ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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おチビちゃんは悪いおじ様と恋をしたい!【ザリア編】

【11】悔い改めなさい! と地獄の天使? は歌った

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 あそこで“歌って”もよかったけれど。
 “ワザと捕まった”のは、このゴロつき達が雇い主がいると口走ったからだ。
 自分の身柄に金貨百枚を払うと言った者。
 それはきっとロッシの敵に違いない。

 もちろん子供達に危害が及ぶようならばすぐに手を打つつもりだったけど、ザリアが抵抗しないと彼らは自分達の両手両足をくくり、さらには騒がれないようにと猿ぐつわもかませられた。荷運びようのほろのかかったゴンドラに押し込められて、水路で運ばれた先は、今は使われていないのか、港の荒れた倉庫。
 その薄汚れた床にザリア達を転がすと、彼らはうかつなことに見張りも置かずに小屋の外へと出て行った。扉の前で「金貨百枚もらったらどうする?」「そりゃ、酒に女に博打だろう?」「掛け金全部取られてひと夜で一文無しか?」なんて下品に笑いあっている。

 ザリアは手首の関節を外してさっさと縄抜けをする。腰の双剣とムチはとりあげられたけど、隠し持っていたナイフで自分の足の縄を切り、猿ぐつわを外す。目を丸くしている子供達に向かい、口にひとさし指をあてて、声を出さないように示してから、彼らの手と足の縄を切ってやる。子供達はそれぞれ自分の猿ぐつわを解く。

「ここから逃げ出さねぇと」

 と小さな声でいうマルコにザリアは首を振る。

「もうちょっと待って、おそらくもうじき捕らえた僕が本物かどうか、確認しようと“黒幕”がやってくるだろうから」

 孤児院の子供達はともかく、金貨百枚の“大物”が本物なのか。ザリアの顔を知ってる者がやってくるに違いない。
 実際、小屋の外で声が聞こえてきた。

「暁の毛並みと瞳の短い耳の子兎ならば間違いはないが、一応確認はせねばな」

 子兎って僕は立派に成人してるんだけどな……とザリアは頬を膨らませる。そして周りにいる子供たちにしまった! という顔で、小声で話す。

「耳を塞いでも無駄なんだけど、君達も僕の歌、聞いちゃうよね」

 「え? 歌ってくれるの?」とちょっとふくよかな熊の獣人の少年が、こんな状況も忘れて喜び表情を浮かべる。それにマルコが「馬鹿!」とその少年とザリアの両方にいう。

「のんきに歌っている場合かよ!」
「君達はまだ子供だから、あんまり“懺悔”するようなことはないから大丈夫だと思うけど」
「懺悔ってなんだよ?」

 そこで扉がきしむように開く音が続く。

「さあ、旦那、確認したら金貨百枚、必ずくれるんでしょうね」
「もちろんだとも。しかし、中がなにやら騒がしい……」

 下卑た男達の真ん中に金ぴかの身なりの穴熊が立っていた。ゴロつきどもは「お前達どうやって縄を!」と叫ぶが。

「さあ、おしおきです! 悔い改めなさい!」

 ザリアは高らかに宣言すると、最初の一声を放った。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 首領ドゥーチェの館。条約の署名式典と大陸会議閉会宣言が行われる大会議場には、各国首脳とその関係者。さらに元老院議員達が詰めかけていた。
 その元老院の顔ぶれの中に、例の穴熊のダロニエ男爵の姿はなかった。そして、条約の署名式の中止が宣言されず、首脳達が次々と入場するなか、会議場の入り口で彼らを出迎えるロッシにさりげなく近寄ってきたものがいた。

 「よろしいのかな?」とロッシ以外の誰に聞こえぬように彼は耳打ちした。「なんのことですかな?」とロッシが聞き返せば、巨漢の大山猫族のズアルーノ侯爵は「なにが起こってもしらんぞ」とわけのわからないことをいい捨てて、用意された元老院議員達の席へともどっていった。
 彼こそがこの商都ガトラムルの闇の奴隷市場を取り仕切る大元締めだ。あの穴熊男爵は彼の一番の手下だ。

 大山猫の侯爵がどっかりと腰掛けた、その席の周りの取り巻き達が、今回の奴隷売買禁止条約反対の急先鋒であった。当然いずれもが裏の顔は奴隷商人だ。席を立って外の部屋と行き来する者や、大山猫の“親分”の耳元でなにやらこそこそと耳打ちする者などせわしない。派閥ではない周りの元老院達の視線は冷たいが、彼らは気にすることはない。
 それにここまで来れば、彼らに邪魔をすることは出来ない。条約への各国首脳の調印は粛々と進み、最後のロッシが署名し終えたときだった。

