ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【25】かわいいジェラシー

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 プルプァは十七歳になった。
 その十七歳の誕生日の祝いが、ノーマン大帝国の宮殿で開かれることとなった。これでプルプァの王子ロイヤルハイネスとしての内外への公式なお披露目の場となる。

 昼は入城式のために、帝都ランドンの中心である旧市街カウンティの大門より大通りを抜け、宮殿へと向かう。プルプァの護衛のためのサンドリゥムの青の正装のマントの騎士と、大帝国の古式ゆかしい白銀の甲冑をまとった騎士達が、整然と馬を並べて進む。荘厳なパレードとなった。

 その中心にいるのはサンドリゥムにノーマン大帝国、さらにエ・ロワール女侯爵国の紋章が打ち込まれた馬車に乗るプルプァ王子。馬車の横を併走するのは銀毛並みの駿馬にまたがったシルヴァ公子だ。青の騎士団の正装姿、マントともに翻る銀の髪も凜々しく、沿道に詰めかけた娘達どころか、かなり年配のご婦人方も思わず頬を染めてため息をつく。
 そして馬車の窓から見えた、プルプァ王子の可憐な白い横顔に、今度は少年や青年達どころか、やはり結構な歳の男どもさえ、呆然と見とれたのだった。

 そして、宮殿の玉座の間、居並ぶ帝国の高位貴族達。そのなかをプルプァは玉座に座して待つ、黄金の獅子帝王デイサインの元へと進む。
 入城式のための盛装は金糸を贅沢に使ったもの。公式の場で金をまとえるのは、大帝デイサインに許された王族のみ。それだけでもプルプァの序列の高さを現すものだった。

 真っ直ぐ前を見て優雅に進むプルプァの後ろを守るようにシルヴァが進む。その姿はまさしく、姫君を守る高潔な騎士だ。
 玉座の三段高いきざはしの前に立ち、プルプァは優雅に膝を折る貴人に対する礼をとる。その後ろに立つシルヴァもまた胸に手を当てて片膝をついて、騎士としての最上級の礼をとった。

 それにデイサインは鷹揚おうようにうなづく。「プルプァ王子よ、よく来たな」と目を細める。この大帝が公式な場で微笑むことなど滅多にない。それだけでも、この孫王子対する大帝の気に入りぶりがわかるというものだった。

 その婚約者であるシルヴァにはノーマン大帝国の白銀騎士団への入団が認められた。名誉団員の称号であるが、入団の儀式を大帝自らが行うというのも、これも異例だった。
 その入団の儀式というのが騎士としての覚悟を試すために、新入りの胸を強く叩くというのものだ。デイサインの振り下ろした拳がその老齢から考えられないほど勢いがあり、さすが純血種の金獅子帝王と言うべきものだったこと。

 ゴッ! と音がしたそれをシルヴァが微動だにせず受けたことは、後々までの語りぐさになったという。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 そして、夜は宮殿の大広間にての舞踏会。
 これには大陸各国の王族や大使が招かれていた。着飾った人々が談笑するなか、呼び出しの従僕が声高々に宣言をする。

 デイサイン大帝にエ・ロワール女侯爵ヴィヴィアーヌ。プルプァ王子とシルヴァ公子、それに続く、サンドリゥム王太子エリックにジョーヌ公子。グロスター大公、ノアツン大公、ルース大王にアーテル公子、商都ガトラムルの首領ドゥーチェ にザリア公子と名の列挙とともに、大広間の鏡の裏に隠された扉が開き、彼らが姿を現す。
 獅子の大帝に未だその華やかな容貌が衰えぬエ・ロワールの女侯爵。勇者ノクトに四英傑の一人であるスノゥ。さらに純血の子供達と、その伴侶が勢揃いした姿は壮観であった。

 さらに今回は赤の遊撃隊の騎士服に身を包んだカルマンもまたいた。その横にしっかり彼の腕に腰を抱えられたブリーも。だいぶこのような場に慣れたとはいえ、なにもない場でスッ転ぶのがこの年上の幼妻? 茶兎の伴侶である。
 また青の騎士団の制服に身を包んだダスクもまた、妻となった狼族の夫人を伴っていた。

 そして、プルプァは昼間の黄金の盛装姿から、着替えたこの舞踏会のための衣装。今まではその若さから淡い色のものばかりだったが、今夜は鮮やかな海を思わせる蒼の光沢ある布に銀のレースを配した大人びたものだ。十七となって少し背も伸びた。
 楽の音が流れてこちらは昼間の青の騎士服から、白銀の騎士服へと着替えたシルヴァに手を取られて中央へと。二人は優雅に踊り出す。

 シルヴァとプルプァのお披露目のダンスがすむと、今度はノクトにスノゥ、エドゥアルドにアーテル、エリックにジョーヌ、ロッシにザリア、ダスクも夫人を伴い、そしてカルマンはブリーを抱きあげたまま、みんなで踊った。
 シルヴァとプルプァを中心とした、ダンスが華やかであったことはいうまでもない。最後にはヴィヴィアーヌに手を取られた、デイサインまでがその踊りの輪に加わった。

 一曲目は二人きりでの、二曲目はその華麗なる一族達が加わってのお披露目のダンスが終わり、招待客達も各自誘い合って踊りの輪に加わったり、挨拶の談笑をしたりという場になる。
 シルヴァとプルプァもまた、人々からの祝福と挨拶を受けた。初めは二人そろってであったが、いつの間にか人々に囲まれて離れる形になってしまった。

