ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【20】悪だくみはぬいにまたがって

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 暗殺者アサシン達はプルプァの拒絶のフェロモンに阻まれて、彼を殺すことが出来なかった。
 だが双角のツィーゲの血はすべて絶やせという、母后の命は絶対だ。アサシン達はそれでプルプァをあの秘密倶楽部へと売ったのだ。地下に閉じこめて一生外へと出さないことで封じ込めた。
 だが、プルプァはシルヴァに助け出されて外の世界へと出てしまった。さらにはシルヴァとの婚約。

 それはツィーゲの血脈が続くことを意味する。

 だから彼らはプルプァを殺さねばならなかった。たとえ母后が既に亡くなっていても、その命はどこまでも守られる。
 とはいえ、すべては憶測に過ぎない。命じた母后もアサシンも亡くなっている。そしてプルプァも当時七歳でありその記憶だってあいまいだ。辛い思い出をくり返し聞き返したくもない。

 プルプァは生きていてくれた。それだけでいい。
 それが愛しい蒼い兎を大切に思うすべての者達の考えだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「……それでオルハン帝国に出した書簡の返答は?」

 デイサインの問いに「そちらと同じですのう」とカールは応えた。

「知らぬ存ぜずか?」
「あの恐ろしい母后はすでに亡く、暗殺者アサシンどもは身元がわかるような証拠は何一つ残しておりませぬ。さすが伝説の手練れというべきか」

 サンドリゥム王国にノーマン大帝国。二つの大国がそれぞれに、オルハン帝国に送った“抗議”の書簡は、同じ文面で返ってきた。

 いわく、アサシンなどこちらは預かり知らぬこと。
 と……。

「まあ、返答はわかっておったがな。こちらとしても“警告”の意味よ。うちの可愛い“孫”に手を出せば、今度はサンドリゥムとノーマンを敵に回すとな」
「それだけでありませぬぞ。ルースの大王も、商都ガラムルの首領ドゥーチェも同じ内容の書簡を送ったようで」
「それはそれは、オルハン帝国も肝を冷やしただろう。北の大国ルースまで敵に回したくはなかろうて。一番やっかいなのは商都ガトラムルだがな」
「たしかにあそこを敵に回せば、東方にしろ西方にしろ、希少な品が一切入らなくなる」
「どころか、帝国の主要な輸出品とて売りさばくことが出来なくなるだろう」

 「世の中金ですからからな」「ずる賢い商人共など一番敵に回したくない相手だ」とカールとデイサインは顔を見合わせて、互いに老獪な笑みを浮かべる。
 それをきょとりとプルプァは見ていた。お祖父様たちはまた難しいお話をしてると、エ・ロワールのショコラを一口かじる。大好きなピスタチオの味だ。
 サンドリゥムの離宮。カールお祖父様のプルプァのお部屋はさらに拡大? して、寝室だけでなく小さなサロンも出来たのだった。いわく「プルプァちゃんがお友達の兎さん達と、気楽にお茶会を開けるようにな」と。

 しかし、気楽に……とは? 

 寝室と同じくお花の壁紙に、薔薇色のカーテンにリボンにレースは、カーテンだけじゃなくてクッションに標準? 装備だ。白地に白百合の絵柄が描かれた、金の縁取りの猫足のテーブル。
 まあ、そこまでいい。多少可愛らし過ぎる貴族のお姫様のお部屋で通るだろう。

 問題は。

 プルプァが横座りに腰掛けているのは、寝室にある蒼い子馬さんではなくて、蒼い兎さんだ。今日も今日とて、ドレスと見まごうばかりのフリフリのレースとフリルのブラウスに、濃い紫色のジレ。もちろんこちらの裾もフリルとレースとリボンの、アーテルやザリア曰く、少し走ったらすぐに引っかけて破きそうな仕様。
 もちろん、しとやかなプルプァは一度もどこかに引っかけたことなどないが。
 もう一ついうならば、このドレス……ではない。プルプァの衣装部屋は一つだけで収まらず、二つ目に突入した。兎さん大好きカール王のみならず、エ・ロワールからも、さらにはノーマンからも送られてくるので。

 まあ、プルプァはいいのだ。なにを著てもどこに腰掛けても、可愛らしいお姫様? なのは間違いない。
 問題はこのサロンの椅子がすべて、その仕様だということだ。

 カールの兎さんへの愛が爆発した。

 プルプァのために新しく出来たサロン。祝いのお茶会を……と招待されたスノゥ達だったが、そこを見て全員が全員、顔を引きつらせた。唯一ジョーヌだけが冷静だったのはさすがというべきか。
 それぞれの毛並みの色をした兎さんのぬいぐるみ型の椅子。そして首のリボンはそれぞれの瞳の色をしていた。

