ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【2】銀色の王子様

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 王子様という言葉は知ってる。
 とらわれのお姫様を助けにくるカッコいい騎士ナイト
 話の内容は忘れてしまったのに、それだけは覚えている。

『プルプァにもいつか王子様が現れるといいわね』

 自分の名を呼んでくれた優しい声が耳に焼き付いている。
 だから、プルプァはプルプァの名前を忘れなかったのだ。
 いつか自分を迎えにくる王子様という言葉とともに……。



「君の名前は?」

 シルヴァと名乗った王子様に訊ねられて困った。
 だってプルプァは声を出すことが出来ない。
 ここには書くものはない。
 部屋にいるプルプァにやり手婆はその身を飾りたてることはすれ、なにも与えなかった。当然書くものもだ。
 書くもの……とプルプァは目をパチパチする。
 そうプルプァという名前と王子様のこと以外覚えてないけれど、もうひとつあった。

『あなたの名前はこう書くのよ』

 優しい声がそう教えてくれた。
 プルプァはだから、きょろきょろとあたりを見回した。小卓の上に水差しがあるのを見つけると、その水差しから水を少し卓にこぼして、そして、指でゆっくりと線を描いた。

「プルプァ……君の名前はプルプァというのかい?」
「…………」

 こくこくとうなずく。その様子にシルヴァの端正な表情が曇る。

「君は声が出せないのか?」
「…………」

 プルファはまたこくりとうなずいた。

「顔をあげて、首を見せてくれないか?」

 いわれてそうした。銀月の瞳がじっと自分の首を見る。それは今までの男達のようにギラギラした気持ち悪い感じは全くなかった。

「喉に傷はないな」

 ほっと息をつくその表情に、なにか胸がぎゅっと掴まれた気がした。やり手婆のしたり顔しか知らないプルプァには、それが心配されているということさえわからなかった。

「口を開けて」

 これも言われて素直に従う。

「舌を切られて話せない訳ではないのだね」

 “舌を切る”なんて恐ろしい言葉にびっくりして、思わず肩がぴくりとはねて口を閉じてしまう。

「ああ、すまない。そうではないことに安心したんだ。君が傷つけられてなくて良かったと」

 優しく微笑むその表情にプルプァはどうしたらいいのかわからず戸惑った。同じようにしたいのに出来ない。
 プルプァが知るのはいきなりやって来る恐ろしい男達と、自分に必要なことだけ話して去って行くやり手婆だけだからだ。

「いままで誰かに傷つけられたことは? 痛いことや苦しいことはされたことはあるかい?」
「…………」

 プルプァは首を振った。確かにこの部屋での一番最初の記憶は、男に無理矢理押さえ付けられていたことだけど、それも、すぐに男は虚ろな表情になって自分から離れたから。

「そうだね、君の“力”ならば純血種ではない者はひとたまりもないだろう。私に一番最初に“力”を浴びせかけたように、そうやって身を守ってきたんだね」

 プルプァはきょとんとした。純血種? それは聞いたことのない言葉だ。それに“力”ってなんだろう? 

「この部屋から外に出たことはあるかい?」

 聞かれてプルプァは首を振る。この小さな部屋で目覚めてから、プルプァはここ以外を知らない。

「じゃあ、プルプァという名前以外に、文字は書けるかな?」

 これにも首を振った。シルヴァが「なんてことだ」とつぶやく。

「君をここに閉じこめて“彼ら”は君になにも教えないようにしたのか。だから、君はここにいるしかなかった。訪れる男達を“拒絶”して」

 シルヴァの表情が険しくなり、その声も抑えきれない怒りが滲むのに、プルプァが怯えた表情になれば「ああ、違うよ」と頭に大きな手がふわりと触れた。

「君に怒った訳ではないんだ。君をここに閉じこめている者に怒ったんだ」

 その大きな手が心地よくて、長い耳まで撫でてくれるのにプルプァは目を細めた、なのに「ゴメン」と手が離れるのが残念だと思う。

「男に触れられるのは嫌だろう?」
「…………」

 たしかに今までやってきた男達はとても気持ち悪かった。やり手婆が自分の髪をいじったりするのは、なんとも思わないから、そのままさせていたけど。
 でも、この人には……。
 プルプァは目の前の大きな手をとって自分の頭の上にのせる。「プルプァ」と戸惑う声にぐいぐいと頭をすりつけて。

「撫でていいのかい?」
「…………」

 こくこくとうなずいた。

「しかし、綺麗に結い上げた髪が崩れてしまうよ」
「…………」

 そうっと自分の髪を撫でてくれる手がもどかしい。今までなんとも思ってなかったかんざしや、結い上げられた髪が邪魔だとおもった。
 だからかんざしを引き抜いた。ぽいぽいと全部ベッドの上に放り投げて、最後には髪に指をいれて結い上げられていたそれを解くと、腰のあたりまで伸ばされたあわいラベンダーの波打つ髪が広がる。
 『これでいい?』と目の前の男を見れば、彼はふわりと微笑んで、大きな手で頭を撫でてくれた。

「花は見たことあるかい?」

 それからシルヴァは色々と話しかけてくれた。それはどれもプルプァの知らないことばかりだ。花? と首をかしげれば「これだよ」とプルプァのまとう、ガウンの袖口のレースを指さす。

「これは薔薇の形を真似たものだ。これだけじゃなくて、もっと色々な花があるし、色々な色をしている」

 それから教えてくれたのは「鳥」に「空のこと」
 鳥は天蓋の柱に翼を広げる姿が彫り込まれていた。一緒に彫られているのは蓮の花だよと教えてくれた。同じ花でも薔薇の花とは違うと。
 鳥は“空”を飛ぶときいてプルプァは首をかしげた。それにシルヴァが「君は空も知らないのだね」とつぶやく。
 この部屋が地下にあることさえ、プルプァにはわかってなかった。シルヴァは「空は青くて白い雲が浮かんでいるんだ。その空を鳥は飛ぶ」と教えてくれたけど想像出来なかった。

「見せてあげるよ。夜が明けたらね」

 夜……は知っている。やり手婆が“今夜”とよくいう。だから部屋に男が来たら、それは夜だ。
 男が出て行ったなら、それが“夜明け”だ。

「そうか、君は星空も夜明けも知らないのだね」

 大きな手で頭をゆっくり撫でられる。

「ならば、青空に鳥だけじゃない、夜明けの色も星空も一緒に見よう」

 その言葉にプルプァはこくりとうなずいた。


 



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