ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
上 下
113 / 213
鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【18】ほんとうの言葉は花のように美しく

しおりを挟む
   



 話したい……とプルプァは思った。
 プルプァの大好きなみんなが、プルプァを守るための“言葉”を口にしている。

 グラン・マにマーマとその大切な黒い狼のパーパ。お友達だよといってくれたプルプァと同じに耳が長い、マーマ子供達と、その大切な人達。
 それからシルヴァ。
 いつだって真っ直ぐで優しいプルプァの王子様も、自分を守るって怖い女王様にいってくれている。

 だから話さなければ……と思った。喉はなにかに塞がれているようだけど。
 頭には『静かにしていてね。怖くてもけして声を出してダメよ』とあの優しい声が聞こえるけれど。
 だからプルプァはいままでずっと声を出していけないと思っていた。それだけじゃなくて、喉になにか詰まったようにしゃべりたくても、しゃべれなかったけれど。

 でも、いまは怖くても、声を出すときだ。
 大好きな人達のために。



「グラン・マを悪くいうのはやめて」



 プルプァは菫色の大きな瞳で真っ直ぐに、カリナを見る。

「グラン・マはプルプァの大切なお婆様なの」
「……なによ、娼婦の祖母と孫のクセに」
「カリナ姫、その言葉は取り消していただきたい」

 シルヴァが鋭い声をあげ、カリナ姫がぴくりと肩を震わせる。

「本当のことです。シルヴァ公子こそ目をお覚ましになられて! あなたはその魔性に騙されているのです! 兎族なんてたくさんの男に身体を売ることでしか、生きていけない魔性に!」

 彼女はなおもいいつのり、周囲には呆れた空気が流れる。彼女の言動は王侯の姫君とはありえない、公の場で口に出すものとして、あまりに不適切なものだった。

「あなたのいうことはわからない」

 プルプァが告げる。その口調には怯えも怒りもない。ただ純粋で真っ直ぐな。

「そのお口から出てくるのは、みんなを傷つける酷い言葉ばかり。もっと素敵な楽しいお話はできないの? 
 まるでおとぎ話に出てくる、お口からカエルや怖い虫が出てくるお姫様のよう」

 プルプァのひと言にカリナのとんでもない言動に凍りついていた空気が一瞬でなごんで、王侯達のなかにはぷっと吹き出すものや、思わず微笑ましいと微笑を浮かべる者達もいた。
 「プルプァ」とシルヴァがその名を呼び、見つめ合う二人は微笑みを交わしあう。

「お、お祖母様……」

 目の前で恋するシルヴァが憎い恋敵と見つめ合い、さらに周囲は自分にはあきれ果てた軽蔑の視線を向け、プルプァには味方する。そんな空気を感じとったカリナが、横にいる祖母のテレーザに助けを求める。

「あ、あなたがたは間違っています」

 テレーザが声をあげる。それは先ほどこの潔癖女王が最初に王侯を見渡して告げた、不貞を糾弾する強い響きなどなくなっていた。あきらかに無理をして、彼女は声を張り上げる。

「どのように虚言を巡らせようとも、天にいる神々は真実を見られています。一度穢された純潔は元に戻ることなく、女神ユウノが祝福するは純潔の乙女との結婚のみ。
 それ以外の不当なつながりを一切認めるわけにはいきません!」

 女王の言葉は空回りして茶会の席に空しく響く。王侯達はまだ意地を張るのか? と彼女を冷ややかな目で眺める。

「プルプァに鉛の指輪をください」

 テレーザを見てプルプァがいった。向けるのは無垢な瞳だ。

「プルプァはシルヴァとずっと一緒にいると約束しました。
 天の神様達がすべてをご存じならば、二人の気持ちも“ほんとう”だってわかるはず。きっと“鉛の指輪”でお祝いしてくださるでしょう」

 それは本当に純粋で真っ直ぐな気持ちをそのままの言葉だった。この前にはカリナ姫の言葉はますます醜悪に思えたし、テレーザの言葉は表面上のみの清らかさをうたった、中身のない上滑りの文言に思えた。