「き、今日は天気もいいし、外で茶を飲むぞ!」

 と宣言したスノゥは、ふりふりのプルプァを抱きあげて、文字通りの脱兎のごとく離宮の庭へと出た。そのあとをアーテルもザリアも追いかけた。身重のブリーは欠席していたが、もし、いたならばこの二人に否応なしに引きずられていっただろう。
 そしてジョーヌはしずしずとそんな母と兄と弟のあとを追いかけて部屋を去った。
 かくして、カールの理想のサロンで、大好きな兎さん達を集めたお茶会はいまだ実現していない。
 その代わりでもないが、ここ連日サロンをおとずれているのは。

「なにが悲しゅうて、プルプァちゃんはともかく、獅子の爺さんと茶会」

 ぼやくカールは自分の毛並みと同じ茶色の狼さんのぬいぐるみにまたがっている。

「お前とてジジイであろうが」

 デイサインが“堂々”とまたがるのは、もちろん金色のライオンさんのぬいぐるみだ。「爺さんなど招いていない」とぼやくカールであるが、ならばなぜライオンさんのぬいぐるみがあるのか? というところだ。ちなみに大きな猫さんのぬいぐるみ椅子もある。

「ところで聖ロマーヌの女王が退位したそうだな」

 とデイサイン。

「お茶会で大変お目立ちなったカリナ姫は、大神殿の尼僧院長となったらしいがな」

 とカール。
 嫁入り前の王族の子女が箔をつけるための名誉職として修道院長となるのは、よくあることだ。
 とはいえ、かの姫は修道院から二度と出てくることはないだろう。事実上の幽閉のようなものだ。
 デイサインもカールもオルハン帝国には書簡を送るという圧力はかけたが、聖ロマーヌには“なにもしていない”。
 暗殺者アサシンに関しては各国からオルハン帝国に非難の声があがったし、あの茶会の一番の話題であったことは間違いない。
 しかし、その前の“騒動”もまた、大陸中の社交界の“笑い話”になったことは確かだ。

『結構証明書よりも鉛の指輪をお祝いにくださらないこと? 』

 なんて社交の場でいわれ続ければあの気位が高い女王が耐えきれるはずもない。
 孫娘の姫に関しては、あれだけの暴言を吐いては嫁のもらい手どころか、社交の場に出すこと自体が“恥”のようなものだ。修道院への“隔離”は当然の措置といえた。
 それも終わったことだと、お祖父様二人は優雅に白百合の柄のティーカップを傾ける、可愛い可愛い孫の姿に目を細める。

「グラン・パのもってきたケーキはどうじゃ? プルプァ」
「はい、ニンジンのケーキもレモンのシュガーケーキも、糖蜜のタルトもおいしいです」

 「そうか、そうか」とデイサインは目を細め。

「ニンジンのケーキは我がノーマンが発祥だからのお」
「まあノーマンは食事はともかく、お茶とケーキは美味いからのぉ」
「我が大帝国にケンカを売っておるのか? サンドリゥムの隠居よ?」
「ああ、スモークした鮭とキューカンバのサンドイッチと蒸留酒もうまかったか。それだけじゃが」
「……やはりワシにケンカを売りたいようだな」  とにらみ合う二人。ただし片方はライオンさんに、片方は狼さんのぬいぐるみにまたがっているが。
「二人とも仲良くして、プルプァはグラン・パもお祖父様も大好きよ」

 しゃべれるようになってからだいぶしっかりした口調でなったプルプァがいう。「めっ!」とちょっと頬を膨らませるのもたいへん可愛らしく、祖父達二人ともデレデレとした顔になる。

「ケンカなどしておらんぞ、プルプァ」
「そうだぞ、プルプァちゃん。ワシら二人とも仲良しだからの」

 「で、どちらも好きなのはわかったが、一番好きなのはどっちじゃ?」とカールがある意味禁断の言葉を口にする。
 プルプァは「ん……」と考えこんだが、サロンの開く扉を見て花開く笑顔を見せる。蒼い兎さんの椅子から立ち上がり。

「シルヴァが一番好き!」

 やってきたシルヴァに向かい飛びつけば、片手でふわりと抱きあげられて「私もだよ、プルプァ」と二人は見つめ合い微笑みあう。
 「さすがにあれにはかなわんな」とつぶやく獅子帝王に「そうじゃな」と隠居した老獪王はうなずいた。





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