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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【21】あの子が欲しい!
しおりを挟むヴィヴィアーヌが祖母として名乗り出たことによって、プルプァの正確な歳は十六歳とわかった。
婚約の年齢はそれこそ襁褓もとれぬ赤ん坊同士ということもあるが、王侯貴族の結婚年齢はだいたい十八になってからというのが、どの国でも習慣となって久しい。これは早い結婚と妊娠による母体の負担を考えてのことだ。
婚約披露のお茶会もあのような騒動があったがすんで、さて問題となったのは十八になるまでプルプァはどこに滞在するか? ということだった。
まず言い争いになったのは、今さら大仰な結婚式などする必要ないと、夫婦の誓いの署名だけですませた祖父と祖母。デイサインとヴィヴィアーヌである。それぞれノーマン大帝国とエ・ロワール女侯爵国の国主である二人だ。夫婦となっても互いの城を行き来し、別居しているのは当たり前であったが。
そこでプルプァをどちらの国で引き取るか? という話になったのだ。デルフィーヌの子であるのだから、当然自分の手元で二年なりとも養育したいというヴィヴィアーヌと、それをいうならばデルフィーヌは自分の娘でもあるし、プルプァは孫であるといいだすデイサイン。
そこにカールが加わって、二国で争うぐらいならば、やはり今までどおりサンドリゥムでお預かりするといえば、今度は祖父と祖母が口をそろえて、結婚すればそちらで暮らすのに、可愛いプルプァをすべて独占するつもりか! といいだす始末。
「プルプァにはマンの公爵の爵位と、我がノーマン大帝家の王子の称号も与えているのだ。うちでその教育をするが妥当であろう」
「あら、それをいうならばわたくしだって、プルプァに麝香の使い方を教えねばなりませんわ。あの子は力の加減もまだまだ出来ないようですから」
「プルプァちゃんはここでの生活にすっかり慣れております。今までの生活を考えればあちこちさせるのは考えもの。
今は転送陣で一瞬にして跳ぶことが出来るのですからな。それぞれの教育はこの離宮から通うこともで出来ましょう」
「我が大帝国で」「いいえ、女侯爵国で」「いやいや、このままこの離宮で」と言い争う三人に。
「お三方とも肝心なことをお忘れではないですか?」
と口を開いたのはシルヴァだ。穏やかな長男の眉間にはかすかに皺がより、彼が静かに怒っていることがわかる。その場に同席していた両親のノクトとスノゥが顔を見合わせる。
「プルプァの気持ちです。勝手に三人で話を進めるより、まず本人の意思を確認するのが大事でしょう?」
この正論に三人の祖父と祖母は「はい」とはるか年下の青年の前にうなずくしかなかった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
プルプァの気持ちを訊くにしても大人達に囲まれて緊張してはいけないと、カールが続けて「プルプァちゃんが慣れた場所がいいじゃろう」とその部屋の名にスノゥの頬が引きつった。
例のプルプァのためにつくられた小さなサロンだったからだ。
当然のように金色のライオンと茶色の狼のぬいぐるみ椅子にまたがったデイサイン大帝とカール。猫ちゃんの背に優雅に横座りしたヴィヴィアーヌ。
銀色の狼の背になぜか横に座ったシルヴァ。世話係のメイドに連れられてやってきたプルプァは、そのシルヴァの膝にチョコンとこしかけた。たしかに並んで椅子に座ることもあれば、そうしていることもよくある二人だ。
黒い狼の背にまたがったノクトは、それを見て横に座り直した。スノゥをじっと見る瞳は期待が籠もっている。スノゥがええいっ! とばかり、ノクトの横に白い兎の椅子をドンと置いて、背にまたがった。腕を組んで、足をかっと開いて座る姿は、大変に“漢らしい”。
「…………」
ノクトが無言で黒狼の背にまたがり直した。その耳と尻尾かほのかな期待が裏切られて、ちょっぴり萎れていたが。
膝に座ったプルプァにシルヴァが穏やかに語りかける。
自分達の結婚まで二年はあること。
ずっと離れていたプルプァと暮らしたいという、祖父と祖母の想い。
そして、一番はプルプァがいたいと思う場所で暮らせばいいこと。それから一度決めたからといって、それがずっとではないこと。二年もあるのだし、誰もがプルプァを愛し歓迎しているのだから、どこに行っても心配はいらないよ……と。
