
「パパンと同じことをいうんだ」

 くすりと笑う。
 星を掴む代わりにプルプァは、目の前に輝くシルヴァの瞳。二つの銀色のお月様が輝いているその顔を両手で挟んだ。

「お星様の代わりにお月様を捕まえた」
「なら、私は月に棲むという兎さんをこの腕に捕まえたのかな?」
「あ、ブリー様に習いました。ナの国おとぎ話に、月にはウサギが棲んでいるって」
「それは困るな」
「え?」
「月に棲まれては、さすがに私の手もプルプァに届かない」
「プルプァはここにいます。シルヴァのそばに……」
「そうだね」

 星が降るような夜空の下。
 二人は唇を重ねた。








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