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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【8】狼の子は狼
しおりを挟む行ってしまうと思った。
いつだってシルヴァは「ここで待っていて、戻るからね」と“約束”してくれたのに。
その言葉もなく。
ここにプルプァを置いて?
あの小さな部屋にまた一人きりされるの?
だからシルヴァを連れて行こうとする人間を止めるために力を使った。『行かないで!』とシルヴァに飛びついたら、彼はすぐに抱きしめてくれた。
「ごめんね」
とシルヴァがプルプァのひたいに一つ唇で触れる。
「離れる前にちゃんと君にいうべきだった。私は君のところに“帰る”って」
“帰る”その言葉にプルプァの胸はぽうっと温かくなった。シルヴァは自分のところに“帰って”きてくれる。
プルプァはシルヴァの首に手を回してぎゅっとしがみついた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
報告は明日に聞くことにして、ザッガを王宮に戻した。シルヴァも王都に到着してすぐに、王宮へ顔を出すつもりであったが、それも明日にする。
シルヴァが“約束”するとプルプァはすぐに力の解放をやめた。だけど、シルヴァがどこかにいくという“恐怖”があるのだろう。しがみついて離れない。
「これに関しては、私の完全な落ち度です。この子が悪いわけじゃない」
膝に抱いたプルプァの頭を撫でながら、シルヴァが口を開く。
場所はさっきと同じ大神殿の神官長のサロンであるが、厳重に人払いされていた。部屋には、シルヴァにプルプァ、グルム、そして。
篦鹿大賢者モースの姿があった。災厄を倒した冒険時には、赤茶色だった立派な髭も頭も、今はまっ白であるが、カール前王同様かくしゃくとしている。もっともこちらは二百歳過ぎとはいえ、三百年の寿命を誇る純血種だ。
「“魅了”の力のようだが、その子の場合はかなり特殊なようじゃな」
「“魅了”ですか?」
モースの言葉にシルヴァの表情が険しくなる。それにプルプァが不安そうに顔を見るのに「大丈夫だよ」と頭を撫でる。プルプァが長い耳をぺたんと倒して、気持ち良さそうに目を細める。
「なにがあっても、私は君のそばを離れることはないからね」
「その子を離さぬつもりか?」
「ええ、プルプァが望むなら私は共にありたいと思います」
その言葉にプルプァは目を見開き、ぱあっと笑顔になって、自分を撫でる大きな手を両手で掴んで、すりすりと頬を擦りつける。「うん、プルプァも私と一緒にいたいと思ってくれているんだね、うれしいよ」とデレデレ……もとい、やわらかく微笑むなじみの銀狼の青年の姿に、大賢者と大神官はさりげに視線を交わす。
「それで、その子の“魅了”の力なのだが」
「大丈夫です。私はプルプァの力に“魅了”されているわけではありません。私は私の意思でプルプァのそばにいたいのです」
「純血種のそなたが、まして、あの“揺るがぬ”ノクトの子のだぞ。そんなものにひっかかるわけがないのは、このワシとてわかっている」
大賢者がきっぱりという。
「そう、お前さんが“あのノクト”の子だからよけいやっかいなのだ」
と言われてシルヴァが首をかしげるのに、大賢者が深いため息をついた。
もともと兎族には弱いながらも“魅了”の力があるという。それが最弱の種族である彼らを庇護したい、守りたい、大切にしたいと他種族に働きかけるのだと。
それゆえにこの最弱の種族は、愛し愛される者達に守られて、その弱いようで強い血が途切れることなく続いてきた。
しかし、プルプァの能力は。
「それはチャームどころではなく、最上級のテンプテーション……精神制御と呼べるものだ。
この手の精神攻撃に強い純血種ならば耐えられるのは、ザリアの“歌”と同じじゃがな。他の者はひとたまりもない」
さらにモースはプルプァの魅了は真逆だと続けた。
「真逆?」
「魅了とは本来、己に惹き付けるものじゃが。その子の場合は“拒絶”している。男達に自分の身へは指一本触れさせずに、都合のよい夢をみさせたことも同様。
さらにシルヴァ。そなたを引き留めるときには、ザッガにしても、通りかかった神官達にしても、ぴたりと動きを止めたと聞く。身体の拘束じゃな」