 お茶会などには参加していたけれど、これが初めの夜会のプルプァには当然、個人的な知り合いなどはいないから、一通りの挨拶が済めばあとは自由の身となった。
 逆にシルヴァのほうは大国サンドリゥム騎士団長として、各国へ救援など向かっていた付き合いがあり、個人的に挨拶以外でも話しかける人々が絶えない。

 プルプァのそばにはアーテルやジョーヌ、ザリア、それにブリーが代わる代わるついていてくれたから、寂しくなどなかったけれど。そしてブリーにはいつもカルマンがくっついていた。いや、カルマンに腰を抱かれたブリーがくっついているのだろうか? 
 寂しくはなかったけれど、プルプァの目は常にシルヴァの姿を目で追っていた。次々と着飾った人達の顔が変わる。

 華やかなドレスに身を包んだ貴婦人に、シルヴァはその手をとって、甲にふれるかふれないかの口づけを落とす。
 それにプルプァの胸がつきんと痛んだ。

 なに? と思う。

 あれはただの挨拶だってわかっている。シルヴァが穏やかな微笑みを彼女達に向けるのだって、彼は誰にでも平等で穏やかな王子様だから。
 そして、またシルヴァは一人の貴婦人と話していた。若いけれど、まだ子供っぽいプルプァと違って大人な華やかな雰囲気の姫君。それにシルヴァとずいぶんと親しそうだ。彼が手の甲に挨拶のキスをしてから、話が弾んでいる。

 シルヴァが微笑みならともかく、口に拳を当てて吹き出すなんて珍しい。
 あんな顔はプルプァだけのものなのに。

 胸が切なくて苦しくなって「プルプァ?」というザリアの呼びかけも無視して、近くの扉からバルコニーへと出た。
 そして貴婦人と談笑していたはずのシルヴァが、それに気付いて、彼女に一礼をしてから、すぐにプルプァのあとを追いかける。

「うわ、さすが純血の狼、運命の番の動きには敏感だね」

 プルプァの異変に気付いてとんできたアーテルだが、先に動いたシルヴァに「後ろに目でもついてるんじゃないの?」と続ける。それにザリアもまた「だね」とうなずいたのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 「プルプァ」と呼ばれて、バルコニーの柵に手をついていたプルプァは、ぴくりと肩を震わせて振り返る。

「宮殿の中とはいえ一人になるのは危ないよ」
「シルヴァ」

 そばにやってきた彼に「あの方はよかったの?」と訊ねる。

「あの方?」
「綺麗な狼族の方……プルプァより大人でシルヴァが楽しそうにしていた」

 プルプァはうつむく。「ごめんなさい」という。

「なぜ謝るの?」
「だって、ただの挨拶だってわかっているから。社交の場では穏やかに微笑んでなきゃならないって、お祖母様にもジョーヌ様にも教えられたのに……」

 プルプァは小さく「ぷぅ……」と鳴く。
 シルヴァが綺麗な人達に挨拶するたびに、胸が痛んで笑いかけて欲しくないなんて、自分はワガママだと唇を噛みしめる。

「ああ、噛んではダメだよ、傷になる」

 頬を大きな手で包みこむようにして、親指の腹でするりと唇を撫でられてプルプァはドキリとする。
 なんでだろう? シルヴァとはいつだって手を繋いだり、飛びついたら抱きあげてくれて、一緒のベッドで寝ているのに……最近こんな風に触れられるとドキドキするのだ。
 触れあうだけじゃない。銀色の瞳が熱く自分を見つめている。そんな風に感じる瞬間も。

「私だって、さっきプルプァの手をとって、男達が挨拶するたびに、むかむかしていたよ」
「え? 本当?」

 うつむいていた顔をあげたら、あの熱い視線をぶつかって、プルプァの心臓はとくんと一つ脈うった。

「シルヴァ、全然平気な顔をしていたのに……」
「やせ我慢だよ。本当はプルプァは私のものだって、広間から連れ去ってしまいたかった」

 「こんな風に」と抱きあげられると、視線の高さが一緒になる。

「だけど、プルプァが私以外に心を動かすことなどないと知っているから我慢出来る」
「うん、プルプァもシルヴァはプルプァだけってわかってる。

 シルヴァのことは信じてる。なのにどうして、さっきはムカムカしちゃったんだろう?」
 プルプァがさっきしくしく痛んでいた胸を手の平で押さえる。

「それは嫉妬だね」
「嫉妬?」
「私も同じだよ。プルプァを他の男に渡したくないと、信じているのに隠したくなるんだ」

 ちゅっと左の耳元に口づけられる。ちゃりっと鳴ったのは、白金の白百合にラベンダー色のタンザナイトが輝くピアス。
 それからシルヴァの端正な唇は、プルプァの小さな唇に触れて離れる。

「唇に唇で触れた」

 プルプァは真っ赤になって両手で口を押さえる。「いやだった?」と聞かれてぶんぶんと首を振った。

「……大人のキス……」
「ん?」
「いつもシルヴァは耳やおでこや頬にはしてくれたけど……」
「十七歳になったからね」
「十七歳は大人?」
「うーん、もう少しかな? 結婚は十八になってからだからね」
「じゃあ、大人のキスはあと一年先?」
「いや、これはいいかな? 少しずつ大人になっていくためにね」
「うん……」

 そして、二人はまたそっと唇を重ねた。





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