「おお、大いなる神々よ、お許しを! 私は大変な罪を犯しました」

 人があふれて入りきれずに開けっぱなしになっていた大会議室の扉の向こうから、聞こえるのは嘆きの声。その文句はまるで神殿の懺悔室で聞くようなものだ。
 しかも、おいおいと泣きながら現れたのはなんと、穴熊のダロニエ男爵と、その服装から明らかに街のゴロつきとわかる者達。
 そして、その後ろから現れたのはザリア。彼の姿を見てロッシは思わず駆け寄り「無事だったのかい?」と確認する。が、下から泣きじゃくる声が聞こえて、そちらを見るとそのザリアにさらわれた悪ガキ共三人がしがみついて泣いていた。マルコまでだ。

「一緒のベッドで寝てた小さなテオのせいにしたけど、本当はおねしょしたのは俺なんだ」

 とは狸族の少年。「院長が戸棚に隠していたクッキーを全部食べちゃったのは僕なんだ」とは熊族の少年だ。そしてマルコは「ザリアの兄ちゃんのお耳くしくしが忘れられなくて、お別れだってこいつら誘って危ない目に遭わせて、ごめんなさい」と泣いている。
 なんだ? これは? とロッシが目を丸くすれば「あ~あ~やっぱりやり過ぎちまったか」とスノゥの呆れた声。隣にいるアーテルもまた「仕方ないよ。耳を塞いだってザリアの声は届くんだもの」とこれまた訳知り顔だ。

 そして、穴熊の男爵は「孤児達の誘拐も公子の誘拐も、すべてこの男の指示でやりました!」と大山猫の侯爵を指さす。

「奴隷売買の条約禁止をなんとしても阻もうと、首領ドゥーチェに何度も刺客をおくったのも、この周りにいる、裏家業は奴隷商人の者達です」

 さらには侯爵の取り巻き達も告発する。大山猫の侯爵は「なにをいいだす! ダロニエ男爵、気でもちがったか!」と恫喝するように叫び、取り巻き達もまた「男爵の妄言はなんの証拠もない!」「ドゥーチェに刺客など私達がそんな恐ろしいことをするとお思いか!」と口々にいいあう。
 そんな彼らの脅しや言葉もにも穴熊男爵は「お許しを、お許しを……」と天の神々に向かってひざまづき祈りを捧げて「そして私、ダロニエはこの極悪非道な奴隷商人達とともに闇奴隷市を毎夜のごとく開いておりました」と続けて。

「そこにはここに並ぶならず者達から買い上げた、攫ってきた女子供達も含まれておりました」
「そうです。俺達は裏路地で身寄りのない子供や、異国から観光にきたなにも知らない娘をさらいました」
「そして、横にいる旦那や、この目の前にいる旦那達にも売りました」
「そこにいる大山猫は奴隷闇市の総元締めだ。俺達みたいな小物より、もっと悪いことをしているはずだ!」

 穴熊男爵の告白に続いて、片耳がちぎれた犬族のならず者に、片目に傷がはしってつぶれた猫族に、尻尾が途中からないすすけた毛並みの狐族以下のならず者達が一斉にわめき出す。
 いずれも彼らは涙を流し「お許しを、我らが罪をお許しを」と神々へと祈っているのに「嘘だ!」「でたらめだ!」と叫んでいた者達も薄気味悪く彼らを見る。

 しかし、その中でも強硬に「奴らのいっている世迷い言などとりあう必要などありませぬぞ!」とダミ声で叫んでいるのは、大山猫族のズアルーノ侯爵だ。
 ザリアがそれを見て「ここでもお歌を歌ったほうがいいのかな?」とつぶやくのを聞いて、ロッシがなにかわからないがぞくりと背を振るわせた。それにスノゥが「いきなりはダメだぞ」と。

「こんなところでお前が歌えば、全員が懺悔し出すことになるだろうが」
「やっぱりダメかな?」
「純血種ぞろいの国主達ならばともかくなぁ」

 スノゥがノクトをちらりと見れば、ノクトは「方々にもうしあげる」と腹に力を込めた朗々たる声でよびかける。
「そこにいる告発された面々と、告発者達以外は退出を。なお純血種の方々は“証言者”としてお残り願いたい」
 ノクトの言葉に純血種の者達以外は、ぞろぞろと大会議場の外へと出て行く。なかには大山猫の侯爵の取り巻きでありながら、末席であることをいいことにこっそりそれに紛れて出て行こうとする者もいたが。