「なによ! なによ! なによ! 綺麗ごとばかりの良い子のフリをしたって、あなたが娼館にいたのは事実なんでしょう?」

 それなのにまたカリナ姫がわめいた。

「それに本当にあなたはエ・ロワールの血筋なの? 双角のツィーゲが父親なんて大層な名前を出して。あなたのお母様のデルフィーヌ姫って本当にいたのかしら? そちらの奔放なお婆様が、あなたのお母様のお母様として、では、お父様のお父様は?」

 それに関してはたしかにヴィヴィアーヌは公表していなかった。ツィーゲと自分の娘デルフィーヌの子としても、では彼女の父親は? 



「遅参失礼!」



 茶会の庭にいきなり響く声。その声がした方向の蔓薔薇のアーチをみんなが見た。そこには古式ゆかしい白銀の甲冑をまとった騎士二人が、儀礼用の杖を交差させて、その杖の先に細長いフラッグがたなびいていた。
 赤地に金色の二匹の獅子が盾を支えるその紋章に王侯達は「まさか」とざわめく。

 薔薇のアーチから現れたのは、古式ゆかしい赤地に金のロープをまとった、白い髭と髪が獅子のたてがみのような、重厚な威厳をまとった老人であった。
 その彼の頭には獅子の耳が、ローブにはいった後ろのスリットからは獅子の尻尾が揺れていた。誰かが「金獅子の大帝」とつぶやく。

 そう、彼こそが大陸の西の最果ての国にして最古の国、ノーマン大帝国のデイサイン大帝であった。金獅子の大帝と呼ばれていたとおり、今はまっ白なその髪も髭も金色に輝いていた。
 しかし、老齢のために長らく人前に現れこともなく、実はもうお亡くなりになっているのでは? とまことしやかな死亡説が流れてさえいた。その大帝がこのような茶会に姿を現すなど、王侯達にとっては大きな驚きであった。
 彼の登場はまったく意外でノクトにスノゥも目を見張り、茶会の主催であるヴィヴィアーヌさえ驚きに歓迎の出迎えも忘れて立ち尽くすほどだった。

 それほどこの大帝の出現は唐突で。

 しかし、大陸でもっとも威厳あるとうたわれる金獅子の大帝は、そんな王侯達のあいだを堂々と進み、そして、シルヴァとプルプァの前にきた。

「…………」

 大帝のたてがみのような白い髪に白い髭、そして太くこれも白い眉毛の下の目尻に深い皺が刻まれた金色の瞳。それとプルプアの菫色の大きな瞳がじっと見つめあう。
 プルプァがくん……とちんまりしたお鼻を動かしてから、口を開いた。

「……グラン・パ?」

 それは疑問形であったがつどった王侯達に衝撃を与えるに十分だった。

「そうだ。プルプァ、ワシがお前のお爺さまじゃよ」

 デイサインがその巌のような顔をかすかにほころばせてうなずく。大帝が認めたと、それに王侯達はざわめくことも忘れてぽっかり口を開いている者さえいる。
 大帝はそんな人々をゆっくりと見渡し。

「さて王侯が集う茶会に相応しくもない、まだ卵の殻が尻にくっついたような雌鶏の醜い鳴き声が聞こえたがな」

 ギロリと獅子の金色の瞳で見据えられて「ひっ」とカリナ姫が引きつった声を小さくあげる。

「誰が誰の子じゃと? プルプァは、ワシとヴィヴィアーヌの愛しい姫であるデルフィーヌ。そして、自由なる双角のツィーゲ。そのあいだに生まれた子だ」

 そして、デイサインは呆然としているシルヴァに向かい、瞳を細める。

「勇者ノクトと名高き四英傑の一人たるスノゥの息子であるシルヴァ公子よ。高潔な騎士であるそなたと、我が愛しい孫との婚姻。まこと喜ばしく思うぞ」






しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

子を成せ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。 「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」 リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。