静かに語るシルヴァと、そのシルヴァの顔をじっと見つめて話を聞くプルプァの姿に、他の大人達は感心していた。
もとよりシルヴァが高潔な騎士であり、紳士であり、温厚にして公明正大な人柄だとは、誰もが知っている。そして、プルプァに対して大変丁寧に接していることもだ。
しかし、こうやつて改めてみれば、シルヴァは常にプルプァの意思を尊重し、勝手にことを決めたりしない。常に丁寧説明してきたことがわかる。たとえプルプァが話せなくとも、こうやって語りかけてきたのだろう。
ちゃんとわかる様に話すからね。
だから、不安になることはないよ……と。
地下に閉じこめられて世界を知らないプルプァに最初に一つ一つ教えたのは、シルヴァなのだ。
そして最後に。
「プルプァは自由に好きな場所を選んでいい。プルプァが呼べば私はどこからだって迎えに駆けつける。だから安心して」
そういって、額にそっと口づける。そしてプルプァは迷うこともなく告げた。
「プルプァはシルヴァのそばにいたい」
これにはデイサインもヴィヴィアーヌも、その唇に残念という微笑を浮かべながらも、なにもいわなかった。これだけの二人の“絆”を見せつけられてしまっては、引き離すなんて出来ない。
「シルヴァが昼間はお仕事にいくのはわかってる。
だけど夜は必ず同じベッドで眠りたい」
その言葉にデイサインの金色獅子の瞳がカッ! と開かれる。プルプァは無邪気に「シルヴァのお休みのときは一緒にいられるのがうれしい」と。
「だから、プルプァはシルヴァと離れたくない」
そうプルプァは続けて、そうして膝の上からみあげていたシルヴァから、今度は自分を見る祖父と祖母を見る。
「ごめんね、プルプァはお祖父様とお祖母様とは、いつも一緒にいられないけど、でも、お二人のお城には会いに行っていい?」
「もちろんだとも、プルプァ。いつでも遊びにおいで」
「シルヴァ公子と一緒ならばお泊まりも出来るでしょう?」
ヴィヴィアーヌの言葉に「はい」とうなずいたプルプァに、デイサインもすかさず「ワシの王城もお泊まり大歓迎じゃぞ」と負けじといった。
そして、プルプァと離れたあとになって、デイサインがシルヴァにずいっと迫って。
「まさかプルプァと一緒の寝台で寝てるのではなかろうな?」
「いえ、一緒に寝ておりますが」
「な、なんだと! まだ十六のプルプァにそなた……まさか……」
「いえ! プルプァが最初不安がっていたので“添い寝”しただけです。それが習慣になってしまって、なかなか寝台を別に出来ず……」
いいよどむシルヴァに「この堅物があんな無垢な子に手を出すと思いますか?」とスノゥ。
「大帝陛下、我が息子ながらシルヴァは騎士の中の騎士として、サンドリゥムのみならず大陸中に名を馳せております。万が一にでも間違いなどないかと」
「たしかにシルヴァ公子の人柄を考えれば」とうなるデイサインと「噂に違わぬ堅物……いえ、高貴なる騎士様ですものね」とヴィヴィアーヌ。
「男はみんな狼というけれど、この狼さんはどうやら例外みたいねぇ」
ひどく感心したようにいったのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
さて、大公邸に帰ったノクトとスノゥ夫夫であるが。
「……その高潔な騎士の息子にくらべて、だまし討ちみたいな形で俺の尻を奪った勇者様はどうなんだよ?」
「ああしなければお前は手に入らなかった。シルヴァの蒼兎のように、大人しく腕の中にいてくれるしとやかなな白兎ではなかったからな、お前は。
隙あらば私の腕を飛び出そうとする。ならば“既成事実”でがんじがらめにするしかあるまい?」
「……じゃあ、放浪の旅を始めたばっかりの“世間知らず”の俺に出会っていたらあんたはどうしたんだ?」
「決まっている。さらって国に連れかえり、まずはひと目に着かぬ場所に“閉じこめて”……」
「それ以上は怖いからもういい。そもそも、俺が放浪始めたときは、あんた生まれてないだろう」
あらためて、重すぎる夫の愛を知るスノゥだった。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
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