「おっと、お前さんはそこの穴熊にしっかり指指されていただろう?」

 ルースの黒虎の大王の太い腕にひょいと、首根っこを掴まれて捕らえられて、三人ほどが戻される。
 最後には衛兵達も出て行く。そのときにザリアが「この子達もつれて行って」と泣きじゃくる子供三人を彼らに任せた。穴熊男爵同様尋常ではない子供達の様子にロッシは「大丈夫かな?」とザリアに聞けば。

「僕の歌の効果は一つ時ほどだからね。それが抜けちゃえばケロリと元に戻るよ」

 「自分が“懺悔”したことは覚えているけどね」と恐ろしい言葉が続いたが……。
 告発者と告発された大山猫とその取り巻き達。そして主に国主が多い純血種達が残る。これだけの顔ぶれならば、これから行われることがあとで「嘘だ!」「陥れられた」などと彼らも言い訳は出来まい。
 その純血種の顔ぶれには、銀狐の女伯爵アントネッラの姿があった。ロッシのそばにやってきた彼女は「わたしは元老院代表ね」という。

 未だ「私はなにもしていない! すべてでたらめ、嘘だ!」だと大きな声で恫喝すればなんとかなると思っている、大山猫の前にザリアが立って告げる。

「僕のお歌を聞いて、それでもあなたが今の言葉を変えないというなら、信じてあげる。それは本当に“心の綺麗な人”の証だからね」

 そして、ザリアは歌い始めた。

 それはロッシのよく知る天に昇る歌声。水晶のようにどこまでも透明で、心が洗われるような……そんな。
 そう思わずひざまづいて、自分の今までの犯してきた罪を、後ろめたい過去の数々を告白したくなるようなそんな……だ。

 そこでロッシはおかしいと気付く。

 今までザリアの歌声を美しい、楽しいと思ったことはあれ、こんな神々に帰依したくなるような気分になっただろうか? 
 そこにスノゥが「まあ純血種の精神は強いからなあ。今までの生き方を反省したくなる程度ですむんだが」とつぶやく声が聞こえる。さらには。

「心にやましいものを抱えているような穢れた大人にほど、効果は絶大でな」

 と。

 実際、ザリアの天使のようなお歌の途中で、一番先においおいと泣き出したのは、大山猫の侯爵だった。ズアルーノはどっかりと座っていた椅子からやにわ立ち上がると、両膝を床について手は神々への祈りへと組んで頭を垂れて。

「天使様、このズアルーノめは闇の奴隷市の総元締めして哀れな奴隷達を売りさばき、汚い金を得てきました。それだけでなく、奴隷売買の条約の締結を妨害しようと、ダロニエ男爵以下の配下を使い、ドゥーチェ・ガルゼッリの命を亡きものにしようと。さらにはドゥーチェが後援している孤児院も焼き払おうとしました」

 なるほど孤児院放火の指示を出したのも、この大山猫だったのかとロッシは、おもわず口許の髭をなぞろうとして、無いことに気付いた。それにザリアがこそこそ耳打ちする。

「お髭がないの素敵です」
「ありがとう」

 さて、取り巻き達もまた、違法な奴隷売買やロッシにおくった刺客が、彼のレイピアによって撃退されたことなどを告白している。さらには奴隷売買どころか、大陸条約ですでに禁止されてる魔法麻薬の取引まで出てきたのだから、さらなる重罪だ。
 泣きわめく彼らは全員、投獄された。あとで我に返って「あれは陰謀だ」「なにかの魔術に違いない!」と牢屋で口々に叫んだが、しかし、証人すべて大陸各国の重鎮ばかりときている。

 さらには彼らは投獄されるまえの尋問官の取り調べにも、ぺらぺらと闇取引の隠し帳簿や記録のある場所。その隠し金庫の仕掛まで“懺悔”してしまっていた。
 彼らの商会の事務所や館にそっこく踏み込んだ官憲の手によって、動かぬ証拠は押さえられた。その罪状を裁く長い裁判の果てに、彼らには禁固数百年単位という、一生外には出られないだろう判決が下された。

 さて、ザリアのお歌の効果に感心した、ボレッリ女伯爵が「これは浮気疑惑のある亭主には、このお歌を聴く罰を与えるといいのかしら?」と恐ろしいことをいっていたが「私のかわいいザリアの歌をそんな浮気男に聞かせたくもないよ」とロッシがすかさず却下した。





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