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兎達とそれぞれの天使のたまご達のお話【ザリア、ジョーヌ、ブリー】
伝統は繰り広げられるから伝説に……(以下略)(ロッシ×ザリア)
しおりを挟むザリアの産屋は、ドゥーチェの館ではなく、ロッシのガルゼッリ本宅に立てられた。次期のドゥーチェの当選も確実と言われているとはいえ、いつまでもドゥーチェでいられるわけがない。というより、奴隷売買禁止条約が成された今、もう一期ドゥーチェを務めてもろもろの後始末をしたあとに、ロッシは次のドゥーチェには立候補しないつもりだと、ザリアに告げていた。
「なにドゥーチェをクビになっても。やることはたくさんあるさ」と。ロッシとしては孤児院の後援に奴隷身分から解放された人々の支援などと、そういう意味であった。信頼できる家令以下の部下達にほぼ任せきりであった、家業の貿易の仕事もあると。
まさか、このあとも元老院や市民達の懇願によって、さらに二十年以上もドゥーチェの地位にあるとは、当の本人も予想してなかっただろう。
「そろそろ勇退させてくれ」と強行突破とばかり、南のプロチダ島にザリアとともに、期限のない休暇とばかり“逃亡”してようやく引退出来た顛末はともかく。
今はザリアの出産だ。小柄な妻のお腹が大きくなるのに夫は慌てた。自分が目を離したすきにスッ転ばないか? と心配のあまり執務を常にない速さで片付けて、日の高いうちからドゥーチェの館の奥へと帰る伊達男の豹変した姿は周囲の微笑みを誘ったが……。
「もうっ! うっとおしい! そんなに心配しなくたって、僕のお腹は破裂しないの!」
「ぷうっ!」と怒られて、黒犬の頭の上の尖った耳と尻尾はしおしおとうなだれたのだった。さらには産み月近くなって、娘ではない……息子の様子を見るためにやってきた義母のスノゥに。
「なんでこう純血種の男ってのは、惚れた相手に甘いというか弱いというか。ガキ産むんだから、華奢に見えたって雄兎は頑丈だ。お前もオヤジになるんだから、どーんと構えていろよ」
そういわれて「わかりました」とうなずいた伊達男の顔に『それでも心配です』と書かれていて、スノゥに深い深いため息をつかれたのだった。
そして産気付いたザリアを抱えての「可愛いザリアが破裂してしまう!」からの駆けつけたスノゥによって「しゃんとしろ! 伊達男!」の一喝によってロッシは愛しい妻を産屋に運びこんだ。
そして。
産婆に「男の方は外へ」と言われたが、しかしザリアが強い力で「ここにいて」とロッシの腕にしがみついて離さず。
「痛いぃい~このヘタレ伊達男のクセにぃ!」
「す、すまない、ザリア。私のせいだな」
「……ち、違う! ロッシのせい…じゃなくて、ザリアのせいでもあるから。僕も赤ちゃん欲しいっ…て……」
「ああ、ザリアこんなに苦しんで、もう二度と君をこんな目には遭わせないから」
小さな手を握りしめてロッシは頬ずりするが、なぜかその手にぴたんと力なく、頬を打たれた。
「ザリア?」
「く、苦しませないって……も、もう僕は二度と赤ちゃんつくらないつもり? し、しないの?」
「いや、愛し合っても子供を作らないやり方は……」
「作る、作るもん! たくさん家族作るんだから! い、痛い……けどっ!」
「しかし、君はこんな苦しんで」
「だからっ…二度と…ザリアとっ……赤ちゃん作ら…ないっ……なんていっ…たら…一生うっ…ヘタレ大王っ…て呼んでやる…んだからっ!」
「君を苦しみから救えるなら、ヘタレ大王でもなんでも呼ばれてあげるよ」
「や、優しいけど…っ、馬鹿ぁ! そこは頑張れでしょ!」
「が、頑張れ、ザリア」
「頑張っても…痛いのぉ!」
さて、隣の控え室には当然会話は丸聞こえだ。そこで山猫の魔法使いナーニャがつぶやいた。
「わたし、なんでこここにいるのかしらね?」
「ナーニャ先生、毎回みんなのお産に立ち合いしてるのに、毎度それ言ってません?」
そういったのは「面白そうだから」と転送陣でさくっとルースからやってきたアーテルだ。ナーニャと同じく出されたジェラートを舐めながら。「このレモーネのジェラート美味しい」「ショコラ味もいいわね」なんていいあう。
「……やっぱり俺の子はこうなるのか?」
この商都の名物菓子であるアマレットをスノゥが囓る。ほろりと口の中で崩れて溶ける儚い感触に、遠い目となる。そこにナーニャが「あなたとノクトのやりとりのほうが、もっとおかしいわよ」と追い打ちをかける。その夫のノクトは妻の横で静かに目を閉じて腕を組んでいた。
「ねぇねぇ僕は?」
となぜかアーテルがわくわく顔で訊ねる。
「あなたと大王は、お母様とお父様には負けるわねぇ。でも隣で今やりとりしてるヘタレ大王とおチビちゃんとはどっこいよ」
これも商都名物のエッセと呼ばれるバタークッキーをかじったナーニャは「こっちもいけるわね」といった。
そして、これも可愛い孫の初産に押しかけてきたカール王は「ザリアちゃんを守りたまえ」と神々へと祈り捧げて、その横でまた大神官のグルムがおごそかに祈りの文言唱えている。そして大賢者ムースは静かに目を閉じていた。
大賢者は初めから悟っていたが、大神官もまた、この頃にはもう慌てず騒がずの悟りの境地だった。
だって大賢者と大神官だもの。
さて、産まれた双子は銀灰の毛並みの仔犬と母のザリアよりもさらに色を濃くした、オランジュの毛色の子兎だった。
グリージャとロランジュと名付けられた。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
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