「それはプルプァは……あの地下の部屋に閉じこめられて、己の身を守るために」
「そうだな。本来は自身に人の心を惹き付ける魅了を反転させて、結界としたともいえる。希有な能力だ」
「まったく兎族の能力というのは、我らが知らぬ未知のものがまだまだ隠れているというこか」とモースはその白い髭をしごいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
翌日、シルヴァの姿は王宮あった。
プルプァには夕方には必ずもどると“約束”した。こくりとうなずいていたし、シルヴァのいない昼間はモースが当分ついていてくれるというから安心だ。プルプァが力を不用意に使うとは思わないが、万が一のときにはすぐにその周りに結界を張ってくれるだろう。
「騎士団長殿」
己の執務室から騎士団員の詰め所に向かう途中で呼び止められてシルヴァは振り返った。内心で面倒な相手に捕まった……とは表情に出さず。
近寄ってきたのは灰茶の毛並みの狼族のピドコック子爵だ。今は退役しているが元騎士団の団員として勤め上げた、こちらに歩み寄るその姿は、それなりの歳を感じさせるとはいえキビキビとしている。
「休暇は楽しまれましたかな? 騎士団だけこちらに
戻されて、真面目な団長殿がご旅行とは一瞬驚きましたが」
「事務方に前より休暇を取れとうるさくいわれてましてね。他の団員が休むことが出来ないと」
そう、そつなく答えれば。
「ならば、これからは定期的に休みを取られることですな。息抜きは大事ですぞ。
今度、我ら元騎士団員達と“その家族”でお茶会を開く予定です。団長殿もぜひご招待したいと……」
「申し訳ないが、長い休暇とったばかりで、予定を立てることは出来ません。お誘いはありがたいですが、それはまた別の機会に」
シルヴァは「あ……」と呼び止めようとするピドコック子爵を残して、足早にその場を去る。
最近この手の誘いが多くなったのは、去年ダスクが結婚したからだ。相手は狼族の伯爵令嬢だが見合いではなく、孤児院での奉仕活動に熱心でその様子をダスクが見初めた、貴族同士には珍しい恋愛結婚だった。
だが、それでサンドリゥムの狼損の貴族達が色めきたったのだ。今まで大公家の結婚相手といえば、ノクトにはスノゥ。カルマンはブリーと双方兎族であった。しかし、ダスクが狼族の貴族令嬢と結ばれたならば、自分達にも機会はあるのではないか? と。
しかも残ったシルヴァはグロースター大公家を継ぐ大物だ。
かくしてシルヴァの元へは夜会や茶会の招待状やら、今のように呼び止められての誘いが、うんざりするほど舞い込むことになった。
これに関してダスクが「申し訳ありません」と謝ってきたが「お前のせいではないよ」とシルヴァは答えた。
実際ダスクに責任はない。彼が見初めた相手がたまたま狼族の令嬢だっただけのことだ。
シルヴァがこの四十の歳になるまで身を固めなかったのも、そんな相手に出会わなかったからだ。
母のスノゥ曰く“おっこちる”ような。
両親のように、また兄弟達のように自分がそんな激しい感情を持つなど、いままでのシルヴァには考えつかなかった。そのような感情をもたない自分は、一生独り身のままではないか? と考えていたほうだ。
そう、いままでは……。
ふわりとプルプァの顔が浮かんだ。
今すぐにでも神殿に帰って、あのぬくもりを腕に抱きしめたいと思う。
職務中に馬鹿なことを……と苦笑して、シルヴァはすとんと腑に落ちたような顔になった。
「そうか、そういうことか……」
とつぶやいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
その翌日。
休暇から戻ってきたと思ったら、屋敷にも戻って来ずに“保護した子供”がいる。自分が離れると不安になるため……と言づてを寄こして、大神殿に二晩泊まった長男が、早朝にいきなりやってきた。
大公邸の居間。シルヴァの宣言にノクトとスノゥが目を丸くした。ノクトが「いまなんといった?」と聞き返す。
「私はグロースター大公家を継ぐことが出来なくなりました。家督はカルマンにゆずりたいと思います」
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
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